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youth  作者: 園田美栞
6/24

8話  育児

沢田 浩司

沢田

小林 千絵

   恭平


隣人

森川 義治よしはる

   健太

   宏太



 「あ、それはそこに置いておいてください」

私たちは大学を卒業した後、就職し5年後には結婚した。子どもの恭平を連れて今日は新築の一軒家に引っ越す日だ。ソファーを運び入れ、業者の人は帰っていった。

「段ボールがいっぱいだな」

足の踏み場がないほどの段ボールの量にこれからこれらを片づけなきゃならないのかと思うとゾッとした。二人で片付けていると隣の家から何かが割れる音が聞こえてきた。

「お皿でも割れたのかしら?」

浩司は首を化しげて片づけをしていた。

「どうせそんなもんだろ、何かと首を突っ込むのもなぁ。……そんなことよりさ、近所へ挨拶した方がいんだろうか?」

「あ!」

私は慌てて焼き菓子が入った紙袋を取り出した。


 「周りの人、いい人そうで良かったね」

 「隣の家のお兄ちゃんだっけ?健太君。恭平の友達にもなれそうだし」

あいさつ回りもひと段落して、片付けも終わった。私たちはダイニングテーブルで夕飯を食べていた。

「やっぱ千絵の作った料理はうまいな」

浩司がそんなことを言った後だった。また昼間のような何かが割れる音が今度は大きく聞こえた。私たちは外を見るために部屋の電気を消しそっと窓の外を眺めた。

「何の音?」

「さあ」

ここからは全く見えなかった。

「でも隣の家からよね?」

「…だな」

私たちはずっと見ていても仕方ないと思い、夕食の続きをした。


 次の日も朝浩司が会社に行くのを見送り、テレビを見ながら何とかごっこをしている恭平を見つつ、私は掃除機を掛けていた。リビングを駆け終わりキッチンを掛けていると今度は何か鈍い音出した。

(確か隣の家って男の子がいるんだっけ。暴れていたりするのかな)

無邪気な様子を想像して思わず口元がにやけた。

 二階をかけ終わり、リビングに降りてくると恭平がしきりに私を呼んだ。恭平が指す方を見ると知らない男の子が庭のベンチに座っていた。

「どうしたの?」

私はその男の子に声をかけるため窓を開けた。その窓はベンチを上ると入れる大きな窓で、その男の子は中に入り私にしがみついてきた。

「どうしたの?」

もう一度その子に声を掛けた。反応はなくただただ泣いているのが私に見えた。


 ソファーに座らせリンゴジュースを飲ませるとやっとその子は落ち着いた。やたらのどが渇いていたらしく何杯も飲み干した。恭平か興味深そうにその男の子を眺めている。男の子の落ち着きが見えたころ

「ボク、名前は?」

と聞いてみた。震える唇でやっとその子は答えた。

「森川宏太」

森川は私の家の隣人の名前だった。

(こんな子昨日いたっけ?)

確か昨日なのった男の子は健太君だったはずだ。

「ボク、お兄ちゃんより出来が悪いんだ」

私が黙っていると宏太君はそう言って泣きだした。


 ゆっくり話を聞いてみると、お兄ちゃんの健太君は6歳で私立の小学校に通っている。対して、弟の宏太君は勉強ができず毎日両親に怒られているのだそうだ。

(小学校受験って…)

隣人が医者の一家だとは聞いてはいたが、小学校受験をすることあるのだろうか。それにこの子はまだ3歳になったばかりじゃない。そんな子にここまで言わせるのもどうかと思う。

「宏太君あそぼ~」

恭平が宏太君の腕を引っ張っている。

「…うん」

遊びに慣れていないのか宏太君の動きはぎこちない。恭平が無理やりロボットごっこを誘っている。そんな二人の様子を眺めているとインターホンが鳴った。

 出ると森田さんの奥さんだった。静代さんの声を聞いた途端、宏太くんばビックっと肩をあげた。そして隠れるように恭平の後ろに回った。

「お忙しいところすみません、そちらに宏太来てませんか?」

「…はい。来てますけど」

「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。お迎えに参りました」

宏太君は嫌々と首を振っていた。盾にされている恭平には何が起こったのかさっぱりという顔をしていた。

「…今、恭平と寝てるんです。すやすやと眠りについているので起きたらそちらに連れて行きましょうか?」

「嫌、それは悪いです」

「いえいえ、大丈夫ですよ」

何とか場をやり過ごし、私はインターホンを切った。切った後にピースサインをすると宏太君は喜んで飛び跳ねた。


 「隣ん家がね~」

浩司は夕ご飯を食べながら昼間のことを話した。夕方になって宏太君は自ら「帰る」と言って帰っていった。

「僕もうひろ君と友達になったよ」

恭平は嬉しそうに浩司に言っていた。

「そうか、仲良く遊べたか?」

「うん!」浩司は恭平の頭をなでながら嬉しそうに笑った。


 その日の夜、恭平を寝かせた後、浩司は恭平の幼稚園をどこに行かせるかを聞いてきた。「まだわかんないわ~」

「宏太君だっけ?その子と一緒とかどうなんだ?」

私は彼の言葉に驚いたが、森田さんが通うのは小学校受験をするような子どもがいる幼稚園だと伝えた。だが、彼は

「別にいいんじゃないか?恭平が私立に通いたいって言えば受けさせてもいいんだし」

「…そうだけど、結構お金かかるのよ」

「…知ってるよ、俺は幼稚園から付属だったから」

浩司は笑っていた。

(そうか、浩司の言う通りかもしれない。もし恭平がやりたいと言えばやらせてもいいんだもの)

