第百九話 俺は祖父の戯言を聞きながら
第百九話 俺は祖父の戯言を聞きながら
祖父ちゃんが竈の直火にフライパンで焼いたピーマンの肉詰めを、俺が平皿に盛り付け、それと昼に収穫した赤く熟したトマトを四つ切に。さらに茄は、皮を剥いて、そのおひたしが食卓に並ぶ。
「健太よ。醤油をおくれ」
祖父ちゃんに塩分は摂り過ぎにはさせねぇ。俺は醤油が入ったとっくりを手に取る。
「・・・」
俺は無言で、、、そうだ―――、祖父ちゃんに醤油はこれくらいにしておこう。俺は頭に思い描く塩分の量で、、、その醤油の量にしておこう。俺はとっくりからお猪口の半分ほどに醤油を注ぐ。
「はい、祖父ちゃん」
俺はそっと、お猪口に注いだ醤油を零さないように、向かいに座る祖父ちゃんに差し出した。
「うむ―――、、、」
俺から醤油が入ったお猪口を手に取り、祖父ちゃんはその視線をお猪口に落とし―――、
「、、、け、健太よ。これは、この醤油の量では茄にまんべんなく垂らすことができん。ひょ、ひょっとしてこの儂をいじめておるのか?」
「いやいや。祖父ちゃんどうせまた醤油をどばっとかけるでしょ? 塩分摂り過ぎになるからね。それ以上の醤油はだめだよ、祖父ちゃん」
ずーん、、、。祖父ちゃんずーん―――。しょぼーん。
「・・・お、おふぅ―――、、、な、なんと無体な孫じゃあ・・・!! これが儂の孫など信じられんことじゃぁ・・・っ。小さい頃はころころとかわいかったんじゃがっ今はどうじゃっ儂の孫は!!非道い孫じゃあっ!!」
しーんっ。聞こえないふりをしよう。やっぱ俺としては祖父ちゃんに塩分をいっぱい摂らせたくはないし、・・・健康が一番だよ祖父ちゃん。
「―――」
しかもわざわざ、俺を煽っての『爺さん言葉』の祖父ちゃんだ。いやいや祖父ちゃん。祖父ちゃんはまだそんな『爺さん』っていうほどの歳じゃないし。まだ、初老に差しかかるような年齢だったはず。
それよりさっき切られた話の続きだ。もぐもぐ、俺は茄のおひたしをごくんっと嚥下した。
「ところでさ、祖父ちゃん。祖父ちゃんはなんで電話を持たないんだっけ?」
「―――」
つーん。しーん。無言の祖父ちゃんは箸でご飯と漬菜を摘まみ、ぱくぱくもぐもぐ・・・。
「・・・」
おい、祖父ちゃん。俺の祖父ちゃんがこんなにつーんっとさせてても全然かわいくないんだけど?
「―――」
「・・・・・・」
ぱくぱくっと祖父ちゃんは、俺の言葉を意に介さず、白いご飯をぱくぱくと口に運び、もぐもぐ・・・ごくんっ。
「あのさ、祖父ちゃん?聞いてる?」
「なんじゃいっ」
すげぇぶっきらぼう。
「電話だってば。なんで祖父ちゃん電話持たないの?不便じゃない?」
「先ほども言うたであろう。盗聴、特定されるからだよ、健太」
はぁ? 盗聴されるなんてそんな話、俺は聞いたことがないんだけど。それよりも―――、
「盗聴ぉ?」
そんなセキュリティが、ざるな電話と回線なんて存在しないってば。祖父ちゃんはさっきまでのつーんとした態度を止めた。やっと止めてくれた。そして、やや真面目な顔になる。
「うむ」
もし、そんな悪意がある奴らがいたとしても、電話の中にはセキュリティソフトも入っているんだし。あやしいfreeWi-Fiを使わなければ大丈夫のはず。
「いやいやいやそれこそ、盗聴なんてありえないでしょっ」
すぅ・・・、っと祖父ちゃんは箸置きに静かに箸を置く。
「―――健太よ」
え?祖父ちゃん?その顔・・・。
「祖、父ちゃん、、、?」
祖父ちゃんの顔はとても真面目だ。きっと大真面目で、、、。俺は祖父ちゃんが、ふざけて言っていたり、冗談半分とはとても思えない、よな・・・。そんな表情をする祖父ちゃんだ。
「お主がこの日之国にいる間に、もし何がしかの用事で街に降りるときは気を付けなさい」
え?なにか危ないことでも?まさか街だろ。街に出るときは気を付けないって。よく分からない。
「え、えと・・・祖父ちゃん? どういうこと?」
俺としては、むしろこんな山里のほうが危ないような気がするんだけど? ほらクマとかイノシシとか出そうだし、、、電話で見たニュースにマダニのなんだっけ? ・・・あ、そうそう山に行ったらマダニに噛まれて病気になるニュース。
「うむ。儂も人づてに聞いた話でな、実際には見たわけでも体験したわけでもないのだが、日之国の街中には、こう―――」
祖父ちゃんは身振り手振りで、両腕を左右に大きく動かし、両腕で四角い何かを空中に描く。なんだろ?四角い家のようななにかだ。
「・・・うん」
「こんな、小屋のような休憩所が駅構内や商業施設に多く建てられておるそうだ」
それが? 小屋のような休憩所ってそのまんまだよな? 日本の、俺が元居た街にだって公共の休憩所ぐらいは設置されてある。ベンチと自販機とかがあってさ。それに公共のfreeWi-Fiスポットもあって、なにかと便利な場所だ。
「そこのなにが気を付けないといけない場所なの?祖父ちゃん」
そこが気を付けないといけない場所? なにか風体の怪しい人達に絡まられるとか、かな?
