第十話 空間を越え―――そして誰もいなくなった。
第十話 空間を越え―――そして誰もいなくなった
この六年もの間、捜し続けていたそんな祖父の情報が今、俺の手の届く位置にある。祖父のことを知るアイナという女の子が今、自分の目の前にいて、俺はそんなアイナと今、親しくなりつつある―――。
「祖父ちゃんがアイナの師・・・」
「はい。ケンタの祖父は私の自慢の剣術の師匠です」
アイナは屈託の無い笑みを浮かべた。アイナの剣術の師匠は祖父で―――そんな祖父がアイナの住むこの国にいるってことだ。
だったら俺は自分の気持ちと向き合うために―――自分の心の中に密かに在り続け、このこびり付くような正と負が互いに入り混じっているこの複雑な感情に対して、決着をつけなくてはいけないんだ・・・!!祖父に会って話をつけなければならない・・・!!
「ははっ」
俺は自然と笑みをこぼした。これで俺はようやく祖父の居場所を突き止めた。祖父の失踪直後、小学生高学年だった俺は当時大好きだった祖父ちゃんを、幼馴染の五人にも事情を話して、それを聞いてくれた五人と俺の六人で捜し回った。許可をもらってビラと写真を電柱に貼り付けたり、自治会の人に『捜し人』のチラシを看板に貼る許可をもらって幼馴染達と一緒に貼りまくったんだ。それもなんかいい思い出だ。俺を含めて幼馴染が『六人』だったっていうのが、別の心残りだけどな。
「アイナ様、ケンタさま。そろそろよろしいでしょうか? 日も傾き始めております。急ぎ事を進めなければなりません」
そこへ、そんなとき静々と恭しく進み出たのは、アイナの侍女のアターシャだ。
「もうそんな時間なのですね、アターシャ・・・。ケンタと話す時間はとても心地よく、楽しい刻というものは経つ時間がなんと早いことでしょう」
「アイナ様。彼が正真正銘のコツルギ=ケンタさまと判れば、あとで自宮にてたっぷりとケンタさまとお話はできます。アイナ様のお気持ちはお察ししますが、今は何卒堪えてくださいませ」
「・・・そうですね、アターシャ」
「―――・・・」
アターシャの『自宮にて』とか『従者』という発言、そしてアイナ自身の言葉の端々や動作に、どことなく上品な上流階級の雰囲気がにじみ出ているような・・・そんな感じがしなくもない。あ、そもそも世話役の人アターシャがアイナの側に侍っている時点でアイナは上流家庭に育った女の子かもしれない。あとでそういうとこやアイナの生い立ちとかも聞けたらいいな。
そんなことを俺が考えながら、思いを巡らしていたときだった。アターシャが俺に向き直ったんだ。
「ケンタさま、一度アイナ様は御帰館いたします。私どもはアイナ様に忠誠を誓う近習の者です。アイナ様にお近づきなる者、またアイナ様御自身がお近づきになられる方、は例外なくご身分の調査と証明を行なわなければなりません」
「―――・・・」
俺はアターシャに肯いた。だからアターシャはあんなにも俺の髪の毛に拘ったんだ、きっと。
「それはいずれアイナ様の伴侶となられるであろうケンタさまとて例外ではありません。ケンタさまには大変御不快な思いをさせてしまって申し訳ありません」
アターシャは眼を閉じ、両手をお腹の上で交差させると、俺の前で深々と頭を下げる。
「は、伴侶って・・・」
もうそれは決定事項なのね・・・。そうしてすっときれいな動作で顔を上げたアターシャのそのわずかに冷たさを感じるような視線はふたたび俺を捉えた。
「もしや、ケンタさまにはアイナ様の他に好意を寄せる方がいらっしゃるのですか?」
アターシャが『好意を寄せる』って断言するほどのアイナへの好意はまだ俺にはないものの、そこをいちいち指摘する必要性は感じなかった。
「―――・・・」
一方、そのアターシャの発言に不安げな顔つきになるアイナだったけど、俺に好きな人はいないし、付き合っている女の子なんて全くもっていない。俺の今までの学生生活は全て小剱流剣術に費やしてきたと言っても過言じゃない。
「いやいや、いないいない。俺に好きな人とか付き合っている人はいないよ。ただ・・・剱聖を目指す俺の恋人はこの刀だけさっ」
俺は本赤樫の鞘付き木刀を抜刀術で構え、フッっと冗談交じりでかっこよく決めてみた。その抜刀術の構えは、腰を落として鞘を左手で、柄を右手で握る動作だ。
「ケ、ケンタっ―――・・・☆彡」
「!?」
あれ?アイナには俺のこの冗談半分の言動がけっこうウケてるみたいだった。
「それでしたら一向にかまいません。むしろもっと剣術の腕を磨いてくださいませ。私の見立てでは、ケンタさまの剣術にはまだ粗削りのところが見受けられましたよ」
「・・・・・・」
だがしかし、健太はアターシャにはあっさりスルーされてしまった。そして、まさかの駄目出し。アターシャって性格きついかも・・・ううん、きついと思う。
「お、おふぅ・・・が、がんばりますですアターシャさん・・・」
