第百二十二話 あの暑かった夏の日―――
第百二十二話 あの暑かった夏の日―――
一方愿造がガンシップと戦っていた頃、塚本は信吾と愛莉と一緒にいた。そこは日下部にあって少し高台となっている山の手だ。かつてこの旧・日下国の日下一族が居を構えていた場所でもある。その日下一族は新たに発展した日下府に移ったのだ。日下家当主の日下 儀紹の一人息子、日下 修孝の姿を北西戦争以降見た者は誰一人としていない。
「あれは、、、―――」
信吾は愛用の小さな双眼鏡で遠く二機のガンシップを見ていた。
「信吾くん、やっぱり?」
「うん、愛莉。あのガンシップと戦っているのは愿造さんだ」
「私にも貸して?」
あぁいいよ、と信吾は愛莉に自分の愛用の小さな双眼鏡を渡した。
「―――」
愛莉は信吾から渡された双眼鏡を両目に当て、愿造がガンシップと戦っている様子を観た。
「信吾、愛莉さん、きっと愿造さんは―――」
ふぅっ、っと二人は塚本に視線を移す。
「勝勇?」
信吾は興味深そうに、そうして愛莉は観るのをやめてその双眼鏡を下す。
「塚本くん?」
「うん、どうやら愿造さんは異能に目覚めたようだね、差し詰め『剱聖』といったところかな」
「「―――っ」」
二人は塚本のその言葉に肯く。強い。生身の剣士が強力な複数のガンシップを手玉に取っているのだ。そして一機一機確実に斬撃だけで重機関銃装備のガンシップを墜としていく。
くいっ、塚本は右手で眼鏡を押し上げた。
「強い。とても強い。いいね、愿造さん。ま、それはいいんだ。―――だけどほら・・・あれ―――」
塚本は頭を仰け反らして空高くに視線を移す。そこにはまだ三角翼の戦闘機四機が、この日下部の街のはるか上空を旋回している。そしてもう一機、やや幅広いヘリコプターのような、だがしかしメインローターが二つ備わっているような航空機がその高度を徐々に下げようとしていた。
「―――あれだな、勝勇」
信吾も目を眇め、その四機の機影を見止めた。
「高度もあるし、さすがに愿造さんでもあの戦闘機四機は一筋縄ではいかないんじゃないかな?ね、信吾・・・っ」
たははは、な苦笑いの笑みを浮かべて塚本は、親友である近角 信吾を見つめる。その目はじぃっ、っとなにか求めているように信吾には見えた。
「解った。あの戦闘機四機は俺が墜落とすとして、あの着陸しようとしている二枚羽はほんとに墜落とさなくていいのか、勝勇?」
「私もうん信吾くんの言うとおりそう思うわ、塚本くん」
じぃっ―――。信吾と愛莉のその興味深そうな、なにか言いたげな、まるで塚本の真意を探っているような信吾と愛莉の視線を受ける、塚本だ。
「行こう。―――歩きながら僕の考えを話すよ、信吾、愛莉さん」
ややためを置き、意味深長そうな視線で友人の二人を見ながら、塚本は口を開く。
「二人ともあのときのことは憶えているだろう?」
「「あのときの?」」
信吾と愛莉二人の言葉が重なる。それから信吾と愛莉は互いに自身の顔を見合った。
「ほら、去年のさ。星暦一九八八年八月十三日昼十二時十五分―――、あの暑かった夏の日」
はっ、っと塚本から『あのとき』の日にちを聞き、二人の信吾と愛莉の顔色が変わる。
「「っつ」」
「僕は前からずっと心に引っかかっていることがあるんだ。なぜ、あのときあの巨大な大火球はイニーフィネ軍まで焼き尽くしたんだろう?って」
「「―――」」
「あの紅蓮の火球による攻撃がイニーフィネ軍のものだとしたら、、、おかしいってね。イニーフィネ軍が僕達日之国軍に使うのなら合点がいく。でも、あの紅蓮の大火球はイニーフィネ軍も日之国も日下の部隊も容赦なくみんな焼き尽くした。考えてみればおかしくはないか?」
塚本は二人に同意を求める。
「、、、確かに、な。俺もなんか変だなってのは思ってたよ」
「そうだろう?信吾」
「いやさ、もっと言うなら北西戦争自体がおかしかったんだ。元々イニーフィネ人は俺達日下の民に対しては友好的だったんだ。そんな国が日下国に侵攻してくること自体がおかしいのさ」
「そうなのかい、信吾?」
「あぁ勝勇。首都日下府には一定の数のイニーフィネ人も住んでいたし、俺達日下人は彼らと争うことなく、互いを尊重し共存していた。でも、それなのに突然のイニーフィネ軍の大侵攻だったんだ」
塚本はその事実を親友である信吾から聞き、彼らは思案顔で胸の前で腕を組む。
「なるほど・・・そうだとしたら、、、突然のイニーフィネ軍の日下侵攻―――北西戦争自体があやしいね。きな臭いいやな臭いがする」
「「―――」」
信吾も愛莉も神妙な面持ちだ。
