第百十六話 祖父が家宝の名刀を持ち出したわけ
「うむ。健太よ、そのような顔をしてくれて儂はうれしいぞ。では儂の話の続きといこうかの、健太よ」
「う、うん、祖父ちゃん」
そして、一息ついた祖父ちゃんはまた再び口を開くんだ。
第百十六話 祖父が家宝の名刀を持ち出したわけ
―――ANOTHER VIEW―――
愿造は、この眼鏡を掛けた男塚本 勝勇と腰に直剣を差した青年三条 悠に連れられて、元来た道を戻る。焦土と化した地区を抜け、もう辺りは建物が残骸となっている廃墟のビル群のエリアに入っていた。窓ガラスが熔け落ち、鉄筋コンクリートの骨組みが残っている建物や、焼け残った建物がかろうじてまだ建っている。だが、人の生活臭はなく、その気配は全くといってほど感じられない。
「―――へぇ、、、持ってきていたはずの刀を失くしたんですか?愿造さん」
愿造は両手を身体の前に出し、開いた両手で手の平を上に、手の甲を地面のほうに向ける。まじまじっ、っと愿造は手の平を見つめる。
「うむ。確かに儂はその小剱家に伝わる『一颯』をこの手に持っていたのだよ」
ぎゅ・・・っ、、、愿造はその開いた手の平を閉じ、ぎゅっと握り締めた。塚本が見るに、愿造自身が当惑しているように見えた。
「・・・お察ししますよ、愿造さん。愛着があればあるほど、それを失った反動はおおきいですから―――」
愿造はぎゅっと一瞬だけ、目を瞑り―――
「儂は―――・・・あの白い靄の中で、落としてしまったのかのう『一颯』を、、、―――・・・っ」
訣別―――だ、まるでそれを納得させ、意を決したように愿造はまた目を開いた。
「ところで愿造さん―――」
塚本はふと疑問に覚えたのだ、だから彼塚本は愿造を見る、自分より少し背丈が低い彼愿造に塚本はその視線を合わせた。
愿造もふぅっと顔を上げる。
「なにかな、塚本くん」
「僕が貴方から聞いた限り、その日本という世界?国?では武器を携帯することは犯罪に当たるようですね。それなのになぜ愿造さんはそんな危険を冒してまでその刀を持っていたのかなって?はは・・・そんなことを僕は思ってしまいましてね」
塚本は物腰も柔らかく、また人当たりもよく、不自然にならないように彼は愿造から『事情を聴取』していく。また、密かにさりげなくこの日之国では際どい話に類する話題も織り込み振りつつ、愿造の反応も『観て』いく。それは愿造が本当に『転移者』であり、このイニーフィネ五世界の出身者ではないのか、という見極めでもある。
「―――」
ちなみに三条 悠は二人から一歩離れた後ろを歩きながらなにも言葉を発せず、そんな二人の様子を後ろから観ていた。
「いやいや塚本くん。なにごとにも『例外』というものはあるであろ?」
「えぇ、そうですね」
「日本では然るべきところへ申請すると、刀剣の所持が認められるのだよ。あとは、、、そうだのう―――」
愿造は思いを巡らしてその事柄を探す。
「うむ、猟師が使う猟銃などもそうであったか」
「なるほど。それで愿造さんは『一颯』という名刀を持っていたんですね」
「うむ。ちょうどその剣術会場で『一颯』を使った剣舞をやってくれ、と試合の主催者に頼まれてのう、そんな経緯で『一颯』を持っていったのよ、儂は」
「へぇ・・・」
塚本は納得したように相槌を打った。そして、少し口角に笑みを浮かべて塚本は口を開く。
「さっきの例外と言えば、そう、ですね・・・ぇ―――」
塚本は慎重に言葉を選ぶように、紡いでいく。対する愿造も相槌を入れる。
「ふむ、なにかな。塚本君」
「この日之国でもたとえば、、、えぇ、この日之国には第六感社という大きな企業があるんですが、その傘下には教育活動を行なう第六学園という学園がありましてね。そこの学園から選抜された生徒会委員だけは街中での治安維持活動が認められていますよ」
「ほう?学生達の自治活動かな?」
くくくっ、っと塚本は苦笑交じりで。
「えぇ―――ははは・・・。日之国政府との協定で警備局や治安局とのすみわけを行ないながら、、、えっと愿造さん―――・・・」
塚本は考える素振りで、、、一瞬言葉を詰まらせる。
「??」
愿造にして、なぜ塚本がこのような、まるで思い詰めたような表情をしたのか分からなかった。
ぐっ、っと思い詰めたように口元を一文字に塚本は唇に力を籠める。
「・・・そうですね愿造さん『第六学園生徒会』より前にまず、、、この話をしていたほうがいいかもしれない。どう思う悠くん」
くるりっ。っと塚本は突然、今まで話に加わっていなかった悠に話を振り、首だけを後ろを歩く悠に向けた。
「・・・急に俺に話を振らないでくださいよ、塚本さん」
対する悠はジトっとした目つきになり、両目を細めて塚本を見遣る。
「ははは。で、どうかな?」
「どうかな?っていったいなんの話をするんすか?この、、、小剱っていう人に・・・」
ちらりっ、っ悠は言葉の最後にだけ愿造を一瞥、まだまだ初対面のお前に俺は気を許さないぞ、というような素振りである。そしてすぐに悠は塚本に視線を戻す。
