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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第十ノ巻
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第百二話 祖父の庵にて

 白い靄の中は上下左右の感覚もなくて、なんだか身体がふわふわと浮いているような変な感覚だ。上に昇っているのか、それとも下へ下へと進んでいるのかも分からない。前へ前へと進んでいるんだろうか?

 でも、アイナの手のそのぬくもりだけは、しっかりと握る俺の左手で感じることができる。そのおかげかな、その手のぬくもりのおかげで『怖い』なんて思うことはないよ。

「では、出ますね―――」

 アイナがその右脚を一歩前に出した瞬間だ―――。

「―――っ」

 一瞬にして白い靄のような、白い闇?と言えばいいのか―――それは一瞬で晴れる―――。 


第百二話 祖父の庵にて


 そこでトンっとアイナは、さも自然に、まるで普通に地面を歩くときとまったく同じだ。一歩脚を出すのと同じように歩けば、アイナはそこの地面に足を着ける。

 ぱぁっ。まるで白い霧が晴れるように。俺が気づけば―――


 チチチチチっ・・・、ピーピーっ、ピーピーっ―――山鳥の鳴き声が聴こえる。ふとその鳴き声に顔を上げれば、山鳥が二羽、青い晴れた空を駆けてゆく・・・。

「田舎の風景だ・・・」

 日本のきれいな田舎だ。自然豊かな田舎は嫌いじゃないよ、俺。―――見渡せば山あり川あり。見上げれば太陽が燦々と輝き、日の光に照らさせた林が緑に萌える。そうして、、、俺の想像通りの一軒家が建っている。その一軒家はまるで江戸時代にタイムスリップしたかのような、木造の家屋と木と紙の障子―――、おまけに燻されたような深い色合いの銀色の瓦屋根の、、、そんな家だ。昔の日本家屋と同じように庭には一本の木も生えている。あの木はたぶん葉っぱを見る限り、柿の木だ。実家の俺ん家の庭にも一本柿の木が植わっていたから、すぐに判った。秋になれば、母さんがその橙赤色のつやつやした柿の実を取って、よく俺に食べさせてくれたよ。毎日毎日、柿の切り身でそれはもう飽きるほどにな。

「ここが―――」

 どうやらアイナが降り立ったのは、庵の前庭みたいだ。数羽のニワトリが、こっこっこっと地面を突いたり、羽根をときどきぱたぱたさせてさ。

 きょろきょろ・・・ところで俺の祖父ちゃんはどこにいるんだろう?見た限り、この庭にはニワトリしかいなくて、俺の祖父ちゃんの姿はおろか、人っ子一人見かけない。

「はい、ケンタ。ここがゲンゾウ師匠の庵になります」

「そう、なんだ・・・」

 とても風情があって、まるで日本の片田舎のような、空気も水もきれいで、食べ物も自然も豊かなところ―――、なるほどここなら、剱技もますます上達しそうな感じだぜ・・・っ!!

「―――っ・・・」

 にぃ・・・っ―――その笑みは自然に出た感じだ。俺は思わず口角に笑みをこぼす。やってやるっ俺はここ祖父ちゃんの庵でぜってぇ今よりも数段強くなってみせるぜ・・・っ!!

 アイナの公務が終わるまで俺は―――ここで、祖父ちゃんのとこでアイナの公務が終わるのをただ待つつもりはねぇ!! ここ日之国の祖父ちゃんの庵でだらだら過ごす気はねぇんだ―――っ。 今ならあの『先見のクロノス』にも勝てそうだ、ぜっ!!

 あぁっ楽しみだ・・・ほんとにッ!!


「―――・・・っ/// ―――そ、その、ケンタ、ケンタっ」

「っ」

 おっと!! どうやら俺はアイナに呼ばれていたみたいだ。俺はにぃっとした勝気な笑みを正す。

「えっと?・・・アイナどした?」

 おずおずっ、っとアイナは―――少し恥ずかしそうに照れながらのアイナだ。ところでアイナのやつなんで照れているんだろう?

