9話 再会
古川(塚田)有紗 67
塚田 聡 67
古川 健一
古川 俊 41
葵衣 38
綾耶 10 12
蓮 8 10
あれから俺は職場で知り合った葵衣と出会い、結婚した。葵衣は結婚してすぐに会社を辞め、今ではパートをしながら家のことをやってくれている。
「綾耶、そろそろ携帯をしまいなさい」
俺が運転している横で葵衣は後ろを振り返ってそう言った。綾耶は12歳になった。その横で10歳の息子が口を開けて寝ていた。
「もうすぐ着くよ」
向かうは俺の実家。俺が家を出て行ってから田舎へ籠りたいと母は引っ越していった。車で三時間の場所につき俺たちは車を降りた。
「毎年来るけど、ほんと大変ね…」
「…母さんも色々あったからな~」
俺が小さい時に両親は離婚し、新たに父親として健一がやってきた。そのケンさんも、俺が高校の頃に交通事故で死んでしまった。その後俺は就職し、葵衣と結婚してからは家を出て行った。
「よく来たね」
母親もだいぶ年を取ってきた。
「こんなとこで不便じゃないのか?」
「私たちと一緒に住んだらいいのに」
葵衣と母さんは仲がいい。実際、母さんが頷いてくれれば俺たちの住む町へ来てくれるかもしれない。
「そうね…どうしよう」
「お祖母ちゃん、一緒に暮らそ」
綾耶や蓮の誘いもあり、母さんは頷いてくれた。
それから何年か経ち、俺は会社でも重要な職に就くようになり何かと仕事に対するやりがいを更に感じるようになってきた。朝起きれば葵衣が朝食を作ってくれる。母さんが来るようになってから最初は5人分作るのは大変と言ってった。何も考えずに母さんに提案した俺は申し訳なく思ったが次第に何も言わなくなった。
俺が会社に行く頃に他の人たちが起き出す。「いってらっしゃい」の言葉を背に俺は玄関の扉を開けた。
「あれ…?」
駅に向かう途中に一人のおじさんがこちらに向かって歩いてきた。向こうはこちらを見ていないらしく通り過ぎて行った。
(気のせいか…)
見覚えのある人がいただけだ。でもどこかで…。俺は過去の記憶を辿ってみたが誰なのかがいまいちわからなかった。
それからほぼ毎日そのおじさんとすれ違うようになった。ある日、すれ違った時にそのおじさんが何かを落とした。それすらも気づいていないらしく通り過ぎようとしていた。
「あの…。これ落としましたよ」
俺は拾ったハンカチをおじさんに渡した。
「…ああ、ありがとう」
そのおじさんはチラとこっちをみた。
「…………」
「俊か?」
そのおじさんはそう俺の名を言った。
「はい…そうですけど」
「おお、そうか。立派になって…。……俺のことを覚えていないか?」
「…?」
(見たことあるような気がするが誰だ?)と俺は首を傾げた。
「お前の親父だよ。…そうか、俊は小さかったからな」
「…え?」
「お母さんは元気か?」
懐かしそうに、嬉しそうに俺の親父はそう言った。母さんが二度と会いたくないと言っていた人。この人にいつ会うかわからずその為に田舎へ逃げた母さんを思い出した。
それから親父と帰りに会うようになった。このことを母さんには秘密にしとこうと思った。
「あれから親父はどうしていたんだよ」
そう俊に言われ、有紗と分かれてからの過去を話した。
荻原優菜が死んでから俺は一人になった。葬式の日に有紗と喧嘩別れをしてから俺は一人になった。それからは何もなく妻がいたことが無い。あれから有紗がいたことのありがたみを感じてしまった。いたはずのものがいない。悪いことをしたとは余り思ってもいなかった。
優菜のために、彼女が最後の人生を楽しく過ごせるように。と俺はそればかりしか考えていなかった。
一通りのことを話すと、俊は「へえ」というだけだった。
隣には当時5歳だった息子がネクタイを占めて座っている。有紗の育て方には間違えていなかったのか。あの日、葬式の夜に有紗を迎えに来た男の姿を俺は見ていた。そいつと再婚したことも知っていた。
「お前はどうなんだ?」
俺は息子の事が知りたくなった。父親なら当然そう思うだろう。息子の話を聞きながら俺は黙って頷いた。結婚していること、もう二人も子供がいること、今有紗と暮らしていることそんなことを聞いていくうちに頬に温かいものが流れた。
「なに泣いてんだよ」
俊はジョッキを置き、俺を眺めた。
俺は息子に一つ頼みごとをした。
「母さんに会わせてくれないか?」
俊はそれを聞きまずそうな顔をしたが、
「まあ、やってみるよ」
とそういった。
俺は大変な約束を親父としたような感じがした。
家に帰って、母さんと顔を合わせてもなかなか言い出せなかった。
俺の様子が変なことを察したのか、葵衣が夜中に俺の隣で「なにかあったの?」と聞いてきた。この間から俺の父親に会ったことや今日の話を簡単にした。俺自身も女目線の考えが欲しかったのかもしれない。一度分かれた相手にもう一度会いたいだろうか。分かれたといっても俺の親父だ。俺自身は構わなかったが、母さんはここに住むことを嫌がるほどだった。
「いいんじゃないかな、合わせてあげても」
「そうか?」
「私には両親はもういないし、もしいたら綾耶や蓮に自分の両親を会わせてあげたい。そういう考えでいいんじゃない?御母さんがどう考えるかにもよるけど」
「明日、母さんに言ってみるよ。ごめんな、心配かけて」
ううんと葵衣は首を振った。
次の日の朝、俺は葵衣と話したように母さんに話してみた。やはり嫌がったままだった。なんて説得しようか考えていると、連が俺たちの話を聞いていた。
「お祖父ちゃんに会えるの?」
連を見ていると昔の自分を思いだす。小さくても、大人の話には加わりたい。たとえ自分が内容を理解できなくても。連のキラキラした目を母さんは見ていた。あまり乗り気じゃない母さんは「しかたないわね」と連の頭を撫でた。
親父が家にやってきたのはそれから数日後の休みの日だった。
親父も母さんもぎこちなかったが綾耶や連の歓迎で少しは和らいだ。
「あの時はすまん」
「…」
親父が母さんに謝っていた。俺は言う言葉が見つからず見ていることしかできなかった。
「再開したんですし、もう過去の話なんですからいいじゃありませんか」
葵衣もそう言って二人をなだめた。
それから両親との溝はなくなり、楽しい会話が家中に響いた。