「うむ。そこで携帯電話を充電すれば、その中身を見られ、さらには個人情報を吸い取られるそうだ。儂の聞いた話によれば、だが」
えぇ~? さすがにそれはないって、都市伝説かよ。ちょっとその祖父ちゃんの言う話は眉唾ものだ。祖父ちゃんも誰かに冗談を聞かされたんじゃないかな。
「えぇ~?」
もしそれが本当に行なわれているとして、そんな不正アクセスをすれば犯罪じゃねぇか。警察も黙っていないだろうしさ。そんな大それたことをする犯人はすぐに特定されて御用になりそうだけど?
「ま、儂の戯言と思うてくれてもよいぞ、健太よ」
戯言って・・・。やっぱ冗談半分かよ・・・。
「・・・」
でも、、、冗談にしてはやたら真剣な顔だったよな、祖父ちゃん。
「だが、街中に出るときは己の周りに気を付けなさい、健太」
「あ、うん・・・」
祖父ちゃんの言うことは、ちょっと腑に落ちないとこもあるけど、ま、いっか。俺、街に行く用事もないし、ここでアイナの用事が終わるまでずっといるつもりだしな。
祖父ちゃんは湯呑を傾け、お茶を一飲み。あの薬草茶だ。
「さて、夕飯も食べたことだし、風呂でも入ろうかの、健太」
祖父ちゃんはことっとちゃぶ台の上に空になった湯呑を置いた。
「風呂?」
「うむ。身体を清潔に保つことは、心身を落ち着かせ、剱術をより高みへと押し上げることに繋がるのだよ、健太」
ふ~ん。風呂に入ることで、強くなれるのかどうか、それは分からない。でも、汗を搔いたままだと、肌がべたべたで気持ち悪い。髪も脂でぎとぎとべたべたになるしな。
「うん。あ、でも食べたあとの食器はどうするの?」
「無論、弟子であるお主が全て儂の分まで洗うのじゃ!! 洗濯物も干せいっ!!」
なるほど。俺は祖父ちゃんに教えを乞いに来た弟子だもんな。そういえば、アイナも祖父ちゃんのことをずっと『師匠』って呼んでいたし。
「分かりました、師匠」
俺は座布団の上に座り直し、両手は両脚太腿の上に置く。そして、俺は深々と祖父ちゃんに頭を下げた。
「いやいや冗談だぞ?健太よ」
冗談? 祖父ちゃんの冗談ってほんと分かりにくい・・・。さっきの話、祖父ちゃん曰く『戯言』よりこっちのほうが冗談に聞こえにくいよ。
「―――」
いや、でもそれは置いておいても、それでも、年配の祖父ちゃんに洗い物とか用事を全部させるのも、孫としてダメな気がする。祖父ちゃんのとこにいる間は、少しくらいは家事をしよう。そうだ、先に祖父ちゃんを風呂に入れて、その間に俺が食器を洗ってしまおう―――。
「祖父ちゃん、先に風呂に入ってよ。俺は後でいいからさ、お風呂」
「健太よ、少し火勢を落としてくれ」
ぱちぱちっポンッ、と真っ赤な炎に舐められていた薪が焚口の中で爆ぜる。
「分かった」
ぱっぱっ。じゅッじゅッ。俺は脇に置いてあった金属のバケツに右手を入れ、手の平で水を掬うようにして、焚口から真っ赤に燃える薪へと水をかけた。
「健太よ、水を掛け過ぎて火を消さんようにな」
すると、俺が水を掛けると、みるみるうちに焚口の火の勢いが落ちていく。
「うんっ祖父ちゃんそこは大丈夫っ。っと・・・こんなもんかな?」
俺が燃える薪に水を掛けたことでじゅーっ、っと水蒸気が出ている。
結論から言うと、祖父ちゃんが風呂に入っている間に、俺が炊事場で洗い物をすることはできなかった。
なぜかと言えばこれだ。最初この風呂を見たときにはまじかよっ、って本気でそう思ったんだよ、俺は。この祖父ちゃんの庵の風呂は薪風呂だったんだ。祖父ちゃん曰く、誰かが、外の風呂の焚口で薪をくべたり、また火の勢いを落として、火力を調整しないとちょうどいい湯加減にならないそうだ。
じゃ、祖父ちゃん一人の時はどうやって風呂に入っているんだろう・・・?