第百四話 まだ半分だ。彼女の事情と俺の事情で一つだ
「―――・・・」
祖父ちゃんがこの五世界に転移した経緯、あの小剱の名刀『一颯』のこと、、、親戚達は祖父ちゃんが勝手に持ち出したってずっと言っていたけど、本当のところはどうだったんだろう? 祖父ちゃん普段なに食べてるんだろうどんな食べ物? お風呂は本当に五右衛門風呂みたいな風呂なの?とか、、、なんでこの日之国に庵を構えてるの?とか―――。
第百四話 まだ半分だ。彼女の事情と俺の事情で一つだ
「―――・・・」
あれもこれも・・・。本当に大きなことから些細なことまで、次から次へと疑問がとめどなく湧いてくるんだ。祖父ちゃんに訊きたいことが次から次へと俺の頭の中に湧いてくるんだ。他にもこの庵の水はどこの水を引いているんだろうとか、この竹林のタケノコって食べているの?なんて些細なことはまた追々訊けばいいか。それよりも、だよ。
今すぐに、この場にまだアイナがいるうちに、一番俺が祖父ちゃんに訊きたいことはどれかと言えば、、、―――ううん、最初に疑問に覚え、ずっと祖父ちゃんに会ったら訊きたかったこと。
「あのさ、アイナとあの街で、俺達が出会ったときに、なぁアイナ―――」
俺は祖父ちゃんを見て、今度はアイナを見た。アイナと祖父ちゃん二人のことだ。そして、また祖父ちゃんに向き直る。
「―――アイナは自分の師匠は祖父ちゃんって言ってたけど、どうやって知り合ったんだ?」
アイナもどうしてこんな日之国の片田舎に、俺の祖父ちゃんがいるってことを知ったんだろう。
「「―――」」
「ふむ、よかろう」
アイナと祖父ちゃんはしばし、目配せのように見つめ合い、アイナにその視線と態度で先に仰ってください、と譲られるように祖父ちゃんは口を開いたんだ。
「あれはのう、健太―――」
祖父ちゃんはじぃっ、っと俺の目からその視線を逸らすことはない。視線は俺が知っている子どもの頃に見た祖父ちゃんと変わっていないさ。
「三年ほど前のことだったかな?アイナ殿」
三年も前に知り合ったのか、祖父ちゃんとアイナは。
「はい」
「この庵に住まう儂の元に突然、自らを津嘉山と名乗る者達が訪ねて来られたのだよ」
「ツキヤマ・・・?」
ってアターシャのこと? 俺は自然とアターシャを見る。アターシャはアイナ傍らに座っている。アターシャもまたアイナと同じように、足を崩さずに道場の丸い座布団の上に正座だ。
「いえ、ケンタ様。その『津嘉山』の者は確かに私の身内ではありますが、私ではありませんよ」
アターシャもアイナも、俺みたいに足を崩してもいいのに。
「身内?アターシャの?」
「はい、ケンタ様」
俺は正座ばっかりだと脚が痺れてくるから、ときおり左足だけ正座、右脚だけ立膝―――それも疲れてきたら両方膝を立てて体育座り、―――脚を組んで胡坐とかそれを織り交ぜて座っている。
「え?アターシャの身内? じゃあ―――」
―――誰だろう? 確かアターシャにはお兄さんと妹さんがいるんだっけ?
