第百二十話 襲撃黒鉄の鳥群、嗚呼燃ゆる古都
「うん。今回はきみに前線を任せることはできない」
今の颯希はあの黒いスーツを着ていない。潜入先から密かに里帰りしてきた颯希は、さっさと黒服を脱いで着替え、今は本当にラフな、年相応の普段着だ。
「え・・・?」
「颯希くんきみという存在は『僕達』の『要』だ。絶対に表に出たらダメだよ。きみの面が敵さんに割れる可能性がある」
「―――・・・っつ」
はぁ―――っ、っという颯希の声なき声とその驚きそして合点がいった顔―――。
「そうさ―――おそらく『彼ら』だよ」
にぃ―――っ、っと塚本の口角が哂みに歪む。
第百二十話 襲撃黒鉄の鳥群、嗚呼燃ゆる古都
「勝勇。じゃあ俺と愛莉で市民が持つ端末に今回の緊急速報を流すよ」
信吾の言葉に塚本はその『哂み』を改める。
「あぁ、信吾、愛莉さん。よろしく頼む」
「おうっ」
「えぇ」
その言葉と共に、信吾と愛莉は大きな電光掲示板の前に並ぶ機器の前へ移動していく。それの二人の様子を見て、皆それぞれ割り当てられた任務を遂行するために散っていこうとしたときだ。
ザッ、っと塚本は足音を大きめに一歩脚を踏み鳴らす。
「みんな聞いてくれ―――っ、この戦いは古都日下部の存亡を賭けた激しい戦いになるだろう。去年僕達はチェスター皇子率いる強大で恐るべきイニーフィネ軍相手に互角に渡り合った。今回はおそらく日之国軍と民間軍事会社である第六感社の連合軍だ。そんな烏合の衆に僕ら日下が敗けるなどと思ってはいない。明日を掴み、未来を勝ち取るために今日を生き残るぞ・・・っ!!」
おおぉ―――っ、と塚本の檄にこの司令塔に集う人々は鬨の声を上げる。
そんな中―――、悠が塚本に近づいていく。彼悠は何か言いたげな顔である。
「塚本さん―――」
「なんだい?悠くん。僕の演説はどうだったかな?」
そこのところは、悠にしては微妙だったらしい。
「あ、いやまぁ良かったんじゃないんっすか? 塚本さんのおかげがみんなの士気は上がったし」
塚本は胸の前で腕を組み、うんうん、っと肯く
「そうかそうか」
「あ、そうじゃなくて塚本さん。あの愿造のおっさんが見当たらないって、信吾さんが」
「―――っ」
はっ、っと塚本の目の色が驚きに変わったのだった。
一方その頃愿造は。
「ほほっ、よいのぉよいのぉ。たわわで大きくいい色つきだわい」
愿造はその紫色に手を伸ばし―――ぷつっ、っとそのたわわに実る一房の山葡萄を捥いだ。愿造の背負った竹籠にまたそれが一つ加わった。籠目模様のきれいな竹籠で、青竹が茶色く変化し、これもまた風情を感じる竹籠である。
「ほほっこちらもふっくらつやつやとしておる。ほんとによい栗だ」
愿造は近くに落ちていた木の棒をその手に取り、山野に生った栗の実を優しく、ときには激しく叩き落とす。とげとげに覆われた栗の実。軍手と靴でその割れ目から器用に、その艶々ふっくらとした茶色の栗の実を取り出すと、ふたたび背負っていた竹籠の中にそれを入れた。愿造の背負う竹籠には果実という戦利品がたくさん入っている。どれもみずみずしく新鮮で、爽やかな香りを放つ果実や甘い匂いの果物などよりだくさんだ。
「あの教えの子の子達は食べてくれるかのう?」
愿造の心に一抹の不安がよぎる。竹籠の中には山野に植わっている柿の橙赤色にまるで輝くような柿の実や、先ほどの紫色の綺麗な山葡萄、他にも蔓に生る木通の実、先ほどの栗の実などが入っている。アケビは表面が緑色の果実や他にも紫がかった綺麗な色の果実などよりだくさんだ。