「分かった、明日入学用の願書取ってきてみるね」



 恭平は年中からの入園と決まった。それまで私は恭平に何かを習わせようかと考えた。でも浩司がその必要はないと言っていた。

(どうしよう…周りのお母さんたちは子どもの習いことをさせてるっていうし…)

私は益々不安になったが浩司の言葉を信じてある程度の計算とひらがなやカタカナが書ければと幼稚園に帰ってきた後、勉強させることにした。ドリルは何に手を付けたらいいのかわからなかったので取り敢えず自分か教えることにした。それに浩司の教え方が誰よりもうまく感じた。恭平も楽しそうに計算問題を解いていたり、浩司が何処からか持ってきた(多分学生時代の)頭の体操になるような正しい組み合わせはどれ?とか二枚の形を合わせるとどうなりますか?といったような問題を解かせたりしていた。

「さて今日は子のプリントをやっていこうか」

休日の時に行われる浩司の塾は恭平はいつも楽しそうに自ら進んで机に向かっていた。

夕飯時になってふと気になったことを私は恭平に聞いた。

「宏太君とは仲良く遊んでるの?」

恭平は「うん!」という元気な返事をした。毎朝送り届ける様子から宏太君の元気のなさに不安を感じていた。

「いつも何して遊んでいるの?」

「いつも~鬼ごっことかかくれんぼとか」

「宏太君も?」

「宏太君はお部屋にいるよ」

私と浩司は顔を見合せた。


「どういうこと?宏太君とは遊んでないの?」

私自身があの子のことを心配になりすぎていたのだろう。恭平を攻めるように私は言ってしまった。

「ひろ君はお部屋にいるよ。遊ぼって言っても来ないんだ」



次の日、私は恭平を送ったとき森田さんの奥さんの姿を見かけた。

「おはようございます」

私は小走りで彼女の傍を走っていった。

(周りの目が痛い…)

明らかに自分より森田さんの方を向いていた。どういうことなんだろうと不思議に思ったが何も言えなかった。森田さんは黙ってお辞儀をし私の傍を離れて行った。それと同時に

「沢田さん?」

と数人の母親が近づいてきた。

「はい…」

「余り森田さんと話さない方がいいわよ」「私たちまで巻き込まれるなんて怖いわ」

「子どもたちに悪影響があると思うと恐ろしくって」

「そうね、宏太君のお兄さんがどんなに優秀だったかは知らないけど、だからと言ってねぇ」

「…あの…。何かあったんですか?」

私は訳が分からないという風に彼女たちに聞いた。

「私たちもよく知らないのよ。ただ森田さん、息子さんに出来が悪いからって暴力ふるっているんですって。この間大きなあざを作ってきたことがあって先生が聞いたのよ。宏太君、なかなか話そうとしなかったけど「ボク、悪い子なんだ」って言ったんですって。それから気になって私たちも調べてみて発覚したのよ。よくもまあ、子どもに「悪い子」なんて言葉を植え付けたもんだわ」

「…そうだったんですね」

 私は前から知っていたことだった。でもなぜ?いくら勉強ができないからってそこまですることはないんじゃないかな。


 翌日、幼稚園を送って行ったあとに私は森田さんの家に行ってみることにした。

玄関やリビングなど見たところ荒れている様子はなかった。

私が部屋を見渡していると「息子のことでしょう」と彼女から言ってきた。

「ええ…」

「いけないことだってわかっているんです。でもそうしても医者にさせようっていうプレッシャーとあの子の出来の悪さに嫌気がさしてくるんです」

「……」

「あの子、お宅の恭平君と仲良くさせてもらってますけど、その時だけ楽しそうなんです。でもその顔さえ憎らしくなってきちゃって…」

静代さんは泣いていた。

「…もしよかったらうちの子塾に行かせようかと考えているんですが、一緒に宏太君もいかがですか?」

「…え?」

「いい先生がいるんです。自宅からそう遠くないところに」

「…それって…」


「ってことになったんだけどどうかな?」

仕事から帰ってきた浩司に私は聞いてみた。

「急すぎるな…。でも恭平がいいなら俺は別にかまわないが」


「宜しくね。先生」

黙って聞いていた恭平が喜んで飛び跳ねた。

 次の日から我が家の我が家の学習塾には生徒が1人増えた。

楽しそうな声が響き渡りいつしか生徒は三人になっていた。

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