第百十一話 儂の庵での生活にはもう慣れたかな?
第百十一話 儂の庵での生活にはもう慣れたかな?
「もらったぜっ祖父ちゃん・・・!!」
「ふむ―――、だが詰めが甘いのう、胴を薙ぐときは先ず初めに相手に届かせるよう、衝く動きで、はじめにもう一足伸ばしなさい健太よ」
祖父ちゃんはその短い言葉の後―――、ひゅん、っと祖父ちゃんの姿がぶれる。そして、俺の胴薙ぎにした太刀筋は―――
「くっ、、、つ」
ぶぅん・・・っと空ぶった。まただ。また俺の木刀は空を切っちまう・・・!! くそっ。
確かに俺は祖父ちゃんの胴を狙ったはずなのに・・・っ―――。俺の木刀の鋩は祖父ちゃんの胴を掠め、、、。
ゆらり・・・っ、祖父ちゃんはまるで小川の流れのような優雅で、澄み切ったような動きで―――、流れるようなとてもきれいだ、、、。くっ俺じゃ到底真似できないよ、その動きは。たたっ、っと祖父ちゃんは数歩後ろへ、間合いにいる俺から距離を取る。
「ふむ・・・」
すぅっ、っと―――祖父ちゃんの、その霞ノ構に移る所作がとてもきれいだったんだ。
「小剱流霞ノ構―――」
あっ、、、やべ―――祖父ちゃんの木刀を揮う動きがやけに緩慢に視え、、、でも俺の身体の動きが祖父ちゃんの動きについていけねぇ・・・っ。
「―――鋩一閃」
ヒュ―――ッ、眼前に迫る祖父ちゃんの鋩。
う、うわ・・・っ!!
「っ」
ひゅんっ、っとまるで一直線に空気を裂くように鋩が、それはまるで飛来する鏃。肉薄する鋩。視えていた。視えていたはずだ、俺にはその鋩は緩慢に視えていたのに、、、。でも、身体が動かねぇ―――速すぎるっ、避けられねぇ・・・っ。
当たる。これは確実に眉間に当たるやつだ。
「つ・・・っ!!」
ぴたり。俺の視界を覆いつくさんばかりの茶色の木刀。それが俺の眉間の前でぴたっと止まっていた。負けだ。俺の完敗だ。
「どうかな、健太よ」
くっ・・・。
「―――、、、ま、参りました、祖父ちゃん」
「うむ」
すぅっ、っと視界を覆う木刀が消える。祖父ちゃんは鞘付き木刀のその刀身を鞘に納めながらだ。すぅっと俺もその右手に握る木刀を左腰に差してある鞘に納めた。
祖父ちゃんに近すぎる。そんな位置に立っていた俺は半歩下がり、両手を体側に、背筋をすっと伸ばし―――、すっ、っと淀みのない動きで祖父ちゃんに向かって頭を下げた。
「今日の夕稽古ありがとうございました、愿造師匠・・・っ!!」
夕焼けの空、道場の格子窓から見える空は夕暮れの赤に染まっており、俺はこの夕稽古をつけてもらうのがいつもの日課のようになっていた。
「うむ、よろしい健太。儂のほうこそ、ありがとうだよ」
俺達はお互いに頭を下げる。師匠も弟子も、勝ちも負けもお互いを重んじ尊ぶ。これこそが祖父ちゃんの言う小剱の剱術だそうだ。
「―――」
俺が顔を上げるタイミングで祖父ちゃんも顔を上げた。
「ところで健太よ」
「ん?なに祖父ちゃん」
これで、この礼のようなもので祖父ちゃんと俺の関係は、確かに修練していないときも師匠と弟子なんだけどな、でもこれで祖父ちゃんと俺の関係は祖父と孫になるんだよ。
「お主がアイナ殿と別れて半月ほど経ったが、この儂の庵での生活にはもう慣れたかな?」
「・・・」
アイナとの生活か・・・って言っても、アイナの自邸で暮らしたのは、ほんの数日なんだよな。俺が魁斗と戦り合って、
―――魁斗が『イデアル』だったってことはまぁ解るけど、『黯き天王』って―――、敦司や俺の後をちょこちょこついてきていたような魁斗がこの五世界では強者の中の強者みたいな感じで呼ばれてたなんてさ、まだ信じられねぇよ、俺は―――、
そんな魁斗と戦り合って、ぶっ倒れた俺はアイナの自邸に運ばれてそこで目を覚ましたのがその二日後。その日のうちにアンモナイトとかの海鮮料理を食べて、その明くる日に始祖鳥の卵の目玉焼きとマナ=アフィーナのジャムを食べたんだっけ・・・
でも、その数日より今この祖父ちゃんの庵で、祖父ちゃんと過ごした時間のほうがもっと長い、もう二週間だぜ?
「うん。なんかもうこの庵での生活のほうがしっくりくるかも、祖父ちゃん」
にこり。祖父ちゃんは俺の言葉を聞いて、破顔一笑にこりとさせた。
「ほほほっ、そうかそうか」
寝る前、俺の部屋になったあの六畳半ほどの畳張りの和室に布団を敷き、その布団の上で瞼が重くなるまでごろごろするのが、ほんとに至福の時間になっていたりするんだ。もちろんイニーフィネ皇国にいるアイナと電話や通信魔法のやり取りをしながらのときもあるさ。どちらかが話の終わりを切り出すこともなく、だれてしまうこともなくだいたいアイナの声のその様子で『頃合い』が解るんだよ、俺もアイナも、な。
「健太よ、夕飯にしよう。さ、儂に付いて参れ」
「うん」
そうして、俺と祖父ちゃんは夕飯の支度をするために、母屋である庵へと向かう。
「ん?」
庵の外に建っている納屋に向かう? あれ?おっかしいな。祖父ちゃんは納屋の扉の前で俺に、そこで待っておくようにと言ったんだ。だから今はその言いつけどおり、納屋の扉の前で祖父ちゃんを待っているところだ。
あっ。祖父ちゃんが戻ってきたみたい。
「っ」
ざりっ、ざりっ、っと祖父ちゃんの履く靴の足音だ。それが薄暗い納屋の奥から聞こえてくる。そして祖父ちゃんがなにか長いものを手にして現れる。
「ふむ、健太よ待たせたな。ほれ、これだよ健太―――」
鋸? ほれ、っと祖父ちゃんは鋸の柄のほうを持ち、まるで俺に見せるかのように、だ。その鋸は折り畳み式じゃなくて、柄から鋸刃が直接出ているような鋸だ。
「鋸?」
「うむ。今日の夕飯は竹飯といこうかの」
「竹飯?って」
なんだろう、竹飯って?