かつて愿造も、師匠であった祖父や父順久にこのような里山や山野に連れ出されて、山菜や果物を振る舞われたことがあったのだ。
「ふむ、、、このくらいでよいかな。摂り過ぎてはならん、獣達の分も残しておかんとな」
季節は秋だ。空は高く、青が濃い。愿造は竹籠に半分入ったところで果物採集を止めた。
「―――っしょ」
愿造は両手で木の幹を持ち、だっ、っと一足飛びにその急傾斜の山道を登った。この急傾斜の山道は本道から右の尾根へと逸れる脇道だ。んしょっんしょっ、っと脇道を登ること十分ほど―――。
「ふぅ・・・、若い時はぴょんぴょんとこのような崖など造作もなかったがのう」
ここは谷筋にある本道から右の尾根道へと逸れ、しばらく歩いた頂上にある。この頂きは日下部という古都を見渡すことができる絶景のスポットでもある。
「―――、綺麗な街並みだわい」
以前、山歩きをしていた愿造が偶然見つけたお気に入りの場所である。愿造の眼下に綺麗な盆地の日下部の街が見下ろせる。日本の古都のようなきれいな碁盤目の街で、またその家屋も伝統的なものだ。
「ッ―――むっ」
ぶぉーん―――。バタバタバタバタッ―――。愿造は日本にいた頃に聞いた音を耳にして―――くるりっ、と背後、、、さらにその上空を見上げた。
「なんだ、あれは―――、、、。ヘリコプターのような―――それと飛行機・・・?」
なぜ、このようなところに? 愿造は目を細め、、、よくそれらの編隊を観ようとした。愿造の目には上空を、編隊を組んで飛ぶ航空機の群れが見えたのだ。愿造が見えた数は約二十機―――、そのうちやや低空を飛んでいるのだろうか、ヘリコプターのような飛行物体が十五機ほど、ほかに三角翼に見える飛行機のような飛行物体が四機、さらにそれよりやや遠く遅れてこちらに飛来してくる図体の大きいやや幅広い輸送機のような航空機が一機―――、見えたのだ。
「―――っ」
航空機の群れは愿造の頭上遥か高くを、ゴォオオ―――っ、バタバタバタバタッ、っと轟音を撒き散らして通り過ぎていく―――。山地を越えた辺り日下部の街ぎりぎりに掛かるか、掛からないかで三角翼の航空機が左右二手に別れる。
「な―――ッ」
愿造が姿勢を前に傾け、彼愿造が見る中、ひゅうっ―――っと三角翼の航空機はそれぞれ機体を傾けつつ、シュー―――っとなにか後方から火を噴く円筒形の物体を放ったのだ。愿造の目にもそれがなにかすぐ判った。
四機それぞれが放った四機のミサイルは日下部の街に建つ建物に命中―――、閃光を放ち、爆発―――遅れて愿造の耳にその凄まじい轟音が聴こえてきた。炎の尾を引くミサイルが命中した地点は、あのかつて北西戦争で旧・日下軍が使っていた司令部も含まれている。
バタバタバタバタッ―――、ミサイル命中を見届けた黒塗りのヘリコプターの群れ十五機は高度を下げながら、日下部の街へと降りていく。
「い、いかん―――ッ」
ダンッ、っと愿造はその頂上を蹴り、ダッ、タタタタっ、っとまるで野鹿のように急傾斜の尾根道を駆け降りていく。
それは谷道の出合いとなってもいくらも衰えず、谷道の地面から飛び出る大きな石を飛び越え、橋を渡り―――愿造は谷道をわき目も振らず大急ぎで下って行く―――。
「―――くッツ・・・!!」
その途中に、愿造の遥か頭上空高く、炎の尾を引くミサイルが数機飛んでいく。ドウッ!!ドドンッ、っと激しい爆発音が数回愿造のその耳にも聴こえた。
「―――・・・っつ」
はぁ―――っ、っと声なき声だった。愿造は街に降り、ひたすら走り―――走って走って走って、、、その道中、真っ赤な炎に包まれて燃え上がる民家、爆風で飛び散った民家のガラス窓、黒煙を上げる商家、炎を上げる自動車―――、電線が千切れ火花を散らす電柱―――、愿造は嫌というほどそれらを見た。