「、、、っ///。―――その、ケンタに手を握られるというのは、決して嫌ではないのですが、できれば私の右手を握ってくださいまし・・・っ。でないとケンタ。私が歩けませんっ、っ///」

「あっ―――」

 そっか―――、今気づいたよ。今の俺達は対面でまるで握手するように手を繋いでるんだったぜ。

「悪ぃアイナ」

「い、いえ―――」

 俺はそうアイナに言われて、自分でも気が付いて、そっとアイナの左手を握る俺の左手をゆっくりと離した。

「こう―――です・・・っ」

 きゅっ―――。

「っ!!」

 あたたかいアイナの右手は。アイナは俺の左手を今度は自身の右手で取って、握ったんだ。

「そ、その、、、ケンタっ。嫌でしたら言ってくださいましね・・・っ///」

 しゅるっ、っとアイナは俺の左手を、アイナ自身の右手で―――ううん、自身の右腕を全て使って俺の左腕ごと自身の胸で抱くように、、、―――ッ!!

「~~~ッ、・・・っ///」

 やっ柔らかいっ。ァ、アイナっ―――、、、こっ、こんなにもあたたかくて柔らかいものなんだ―――それっ///

「そ、そのケンタ・・・? ど、どうでしょう?お嫌ですか・・・?」

 おずおずっ、っとアイナは。

「ううん、、、っ。嫌じゃないよ、俺―――っ」

 その代わり俺の頬に熱さを感じるし、めちゃくちゃ照れくさくて恥ずかしいけどな。アターシャが無言でじぃっと俺達を見つめているけどなっ!!俺達の傍らでな・・・!!


「ゲンゾウさま? ―――」

 アターシャは一段高い縁側から庵を覗き込んだあと、俺達に振り返る。そして、無言で頸を左右に二度ほど振った。

「祖父ちゃんはいないみたい?アターシャ」

「はい、ケンタ様」

 俺のその問いに肯くアターシャ。

「では、アターシャ。正面の玄関に回りましょう」

「はい、アイナ様」

 正面の玄関か。そうだな。

「ケンタ、こっちです」

 俺もその意見には賛成だ。俺はアイナに腕を引っ張られるように、二人についていく。庭を庵の壁沿いに横切り、庵の壁に沿って直角に曲がって周りを歩いていく。

「・・・」

 あっ、竹を切って作った物干し竿に祖父ちゃんの着物のような道着が干されている。しかも渋い色だよな。まるで蓬餅のような緑色の道着だ。

 洗濯物が干されているということは、祖父ちゃんはやっぱりこの庵にいるってことか。その道中はセメントで固められていることはない。土の地面で、そこ生える草は適度に刈り取られていて、脚の脹脛(ふくらはぎ)や脛を草で擦るようなことはなかった。祖父ちゃんが鎌で、手作業で草刈りでもしてんのかな・・・?

「―――」

 土の道を歩くこと数分・・・、俺達の数歩先を歩くアターシャがその脚を止め、続いてアイナもその脚を止めた。俺も。

「失礼いたします、ゲンゾウさま」

 かた・・・っ、っとアターシャが僅かな音を立てて引き戸を左から右にずらして開ければ、土間だ。そして、奥、突き当たって見える純和風の部屋と、土間にくっついているようにも見える炊事場。

「少々お待ちを。見てまいりますアイナ様、ケンタ様」

「えぇ、お願いアターシャ」

 アターシャは俺達に軽く一礼すると、その裾の長い給仕服のまま土間の突き当りで、その給仕靴を脱いだ。アターシャは俺達に正面を向いてその靴をまた履きやすいように揃え、くるりと背中を見せて、奥の畳張りの部屋の中に入って行った。

 それにしても、この雰囲気―――、、、日本の昔のだよなぁ・・・。

「っ」

 (かまど)があるんだぜ・・・? ほら、あの戦前より以前を舞台にした映画で見るような、、、こんもりとしたあれだよ。祖父ちゃんってば、炊飯器も使っていないの!? ちゃんと電気ぐらいは通っているんだよなっここっ!?

