第十一話 招かれざる客
第十一話 招かれざる客
俺がいる洋風の街、うんともすんとも通じなくなった電話、死屍累々の人々―――、アイナ達との出会い。本当に短時間で想像を絶するような摩訶不思議なことばかり起こっている気がする。
「今の―――」
そしてそのアイナとアターシャが俺の眼前から掻き消えた光景―――。これらはいったいなんなのだろう。実は俺が見ているものは全て幻だったりして・・・? いやううん、と俺は首を横に振った。
じゃあ、あの二人アイナとアターシャが幽霊?・・・なわけでもないか。そんな感じでもなかったし、温もりも肉体的な肉感もあるように見えていたし・・・。それに会話も、したしな。
「会話って・・・そういえば―――」
アイナってさっき、俺の前から消える直前『空間転移』の能力を使って長距離を移動しているって言ってたよな・・・。アイナってひょっとして超能力者・・・?まさか、な―――。俺は尻もちをついていた体勢からゆっくりと起き上がった。どのみちアイナは俺を迎えにきてくれるんだ。そのときにそれも含めていろいろとアイナに訊いてみたらいいか・・・。
アイナが『そこの中で待っているように』と俺に言い残した、門番の詰所である小屋に向かって俺は歩を進めた。その門番の小屋というのはアイナ達と出会う直前に俺が見かけた小屋でもある。
「・・・」
俺は門番の詰所の扉の前に静かに立った。この城壁に設けられている門扉には門番もいる(いた)ようだが、今はいなくなっている。きっと死屍累々の人々の中にその門番も永眠していることだろう
俺は開き戸からいきなり小屋の中には入らずに―――でも、俺はアイナと会う前にもこの小屋の中はすでに覗いている。誰もいないと知りつつも、一応念のためだ。俺は窓の外からこの小屋の中をもう一度覗いてみた。
「よし」
窓から覗く小屋の中はがらんとしていてやっぱり誰もいない。俺は小屋の中に誰もいないことを確認すると、開き戸のドアノブを握り、静かにその小屋の中に入った。
「・・・」
扉を自分側へ引くように開けてその小屋の中を見渡せば、その間取りは一部屋の板の間しかなく、また簡易の、木で作られた寝床と机、椅子以外の家具はほとんど置かれていなくて殺風景なものだった。まぁ、兵士の詰所だからこんなものだろう。寝床には粗末な茶色の薄い布団のようなものが敷かれてあった。あれは麻布かな?そのような麻布の粗い質感に見える。
ふと、子供の頃に祖父ちゃんが俺に話してくれた、祖父ちゃんが若い頃の放浪武者修行中にあった出来事を思い出したんだ。それは、若い頃の祖父ちゃんが粗末な宿に泊まったときに起きたことで―――祖父ちゃんが寝ていると、全身が痒くなって―――つまり、虫に襲われたらしい。
「このベッドに痒くなる虫とかいないだろうな・・・?」
その祖父ちゃんが俺に話して聞かせてくれた虫というのはトコジラミやノミのような吸血虫ことだ。現代の日本ではほぼいなくなっている。でも、ここは外国だ。
「―――・・・」
俺は、このベッドで寝転がりながらアイナ達を待っていようかと、しばし考え思ったが、祖父ちゃんが苦笑いで俺に語ってくれた若い頃の体験談のその吸血虫の話を思い出して、俺はベッドに寝転がるのは止めた。
このときの俺の選択は正しかった、と俺は自分を褒めたい。
「ちょっと失礼して・・・」
ベッドの横には木の椅子と木の机がある。門番の兵士達の愛用がしていたものだったんだろうな、と俺は思った。その木製の椅子はどれもが使い込まれていた。よく触ったり、擦れる部分は磨かれたような光沢を放ち、濃い渋めの茶色になっていた。俺はその木の椅子に腰かけた。
「お・・・!!」
椅子に腰をかけて、ふと視線を斜め上に移したとき、そこに俺はそれを見つけてしまったんだ。それというものは剣だ。しかも、洋剣のようなつくりの剣だ。
小屋の壁に目をやれば、壁にはいくつかの三振りほどの洋剣がかかっていた、というわけで・・・剣掛けのなかには、剣などの武器が何もかかっていない剣掛けもあった。もしあれば、そこにも洋剣か槍かの武器、もしくは楯がかかっていたに違いない。
「・・・」
もちろん俺は実際に洋剣を見るのも触るのもこれが初めてだ。それら三振りの洋剣の一振りはエペかエストックのような突剣で、もう二振りの洋剣は、叩き斬るような使い方をする幅の広い剣だ。なんか見てたらわくわくしてきたぜ。
「―――」
俺はこの突剣を触っていろいろとその刀身やらつくりを観てみたい、という自身の好奇心を抑えることができなかった。別に盗む、とかいうわけじゃない、ただこの突剣を自身の手に取り、いろいろと観てみたいだけだ。椅子から降りて、俺はこの壁にかかっていたその突剣に手を伸ばした。
「おぉう・・・けっこうずしりと重い―――・・・」
その突剣の剣身を、俺が鞘から剣を抜こうとした―――そのときのことだったんだ、それが起こったのは―――
「ッ!!」
突然、俺がいるこの門番の詰所小屋の扉をドンドンと叩く音が聞こえてきたんだ。俺はその音を聞いて、突剣の柄と鞘を両手で握ったまま、この詰所の外に繋がる扉のほうを反射的に振り返った。アイナ達が用を済ませて帰ってきたのかもしれないし、それにしては早いような気もするけど。もしくはひょっとしてこの街の生存者がこの詰所を訪ねてきたのかもしれない。
もし俺が突剣を手に持ったまま応対すると、この街の生存者は怯えるかもしれない。日本でもそうだろう? 日本刀を片手に家の外に出るということは、法令違反だ。俺は手に持った突剣を元の場所にかけ直して、扉のほうへと向かったんだ。
「あ、はぁい」
俺はそのとき突剣を剣かけに戻したことを後悔することになるんだ。やっぱり剣の一振りや二振りぐらいは拝借しておけばよかった、と。
俺がドアノブに手を掛けてそれをゆっくりと時計回りに回し―――
「ッ!!」
でも、立て続けに、まるで一昔前の借金取りのような、つまり、この詰所の外にいる人にドンドンドンドンッという激しく扉を叩かれたというわけだ。まさか、緊急事態でも起こったとか?