「僕達日之民に備わった『異能』とその使い手『能力者』の話だよ。いやぁ、ほら悠くん、どうしてもあれじゃないか。『第六感社』の話をするときはどうしても『能力者』の話は避けて通ることはできないから、さ」
くいっ、っと塚本は右手で眼鏡の二つのレンズの縁を右手で掴むようにして、押し上げ位置を正す。しかも悠に話すだけではなく、まるで愿造に聞かせているかのように『僕達日之民に備わった『異能』とその使い手『能力者』の話だよ』と、解りやすく言ったのだ。
「確かにそうっすね」
「日之民だと?」
ぽつりっ。愿造はそうぽつりと塚本に呟いた。
「えぇ。あれ?僕、愿造さんに言いませんでしたっけ?」
「あぁうむ。儂は聞いとらんよ、その他にも『月之民』なども言うてのう?」
「ははは、そうでしたね。じゃあまずはこの、愿造さんが降り立った世界のことから話していきましょうか」
「よろしく頼むよ、塚本君。儂にはこの、、、今儂がいる世界のことはなにも分からぬからな」
愿造は神妙な面持ちで一瞬、、、考えを巡らし、まるで熟考するかのように目を閉じた。
「―――、解りました。では、僕が―――」
「塚本さん。たぶん、それを説明をする時間はないっすよ。颯希から俺らを迎えに来るって連絡があったっす」
悠はそんな若干冷めたような声色で塚本に知らせてやった。
「えぇっ!!そうなのかい!?悠くん・・・っ」
ぶわさっ、っと塚本は身振りを混ぜてすこしわざとらしく言った。
しーん。
「えぇ。塚本さんの端末にも連絡が入ってないっすか?」
だが、悠はそんな塚本の大げさな反応に、何かありました?のように無反応を貫いた。ここで反応すると、その反応に気をよくした塚本の突っ込みが激しくなるのを、彼悠はその身をもって体験したことが何度もあるからだ。
「―――。・・・えっと」
ごそごそ―――、悠に指摘された塚本は上着の中に右手を入れ、、、。その薄い長方形の端末を取り出す。すっすっついっ、っと右手で持った端末の液晶画面を指で操作―――、
「―――ほんとだ、悠くん。いやぁ僕としたことが愿造さんの話が楽しくて着信に全然気づかなかったよっ、さっき僕のポケットが震えたのをっ!!」
悠に対して塚本はまたぶわっ、っと大げさに答えた。
「いやいや、塚本さん。・・・ほんとは分かってたんすっよね?颯希から連絡があったこと」
悠はわざとらしい塚本の言動に半ば呆れた。
「いやいや・・・、そんなことないよ?」
にこにこっ、っと塚本は優しく柔らかい笑みを浮かべて―――、塚本を知らない人がこの笑顔を見れば、ただ本当に『朗らかに笑ってこの塚本さんって言う人は優しい人なんだな』と思ってしまうだろう。
だが、塚本の言動と思考をいつも見ている悠にとっては、その塚本の柔らかいにこにことした笑みが、『にやにや』に見えてしまうのだ。
ANOTHER VIEW―――END.
「で、祖父ちゃんはこの世界に来たときその、、、『一颯』を持ってなかったんだ・・・」
ふわふわした白い靄は俺のときと一緒。その中で名刀『一颯』を失くしてしまったのかぁ。あ、でも『一颯』をその眼鏡の男に盗られるよりずっとマシかな。
「確かに儂は持っておったはずなのに、だ。小剱の名刀『一颯』を持って剣術会場に向かっていたはずなのにのう」
まじまじと祖父ちゃんは自身の開いた両手をの手の平をやや握ったようにして、視線を落とし、そんな自分の両手を見つめる。
そっか、そんな事情があったのか。『一颯』を持ち出した祖父ちゃんの理由は剣術会場で『一颯』を用いて剣舞を披露するため。剣舞を大会主催者に頼まれるなんてかっこいいなぁ俺の祖父ちゃんって。
「―――ま、でも俺としては良かったかな」
ぽつり、と。それは俺の本心だよ。これで長年の胸のつかえが取れたよ、俺。
「健太よ、良かった、とはどういうことかな?」
俺のその言葉に祖父ちゃんは顔を上げた。きょとんっ、っとした顔で祖父ちゃんは・・・、そんな顔で俺を見るものだから。
『泥棒じじい』『金に目が眩んだ爺さん』親戚のおじさんやおばさん達はさんざんに祖父ちゃんのことを扱き下ろしていた。でも、やっぱ祖父ちゃんそんな人間じゃなくて、、、―――俺の祖父ちゃんはお金に目が眩んで家宝の刀を売っぱらったりするような、そんな人間じゃくてさ、―――ほんとによかった。俺があのときから疑問に思っていた長年の痞えが取れたよ、完全に、な。
「やっぱ祖父ちゃんは俺の祖父ちゃんだったってこと。俺、祖父ちゃんを信じて剱術を辞めてなくてほんとによかったよ・・・」
っ―――ちょっと恥ずかしい、、、面と向かって祖父ちゃんに俺の本心を言うのは。
「健太―――」
祖父ちゃんは驚いたように目を見開いたんだ―――。
―――ANOTHER VIEW―――
「でも、まぁ僕もちゃんと電話を見ておこうかな―――」
自身の上着の中に右手を入れ、ごそごそっ、、、としばらくして塚本は胸ポケットから自分の電話を取り出した。
ついついっ、っと塚本は指で板状の端末の表面をなぞる。
「どれどれ―――、あ、ほんとだ颯希くんからメールの着信があるね」
一方の悠は冷めたような視線を塚本に向ける。
「そうっすよ」
などと気の抜けた返事を塚本に返しながら―――。