彼が縋る思いで、自分が借りている道場に辿り着いたとき―――、
「燃えとる―――、儂の道場が―――」
それ以上の言葉を愿造は失った。がくっ、っと膝をつきかけたところで―――、はっ、っと愿造は。
「誰かまだ中におるやもしれぬ―――」
ごわっ、っと物凄い風が上空から巻き上がる。バタバタバタバタッ―――その風を巻き起こした黒塗りの鉄の鳥が上空から舞い降りたのだ。
「―――っつ」
そのヘリコプターからの風で火の手が上がる道場の煙が散らされ流される。そのとき愿造の眼が驚きに見開かれた。その煙の向こうに一人の少女が倒れている。その少女は愿造が剣術を教えていた子どもの一人だ。彼女は自身の身の丈ほどある愿造が使っていた木刀を、抱くようにして倒れこんでいたのだ。
ダッ、っと愿造は地を蹴る。愿造は大慌てで倒れている少女に駆け寄り、抱き起す
「しっかりしよぉ―――っ」
バタバタバタバタッ―――そのときヘリコプターは角度を変え、首を前に傾け、、、前底部に備わっている黒塗りの六本筒が備わった銃口を愿造と彼が抱く気を失った少女に向けた。それは銃口というにはあまりに大きく、機銃よりも長く大きい重機関銃だ。つまりこのヘリコプターは戦闘用で、上空から地上を掃討するガンシップだ。
ガンシップの操縦士がどう考え、なにを思っているのかは分からない。だが、そのガンシップの操縦士は自らその重機関銃の引き金を引いた。
そのとき―――、
「おっさんっ―――」
ダンっ、っという大きな足音を立てて、この燃ゆる道場に急いでやって来たのは三条 悠だった。
「くっそ間に合えぇえええええええッ―――ッ!!」
機体を燻らすように前傾となったガンシップの六連の筒が回転し―――、
「―――『絶対防御』・・・ッ」
悠の言葉と共にキン―――っ、という小さな甲高い音を僅かに発し、愿造とその彼が胸に抱く少女、その二人とガンシップの間になにかの遮蔽物が形成される。
ダダダダダダダダダダダダッ、っとガンシップの操縦士は火花を散らして確かに愿造とその彼が胸に抱く少女を粉微塵にしたはずだ、普通であれば、だが―――。
一通り撃ち終え、、、その激しい弾幕の煙の晴れたとき、ガンシップの操縦士はきっと眼前の二人は消えていると思っていたことだろう。ガンシップの中にいる操縦士がどのような言葉を放ったのかは、愿造にも悠にも聴こえなかった。だだ、その操縦士の唖然としている顔色だけは、その青く透明な、悠自身が発動させた『絶対防御』の『楯』を通して悠には見えた。
その『楯』の形状はやや緩く、相手から見てふっくらと膨らんだように湾曲した楯の形状で、その大きさはガンシップよりも大きな正方形だ。
この場にもう一人増え、三人となっていることにガンシップの操縦士が気づき、また次弾装填とばかりに重機関銃の銃口を三人に向けたときだ。
ざりっ、っと悠は一歩進み出る。悠は左手で半ば顔を覆う。すぅっ、っと悠は右手をガンシップの操縦士に向ける。手の平を自身に向け、くいくいっ、っと手の人差し指をガンシップの操縦士にやって見せる。
「やってみろ、ガンシップ。お前程度の攻撃力で俺の『絶対防御』が崩れると思ってんのか・・・?」
悠のその言葉がガンシップの操縦士に届いているとは思えない。だが、ふたたびガンシップは鎌首を持ち上げるかのように、機体を傾け―――ダダダダダダダダダダダダッ―――、ガンシップの六連の筒が回転する。