「だ、大丈夫ですか? 今開けますからちょっと落ち着いて」
でも、外にいるであろう人からの返事はなかった。回したドアノブの状態で俺はゆっくりと詰所の扉を開いていくと、外にいる人が見えた。俺はひょいっと扉から首を出した。
「だ、大丈夫ですか?」
半開きになった詰所の扉の向こう側に立っている男の人は、やけに血色が悪く見え、まるで肌全体が土色になっていた。これは明らかに何かおかしい。ひょっとして低体温症か、酸素欠乏症なのかもしれない。
「―――、―――、―――」
「あ、あのぉ・・・?」
「う゛ぅ―――、―――、―――」
でも、その血色の悪い人は、まるで呻くような声ばかりで、俺の問いになにも答えてくれない。
「え―――」
その男の人の様子は明らかにおかしかった。俺がふと視線を下げて、その男の人のお腹ぐらいの場所を見たとき、それが見えてしまったんだ。
「―――ッ!!」
ほらよく学校の歴史の授業で使う教材があるだろう? 日本史の授業に使う教科書以外の資料集にさ。そう、詰所に押し掛けてきたその人のその『状況』とよく似た挿絵が資料集に載っていたのを思い出したんだ。
それは昔の日本の合戦を描いた古い絵を載せていたページで、刀を右手に持つ武者のお腹から内臓がはみ出ている武者の絵だ。解説ではその武者は自身のはらわたを敵に投げつけたあと、敵陣に斬りこんだとか、どうとかその資料集には書いてあった、ように思う。
「ッ」
つまり腸が・・・。そう資料集に載っていたその武者の絵とよく似た光景がまさに俺の目の前に広がっていた。その扉の向こう側に立つ虚ろな眼の人が土色に変わった腕を半開きになった扉から勢いよく差し込んできたとき俺は反射的に詰所の扉を閉めてしまったんだ。挟まった扉から伸びた腕とその先にある土色の手指がわきわきと、まるで俺のことを掴みたいからわきわきとせわしなく動く、その様子が見て取れた。
「ひぃッ!!」
その恐怖で、反射的に俺は情けない声を出していた。でも、驚いたのはそれだけじゃない。扉に挟まった腕の関節から先の上腕が、その扉のある詰所の玄関のような土間のような床にぼとりと落ちたんだ。
「ッ!!」
腕がいとも簡単に捥げるようにちぎれ、ちぎれ落ちた腕はもぞもぞと動くことはない。それだけが救いだ。でも、捥げるようにちぎれ落ちた腕の切断部からは真っ赤な鮮血といった血液は一滴も流れずに、ただ黒ずみ赤茶けた血液のような粘度の高い液体が切断部よりどろりと滲み出たんだ。
「ッ!!」
それを見て卒倒しなかっただけでも御の字だろう。でも、俺が無理矢理閉めた扉の外から圧されるような力を感じたんだ―――
「くッこの詰所の扉を蹴破ろうというのか・・・!!」
腕がちぎれてもなお、『う゛ぅ』『あ゛ぁ』という不気味な声ですらないような声しか発しない外にいる男の人。常人ではない。
「ちょッ待てッ・・・!!」
俺は詰所の扉に身体を押し付けるように陣取り、その不気味な人に扉を開けられないよう必死で扉を圧さえつけ、外から扉を押される力に堪える。それと同時に俺はこの詰所の扉の内側についている鍵に指を伸ばした。
「―――!!」
それが起こったのはまさに、そのときだった。今までの圧してくるだけの力に加え、ドンッと一発の鈍い衝撃が走る。俺が全身に力を入れて開けられないようにしている扉に殴るような一撃が加えられたんだ。きっと拳で木の扉を外から殴りつけたに違いない。
「う゛ぅ―――、―――、―――」
「ッ!!」
俺が無理やり押し閉めた扉の向こう側ではまだ呻くような声がずっとしていて、しかも外にいる人はドンドンドンと激しく扉まで叩きだしたんだ。この詰所は木造だ。木造の詰所の木でできた扉なんて簡単に破られるかもしれない。たとえ鍵をかけても、無駄かもそれない。もし、鍵をかけた木造の扉を蹴破られてしまったら、俺はこの不気味な人に―――