「ふむ、まぁ健太よ、急くでない。時間はまだまだあろう?ふふっ急いておるのか健太よ? 儂が見る限り、先ほどはアイナ殿の手と手を繋いでおったのう。アイナ殿と早くきゃっきゃしたいのかのう?」
にやりっ、ってか?このすけべじじい。違う違うごめん祖父ちゃん。
「―――」
ほら、アイナを照れさせるなよ、祖父ちゃん。
「っ・・・///」
「ほほほっさすがは我が孫だな健太よ。ところで健太よ、アイナ殿とはどこまで進んだのかな?」
さすが我が孫だなって―――、、、。祖父ちゃんは―――、今更ながらになるけど、祖父ちゃんには子が四人いる。長男は俺の父さんで、その下が叔母さん、そして俺が小さな頃にやたらと俺を自分のところに引っ張ろうとしてきた三人の娘がいる叔父さん、そして一番下が叔母さんだ。一番下の叔母さんなんかは、俺と十歳ほどしか変わらないほどの歳の人で、祖父ちゃんにとっては歳を重ねた頃に儲けた娘になる。
「ん?アイナ殿。どうだったのかな? 我が孫健太は優しいかのう?」
なっ!!ちょっ祖父ちゃんっ。俺が優しいかなんてっ・・・あせあせっ。
「っ!!」
は、恥ずかしいっ―――俺が主に祖父ちゃんに対してな。小剱家の恥になるようなことをアイナに訊かないでくれる?
ほら、アイナってば―――。
「そっその師匠・・・っ/// えっえっとケンタは、、、その、いつも優しいです・・・」
「ほっほっほ、それは重畳」
「―――っ(あせあせっ)」
やっぱ、ただのすけべじじいかも、俺の祖父ちゃん。答えづらいよな、ごめんなさい、アイナ。
「そっそのケンタ・・・っ」
アイナ。解ったよ、そのきみの視線だけで。恥ずかしい祖父ちゃんでごめんな。
「あっいや、祖父ちゃん?それ、その発言、ぎりだからね、解ってる?」
「何を言う健太よ。儂は次代の小剱家当主おぬしの祖父として、小剱家の現当主として、小剱家の子子孫孫の繁栄を祈り、だな―――我が子孫が未来永劫繁栄することを祈るただの老い先短い者だよ。そんな儂を掴まえて説教など、あーっ儂の孫はなんと無体な孫か。―――、―――」
云々かんぬん、、、かくかくしかじか―――。あれ、なんか祖父ちゃん・・・、俺が子どもの頃の祖父ちゃんってこんなこと言わなかったのに―――、それとも元々からこういう性格だったのかな?
「―――」
でも、こうして冗談を言い合える時間はあんまないんだ、祖父ちゃん。アイナは公務があるから。
「「―――っ」」
俺とアイナは互いに見合わせて肯きあう。
「祖父ちゃん―――」
「師匠―――」
俺とアイナと言葉が重なり合う。
「「―――」」
さらに俺とアイナの視線が絡まり合う。もうなんとなくお互いで思っていることが解るんだよ、俺達。
「儂になにかな?二人そろって」
「・・・」
いや、俺が祖父ちゃんに説明するよりアイナからのほうがいいか。アイナ自身の公務だしな。
「どうぞ、アイナ。アイナから言ったほうがいいと思うわ、俺」
俺は軽い身振り手振りでアイナに示し、・・・ここはアイナに譲ろう。
「ありがとうございます、ケンタ。では私が―――」
//////
「なるほどのう、公務とな」
「はい、師匠」
「それで、アイナ殿の公務がひと段落するまでは、健太お主は儂のところに住まうというわけか」
「・・・」
祖父ちゃんのその表情は明るくはない。でも、暗い表情でもないし、また渋い顔色でもないよ? でも、なんかさ。ひょっとして祖父ちゃんは嫌なのかな、俺と一緒に暮らすのがさ。
「うぅむ・・・」
そんな祖父ちゃんは座布団の上に座ったまま、胸の前で腕を組んだ。しかも、うぅむ、なんて唸ってさ。
祖父ちゃんが着ている服は、カジュアルな服じゃなくて俺と同じ、剣術の稽古をするときに着る道着だ。祖父ちゃんの道着は灰色の道着だ。
ちなみに言うと、俺が着ている服は、朝と変わっていない。俺が今着ている道着は、―――もちろんアイナが俺に、俺のために用意してくれた道着は葉っぱ模様の渋い茶色の道着だ。
「私の公務が溜まったのは、全てこの私の不徳の致すところであります、師匠。ケンタにはなんの落ち度もありません」
ちょっ!!アイナっ・・・!!