「それと僕が警備局幹部の権限を使ってあっちで調べたことだけど、あのとき日之国側として参戦した部隊の中に第六感社の社員が複数いたことを突き止めたんだ。もちろん僕が日之国政府の中枢までアクセスしてね」
「おいおい凄いじゃないか、勝勇っよくそんな政府の深部まで到達できたなぁっ!?」
「へぇ―――塚本くんやるぅ♪」
ぱぁっ、っと嬉しそうに二人信吾と愛莉の顔に花が咲いた。
「もちろん、侑那には悪いと思ったけど、、、僕は侑那のIDと『権限』をこっそり使わせてもらってね、ははは・・・」
しーん、しらーっ。それを苦笑交じりの塚本本人から聞き、さぁっ、っと愛莉は半歩塚本から離れて、さらにしらぁっと半眼の白い目を塚本に。
「塚本くん、、、婚約者の侑那ちゃんをだしに使うなんてサイテーかも・・・」
「ま、まぁ、、、僕も侑那には悪いと思ったよ。マウスをクリックする指が震えたかな?はは。でも、さ僕は僕達『灰の子』のために―――ん゛んっ」
おほんっ、っとそこで塚本は仕切り直しの意味も込めて咳払いをする。
「塚本くん軽い、、、―――」
愛莉のしらーとした流し目を塚本は受け流す。いやむしろ敢えて見えていません、という感じだ。
「え、えっとどこまで話したかな? あ、そうそうその第六感社の社員達は皆が皆八月十日に日下国の首脳部と共に第六感社の専用社機で日下府を脱出していたんだ」
「・・・それは、、、第六感社の飛行機ってのは確かに変だよな、勝勇。あのときの俺達は押し寄せるイニーフィネ軍相手にそんな周りを見ている状況じゃなかったし、、、俺もそんなことに全然気づかなかったよ」
「えぇ―――信吾くん。愛している侑那ちゃんを出しにする塚本くん―――」
「ふぐ―――っ」
ぐさぐさっ、っと侑那の親友である愛莉の言葉が塚本の胸に刺さる。だが塚本は無言だ。しかし、ぐさぐさとした愛莉の言葉の棘が彼の心に刺さり、さらに抉っていることは明らかだ。塚本は申し訳なさそうに視線を下げた。
「―――ほんとうにあのときは私も必死で明日私は生きているんだろうか? それとももう?みたいな、そんな感じだったもの」
「「―――」」
うんうんっ、塚本と信吾は肯いた。そしてやや時を置き、塚本はふたたび口を開く。
「僕の調べた限り、その中には第六感社の幹部級の役員もいたよ。えっと確か松本 三輪坊って名前の奴だったかな? あとは―――、、、」
そこで塚本は視線を僅かに下げた。それを怪訝に思った信吾と愛莉はお互いに顔を見合わせ、視線も合わせる。そしてどちらが言うことなく、信吾は塚本を見る。
「どした?勝勇。お前が言いよどむなんて珍しいよな?」
ふぅっ、っと信吾の問いに塚本は顔を上げる。
「そうかな?」
「で、誰なんだよ、そいつ。ここまで言って俺達に言えないことか?」
「いや、信吾。そういうわけじゃないんだ、、、ただそいつ以前、、、きみ達信吾と愛莉さんの―――奈留のことを調べて、彼女のことを嗅ぎまわっていたらしい」
「奈留の―――ッツ」
ぎりっ、っと信吾が歯噛みをした。その形相は娘のことを心配していると同時に、その者に怒りを覚えている様子だった。
「それは誰?塚本くん」
一方の愛莉は冷静だ。だが、その目にはうっすらと殺気のようなものを纏っているかのように、塚本にはそう見えたのだ。
「あちらさんも玄人だ。自分が調べていたという痕跡は巧く消したと思っているだろう。だが、僕にそんなことは無意味だ。僕がその気になれば、僕には塗り固められた仮面は通用しない。僕の前では一切合切全ての歪曲した嘘は露見する」
「「―――」」
信吾と愛莉この二名は親友である塚本 勝勇という男の『異能』を識っているのだ。
にぃ―――っ、口角を吊り上げて塚本が哂う。
「耳を貸してくれ二人とも―――」
「「―――」」
その塚本の言葉に二人信吾と愛莉は、すぅっ、っと耳を寄せる。三人は顔を近づけ合う。
「―――、―――」
こそこそ―――、そこで塚本は二人のその者の名前を呟いたのだった。
「くそっあいつか・・・!! すぐに奈留を迎えにいきたいのに・・・!!」
信吾の怒りは一入大きくなった。
「信吾、愛莉さん―――全ての北西戦争の生き残りは日之国政府と第六感社に生命を狙われている。だから僕はきみ達が日府に行くことを勧めない。きみ達が無理に日府に行くことで奈留を危険に晒してしまう、かもしれない」
「「―――っ」」
「だが、信吾、愛莉さん安心してほしい。僕を奈留の後見人にするという、噂を流したらぱったりと尾行はなくなったよ。それにそこだけは侑那にも言ってある、最近奈留の周りに変質者がいる、ってね」
「「―――・・・」」
二人は憂いと戸惑い、怒りから解放されたように塚本の目には見えた。