 しかも竈に立てかけられた、竹の棒。その竹の棒は、茶色く焦げたほうを下にして竈の縁に立てかけられていたんだ。火熾(ひお)しに使う空気を送り込む竹棒だ、よな?

「―――、、、」

 まじで、ここで大正、戦前の昭和時代のような生活をしてるんだ、、、俺の祖父ちゃん―――。驚きだぜ・・・。ふぅ、っと何気なく天井を見上げ、、、―――

「っ」

 あっ、電気だ。でも、上を見上げれば、木の板と角材を組み合わせた天井。そこからぶら下がった小さな傘が付いた裸電球。一応電気が通っているみたいだな・・・この祖父ちゃんの庵は・・・。でも、なんだかなぁ。

「・・・」

「あの、ケンタ?」

 俺は何か言いたげなアイナに名前を呼ばれた。あれ?アイナ?どうしたんだその顔。そのアイナの顔はすこし疑問を持ったようなそんな表情だ。俺に対してな。

「どしたアイナ?」

「いえ、ケンタが驚いたような顔をされているので」

「いや、、、ずいぶんと昔の生活をしているんだなって思ってさ、祖父ちゃん」

 きょとん、っとアイナ。

「昔の生活ですか・・・?」

「うん。この生活様式ってどう見ても、日本じゃ五十年以上前の暮らしだからさ。ううん、ひょっとしたら、もっと前かも」

 俺が知っている祖父ちゃんは、レトロ調な照明や、時代劇が好きだったよな。だからかな、この庵は。たぶん、ううんぜってぇ好き好んでこの生活をしているんだろうな、俺の祖父ちゃんは。

「へぇ、ケンタのその、日本という世界では、ここの暮らしぶりは、五十年以上前の生活様式なのですか・・・」

「うん」

 アイナは、なにを考えているんだろ? 楽しそうに笑っているような表情でもないし、かといって、悲観的な表情でもないし、しいて言うならば思案顔だ。

「そういえば―――。ゲンゾウ師匠は電話をお持ちにはなっていなかったので、以前ゲンゾウ師匠に電話を勧めたことがあるのですが―――」

「へぇ・・・そうなんだ祖父ちゃんに」

「はい。ですが―――、『そのようなわけの分からないものは、儂は持たんよ』と頑なに拒否されましてね」

 わけの分からないものって・・・祖父ちゃん。アイナは少し困ったような笑みを浮かべる。

「あぁ・・・」

 祖父ちゃんのそんなところなんとなく思い当たるふしがあるわ、俺。

「私とはしては簡単に連絡を取れる手段として師匠には電話を持ってほしかったのですが」

 祖父ちゃんが突然いなくなったあの日、俺が小五だったあの日―――もし、祖父ちゃんが携帯電話を持っていたら、どうなっていたんだろう。

「―――」

 少なくとも、俺は、俺達は街中を駆けずり回ることはなかったのかもしれない。祖父ちゃんの所在はどうにかなったのかな・・・。

 おっ、アターシャが戻ってきた。

「っ」

「アイナ様、ケンタ様・・・。ゲンゾウさまはどうやら庵にはいないようですね」

「そうですか、アターシャ」

 アターシャは土間の縁に腰を掛け、靴を履く。その給仕の靴は革靴だ。男物の革靴とは違うデザインでちょっとかわいい。

「・・・」

 靴を履き終え、すっくとよどみのない動きでアターシャはその場に立ち上がった。ここに祖父ちゃんがいないということは、じゃあ―――、

「俺の祖父ちゃんはどこにいるんだろう・・・?」

 俺の独り言のような呟きを聞いたのか、アイナとアターシャがそれぞれ俺を見る。俺が二人の顔を交互に見遣れば、その視線と目が合った。

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