「ほう、そうかそうかそうだったな。刀祢にはあるが、お主にはまだ儂の竹飯を振る舞おうたことはなかったのう」
「刀祢って俺の父さん?」
「うむ、そうだよ健太。刀祢がまだ小さいときにな。では、まずは裏まで青竹を伐りに行こうか、健太」
父さんに、か。父さんに振る舞った竹飯ってどんなご飯なんだろう?
「・・・うん」
たけのこご飯のことかな? でも、今の初夏の季節ってタケノコなんか生えてたっけ?あの竹林に。庵まで向かうときに毎日あの竹林を通るけど、、、タケノコなんて見かけたことなんてないよな? ま、いっか。祖父ちゃんについていこ。
「ほら、健太。そこは枝葉が当たるぞ? こっちに儂の後ろに来なさい」
竹の根元ですっくと俺は立ち上がり―――、
「うん」
ぐるりっと祖父ちゃんの背中側に向かう。祖父ちゃんが青竹をぎこぎこっと伐る中、青竹を挟んで俺はそんな祖父ちゃんの対面にしゃがんでいたんだ。俺が祖父ちゃんの背中側に回り込んだときだ。
「見ておれ、健太よ」
青竹の皮一枚最後に繋がった幹に祖父ちゃんが最後の鋸を引いた。ぐぐっ、みちみちっ、っとそれを皮切りに真っ直ぐ一直線に立っていた青竹がゆっくりと傾く。
「うお・・・」
ざぁっ、っと一本の青竹がゆっくりと倒れる。その際にその細い枝を周りの竹に擦らせるように、だ。
「ふむ、こんなものかな」
祖父ちゃんは手際よく、伐り倒した青竹の根本のほうに寄っていき、ぎこぎこ、ぎこぎこ。祖父ちゃん汗だくだ。
「―――」
ときおり、ふぅ~っとその、鋸を持つ右手と反対側の手で額を拭う。
「祖父ちゃん、俺が代わろうか? なんか俺も切ってみたい」
なつかしいよな・・・昔、中学の頃に図工の時間でやった工作みたいだ。
「・・・ふむ。そうだな、健太よ。儂は少し休ませてもらおうかの」
「うん。任せといて」
俺は祖父ちゃんに代わって、切るのはもちろん祖父ちゃんが途中まで切れ込みを入れておいたその青竹の部分だ。
ぎこぎこぎこぎこ・・・。
「―――っ」
ふぅ・・・思ったより重労働だな、これ。そしてすぱんっ、っと青竹が落ちるように切れた。
「次は健太よ、このお主が切り落とした節から四つ上の節を―――」
すすっと、祖父ちゃんのそれを指し示す人差し指がすすっと青竹の上へと移動する。
「この節の上を切ればいいの、祖父ちゃん?」
「おぉ、そうだよ、健太。この節にかからないように、この節の上側をもう一度切り落としてくれんか、健太」
「分かった」
俺は祖父ちゃんに、その指で示された節から四つ上の節の上側、つまり節を残すことができる位置にその鋸の刃を当てた。
ぎこぎこぎこぎこ、ぎこぎこぎこぎこ―――。
「ふぅ・・・」
切れた。すでに額は汗びっしょりだぜ。これが冬だったらなぁ、、、汗は掻かなかったかもしれないけど。
「次はの、健太―――」
えっ!!―――
「っ。う、うん」
―――まだ切るのっ!? 俺は祖父ちゃんがやったように、俺も指でその青竹の節を指していく。
「ここ二つ目の節とその上、そうその三つ目の節だよ、ここ。それから―――」
「―――うん・・・」
俺は祖父ちゃんに言われたようにあと三回鋸を揮ったんだ、夕闇が迫る薄暗い竹林の中で祖父ちゃんと。
庵に戻ったあと、炊事場で祖父ちゃんと俺は、
「健太よ、水はちょっと少な目でな、そっちの一本も」
祖父ちゃんはさっき俺が切った青竹を、要するに筒になったそれを傾けて、ちょろちょろ、ちょろちょろっと水をわずかばかり流しに落とす。
「え?でもちょっと水、少なくない?」
ちなみにその竹筒。祖父ちゃんは最後に俺が造った青竹の竹筒の綺麗な緑色の表面を上手に鉈で切れ込みを入れ、まるで器のように拵えたんだ。その竹筒の器に洗った米一合を入れ、今は水も入れたところだ。
「ふむ。青竹の水分を考慮してあるでな、ちょうどこのくらいの水でいいんだよ健太」
っ、そっか。竹の中の水分が。
「なるほど」
納得。俺も祖父ちゃんに倣ってちょろちょろと流しに水を落としてその量を少し減らした。かぱっ、っと最後に竹筒を切りぬいてできた蓋をはめ込めて、竹筒に蓋をしたんだ。