異世界転移ってこんなだっけ…?
俺は、転生者である。
もうそれはよくあるファンタジックな魔方陣に拐われてきた。
ー正直、家族にあえねえとか、そんなことは気にしてはいなかった。
もともと、二次元で暮らしていたようなもんで、だからこそ瞬時に状況を理解できた俺は、魔方陣や全体的にキラキラとした世界観にただただ見惚れていた。
そして、出てくる同じくキラキラした王子。
俺はその手を取って、冒険や希望に満ち溢れた世界へ第一歩を進み出すー!
はず、だった。
ゴーン…
午後六時。
一分一秒のズレもなく、今日も町中で鐘の音が響き渡る。もちろん、俺がいるここ、王宮も例外ではない。
そして、この時間になると、俺は絶対に外に出ない。何故かって?カルチャーショックさ。
バキッ…
外から聞こえた物音に毛布のなかで身を震わせる。きっと今頃、メイドたち…いや、今は普通の女性たちだ
。彼女らが殴りあってでもいるのだろう。そして耳を覆う。そして何気なく時計を見る。
そう…初めて、地球とこの異世界においてのズレの大きさを認知したのは、一日目のちょうどこの時間でのことだった。
ーーーーー
俺はそのまま王子に連れられ、接客室に通された。
「まず、こちらの都合で勝手に呼び出してしまったこと、本当に申し訳ない。」
そう言って、彼は深く頭を下げた。
「頭を下げないでください。王子様が頭をそんな軽々と下げるべきではないでしょう。それに、なにかよほどのことがあったのではないのですか?」
王子というものの勝手なイメージで言ったものの、それでも申し訳ない…と言ってもう一度頭を下げた彼は、きっと真面目な人なんだろうな、と思った。異世界にワクワクしてたとか、とても言えない。
そして、なぜ呼び出したかについて話始めてくれた、ぶっちゃけ長かった。
彼が話始めたのは、まあまとめるととっても王道な話だった。
魔王がいて、酷いことをするんでこらしめてほしいと。
ただ、話で言うとずいぶん穏和な世界線なもんで拍子抜けした。
殺すってよりかは、話し合い(物理)くらいで済ませたい、と。
しかし、魔王側が人間なめ腐ってて、交渉材料、つまり権威が欲しい、と。
魔王が荒らすもんで人手も足りない、魔法の研究も進まない。
そこで白羽の矢がたったのが、勇者の存在であった。
しかも、勇者は居るだけでいいし、護衛をつけてさえいれば、町とかを見たり、自分たちの言葉が正しいかを確かめてくれていい、とのことだった。
冒険の夢が崩れ去って行ったが、それより聞きたいことがひとつあり、口を開きかけた…そのときだった。
ゴーン…
重く、低く、その音はずっと遠くからしているような気もすれば、耳元で鳴っているような気もした。
突然の衝撃に、脳がグラり、と揺れた。
それをみて、王子が目を見開き、なにか言ったような気がしたが、それがなにかを考える暇もないまま、夢の世界に落ちていってしまった。
ーーーー
「起きた?」
目を冷ましたのは、小さな家の中だった。
横には、さっきとは比べ物にならない位質素な服を着た王子がいた。
俺が衝撃で声をだせないでいると、王子はビックリした?と言って苦笑した。
「俺も選抜されたときは驚いたけどな。見た目とか、声とかがピッタシだって、取締役が言ってたんだぜ。」
彼はさも当たり前のごとく話始めたが、俺は許容量を越えた新情報の量に思考停止していた。
選抜?取締役?てか口調どした?
もしや王子の闇事情?などと内心震えていた俺の様子には気づかずに、まだ王子は話を続ける。
ほとんど内容を聞かず、ちらりと横を見ると、時計は18時15分を指していた。あ、全然時間たってない。
では、この王子の早着替えはどうしたというのか。
もう一度王子の方を見やると、はっ、と何かに気がついたような顔をして彼は言った。
「自己紹介してなかったな。俺はラル。よろしく。」
あ、ああ。などといいながら俺も自己紹介をする。
何をどう考えて、はっとしたんだお前は。
この頃には初期のキラキラとした王子の面影は俺のなかで灰になって空を飛んでいた。
そして、翌日。
朝5時に叩き起こされ、王宮へと向かった。
真横に王宮があるのを見て、なんで王宮で寝ないのか、と不思議に思ったが、急いでいるのか、少し早足の彼に追い付くのに精一杯だった。
暫く歩き続け、限界を迎えた俺は、ラルを呼び止めることにした。
「…ラル…」
名前を呼ぶと、彼は体をビクッとさせるものの、此方を見ず、返事もしない。
不思議に思っていると、突如視界が暗転した。
気がつくと、俺は地面に這いつくばっていた。
背中がじんじんと痛むので、恐らく後ろから殴られたか蹴られたか。
とにかく、理不尽な仕打ちに怒りを露にした顔で後ろを振り向くと…
般若がいた。
「本名を就業時間中に呼ぶなど、どういうおつもりですか!!!」
彼女は怒りで震える手でハリセンを握り絞めている。あれで俺殴られたの?なんで?
戸惑いラルの方を向くと、らルは必死そうな顔で彼女に謝っていた。
「取締役…。ごめん、ほらちゃんとこっちから言っておくから…」
どうやら話の内容的には俺が悪いらしい。解せぬ。
いくらか口論(ほぼ一方的だった)をしたあと、私が指導します!と言って般若は俺の首根っこをつかんだ。
そしてずるずると引き摺られていく。突然のことで混乱している俺の目に最後に写ったのは、悲しそうな顔をするラルの姿だった。
ここで終わると謎を残しそう…たぶんもう少しがんばる…かも?