「っ!!」
「どうか、私の公務がひと段落落ち着くまで、ケンタをこの庵に留め置きくださいませ、師匠」
アイナは座布団の上で正座のまま、祖父ちゃんに深々と首を垂れた・・・っ。
「ァ、アイナ様―――っ」
アターシャっ。ほらっそのアイナの行動を見てアターシャだって驚いているじゃねぇか。
「いえ、止めないでくださいアターシャ。私はゲンゾウ殿を師と仰ぐ者ですよ」
「アイナ様・・・」
「ふむ・・・」
「っ」
勝手に納得しないでよ、祖父ちゃんっ。そんなこと、、、アイナが言ったとおり、確かにそうかもしれないけど―――全部がそうじゃないってばっ。俺だって―――。でも、俺は、俺のために頭まで下げてくれたアイナの厚意を無下にはしたくないし、アイナの公務も否定したくない。そこを否定すれば、アイナの心まで否定するみたいで。
「まだ半分だよ、祖父ちゃん。アイナの事情と俺の事情で一つだ」
すぅっ、っとアイナは垂れた頭を上げ、その藍玉のような視線を俺へと向ける。きょとんっ、っとさせ―――
「ケンタ・・・?」
―――少し当惑しているアイナ。そのアイナの表情を観れば、アイナが思っている気持ちぐらい解るさ。
「ふむ、申してみよ我が孫健太よ」
「祖父ちゃん。俺がここに来たのは、、、―――」
単に祖父ちゃんと再会したいからか?いや違う。もっとはっきりと言えよ、俺。
「―――俺を一から鍛え直してくれ祖父ちゃん。今度こそ俺は完璧に、大切な人を、人達を護れるような男になりたいんだっ!! 俺に小剱流の剱術をもう一度、一から教えてくれっ祖父ちゃんッ!!」
「ケンタ―――っ」
俺のその言葉に今度こそ、目を見開くアイナ。
「なるほどのう・・・、―――」
一方、祖父ちゃんが発した『なるほどのう』という短い言葉に俺がそちらを、祖父ちゃんに視線を移せば、祖父ちゃんは息を吸い込み、ふぅっと鼻から息を吐いたんだ。
「っ―――」
これはいけるか―――?
「健太よ、儂が成長したそなたに小剱の剱術を授けるというのは吝かではない」
吝かではない・・・って、、、つまり―――やったぁっ!! 祖父ちゃんが俺に同意してくれたぜ・・・!! これで俺はもっと強くなれる・・・っ。
「っ・・・!!」
「但し―――」
ん? 祖父ちゃんはその目を細める。ちょっと厳しめの表情だ。
「?」
「二言はあるまいな?健太よ。儂は成長したお主には童のときのように甘くはできんぞ?」
「―――」
―――ぴりぴり、、、。凄いこれ、、、この雰囲気―――。祖父ちゃんの表情はそんなに厳しいものじゃないのに―――なんだろこの祖父ちゃんの気迫―――。ひょっとしてこれが剱氣ってやつかもしれない。
まるで、、、あいつみたいだ。あの廃砦で―――。『イデアル』の剣士・日之国三強の一人『先見のクロノス』と初めて出会ったときのような―――
『俺の日之刀に興味があるのか?少年よ。そうだ、日之刀だ。なるほどそうだったな、お前は魁斗と同じ世界からの『転移者』か。ならば、お前に教えてやろう。この刀は『日之国』の太刀、つまりは『日之太刀』だ、よく覚えておけ』
『いいだろう、なら見せてやる。俺の日之太刀『霧雨』をな』
ってさ、あいつクロノスは廃砦で俺に、その『霧雨』という日之太刀を。
「―――ッ」
あれに似た気迫を目の前のうちの祖父ちゃんからも感じ取れる。いや、ううん『視得る』って言ったほうがいいのかもしれない―――