俺はさらに知ったことがある。アターシャはたぶん冗談が通じない人だ。
「はい。よろしくお願いいたしします、ケンタさま」
アターシャはアイナに向き直り、
「ではアイナ様早々に参りましょう―――」
「えぇ、アターシャ。ケンタ―――」
そしてアイナは俺に向き直った。
「すぐに戻ってきますから、この場を離れずに私達を待っていてくださいね、ケンタ」
「あ、うん。できたらでいいんだけど、アイナには早くここに戻ってきてほしいかな・・・。早くその俺・・・アイナに連れて行ってほしい」
「は、はいっケンタっ」
「あ、いや。うん・・・」
アイナは俺の言葉に少し照れているような様子だけど、そうじゃなくて・・・この街はその・・・中心部の広場に人々が累々と斃れているから怖くて、ただ早くこの街から脱出したいだけなんだ。『なにを勘違いしてるんだ、違うよ、アイナ』っていう・・・キラキラとした期待感に満ちているアイナにわざわざそんな水を差すようなことは言わないけどな。
「アイナ様、御手数をお掛けして申し訳ありません。この私めもよろしくお願い致します」
「はい」
「??」
俺が見る中、アターシャはその右手を開いたじゃんけんのパーのような要領ですぅっとアイナへとその右手を差し出したんだ?その仕草はまるで私の手を握ってください、と言っているようなそんな仕草だった。
そういえば、アイナとアターシャってどうやって一度戻るんだ? 自動車もないし、まさか上空からヘリコプターでも来るのかな?
「―――・・・」
そう思って俺が空を見上げるも、そんな機影も、バタバタという音も聴こえてこない・・・。じゃあ自動車が迎えにくるとかかな?
「自動車で一旦帰るんだよな?」
俺は、差し出されたアターシャの右手を握ったばかりのアイナに訊いてみた。すると、アイナはつい閉じた瞼を開いて俺に視線を移したんだ。
「それともヘリが迎えにくるとかか?」
俺はふたたび青い空に白い雲が浮かんだこの街の上空を見上げたんだ。
「??」
「ん?」
その藍玉のようなきれいな眼をきょとんとさせたアイナの仕草を、俺は愛嬌があり、ちょっとかわいいと思う。
「俺、変なこと言った?」
「ケンタさま、今のアイナ様は、長距離の移動に車やその他の乗り物を利用することはありません」
アターシャの言葉を聞いて、俺の言いたいことを理解したんだろう、アイナは。アイナの顔が、俺の言った言葉の内容に得心したとばかりにぱぁっと明るくなった。このアイナの明るい笑顔も俺が好感を持てるものだ。
「あ、そういうことねケンタ」
「うん。でも、移動に車やその他の乗り物を利用しないって・・・まさか特訓のために走る・・・なんてことはないよな?アイナ」
もしそれだと、アイナ達が戻ってくるのに数時間・・・ううん何日も経かったらどうしよう・・・。
「私は長距離の移動には乗り物ではなく、『空間転移』の能力を使っています」
「くーかんてんい?」
「えぇ、ケンタ。私を見ていてください、この能力です―――」
「!!」
眼を瞑ったアイナの周りにまるで漣のようなものが―――いや、俺の眼にはアイナの周りの空間がまるで漣が立つかのように揺れているように見えたんだ。
そうしてその空間のぶれはアイナが手を握るアターシャまで及んでいる。
「少し、えっと・・・その、そこに見える門兵の小屋の中で待っていてください、ケンタ。次はその小屋の中に迎えにきますから―――」
「え、あ・・・」
俺の声は言葉にならない。あまりにも非現実的な光景が俺の目の前で展開されているからだ。
「・・・」
アイナはにこりと心地よい笑みを浮かべ―――そうして、アイナとアターシャの姿はまるで空間に滲んで溶け込むようにして俺の目の前から姿を消したんだ。
「―――・・・」
俺はその場から一歩も動けず、その場に、その石畳の道の上に尻もちをついたんだ―――
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俺がこの異世界イニーフィネに来て、初めてこの異世界の異能をこの目で見たときは本当に驚いたもんだ。
「ふぅ・・・」
道場に机を持ち込んで、執筆活動に勤しむ俺はキリのいいところで筆を置いた。今の時代はパソコンの文書作成ツールを使って執筆するのも悪くはないが、でも剣士として筆を用いて古文書のように和紙―――ううん日之紙という和紙に似た丈夫な紙に記すのが一番いいと思う。この執筆の仕方は祖父ちゃんにも言われたことだ。かつて日本の武士や剣豪達もそうして後世へ『書』を遺した人も多い。この先に俺の身に起きた事も、もちろんちゃんと記していこうと思う。時機がくれば、だけど。
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『イニーフィネファンタジア「-剱聖記-第一ノ巻」』―――完。