5話 勝ちたい
三木 卓也 (31) 昔から勉強スポーツ万能
弘美 (29) 妻
翔太 息子
谷津 尚明 なおあき (31)
八城 沙恵子
「今日、家に帰ったらサッカーやろうぜ!」
「おう!いつもの公園な!」
僕は卓也と別れてからダッシュして家に向かう。
(卓也と競争だ)
そんな約束はしてないはずなのに、僕の足は誰よりも速く駆けていく。
「ただいま」
玄関の扉を開け、カバンを放り投げ母親の話を聞かず
「行ってきます」
と言い外に出た。
(卓也には負けない)
小さいことでも俺は負けたくはなかった。
公園につけばもう卓也はそこにいた。公園の前に家があるから当たり前か…。いつも自分に言い聞かせ納得をする。でもサッカーだけは…。
俺と卓也は同じ幼稚園の同じ小学校。同じ塾に通い、僕たちは常に一緒だった。卓也は努力というものを知らない。何も努力をしなくてもいつもあいつは俺よりも上だった。小学校からテストを受ければ満点は当たり前。中学に行けば部活のテニスで全国大会へ行く。高校は偏差値のいい公立高校へ通い、大学は天下のあの大学だった。俺は高校は失敗しそれなりの私立に通うことになり、勉強して勉強して名の通る私立大学へ合格した。
卓也に再会したのは今俺たちが勤めている広告会社にやつが転職をした時だった。
中学の時、俺たちは同じ部活に入った。テニスでペアを組みダブルスでは県で名の知れるほどだった。三年になれば卓也は部長になり、俺は副部長として部内を引っ張っていった。
「三木先輩いる!」
「きゃーかっこいい♡」
黄色い歓声が金網の向こう側から聞こえてくる。
卓也はそれに気付いているはずなのに何も答えない。
(むかつくやつだ)
いっその事手でも振ればいい。返事でもすればいい。俺にスマッシュを打ってくるのならば…。もしかして、このスマッシュこそがお前の見せたいものなのか?
卓也のボールを跳ね返しながら俺はそう思う。
部活が終わり俺たちは部室で着替え、帰り支度をする。部室を出た途端に
「三木さん」
という声が聞こえる。待ち構えていたのか。
俺はジロリと卓也を睨む。卓也は笑顔で物を受け取る。
「卓也、俺は先に帰るぜ」
そう片手を振りカバンを背負いなおす。
家につき、エナメルバックに入っていたクッキーの袋をダイニングテーブルに置いた。
「お兄ちゃん、すごい量だね」
妹の美月が近寄ってきた。
「クリスマスだからってよ」
俺はそう言って自分の部屋に入った。部活の後は塾だ。
一度仮眠を取ってから塾に向かう。そうしなければ疲れて眠くなり頭に入らない。
テキストをカバンに入れ、俺は家を出た。コンビニでおにぎりを買い塾に向かう。
「よお」
先についていた卓也が片手をあげた。
俺はそれに返事をする。今日はテスト返しだった。
いつも通り、卓也は満点だった。でも今回は俺も同じ点数だ。
「よし」
小さくこぶしを握った。
「じゃ、これで先に帰ります」
その言葉で現実に戻された。同僚の八城沙恵子がカバンを持って退社していくところだった。
「おつかれさまです」
卓也が作業をしていた手を止め挨拶をする。
「あ!そうそう。三木くん」
そう言って八城は卓也のデスクへ向かった。何を話しているのかは分からなかったが八城の顔を見れば楽しそうだった。
(こいつ…)
八城は俺と同期で常に同じ仕事をしていた。企画を考える時も取引先に向かう時もなにかと相談をし合ったり、意見を言い合ったりと良きライバルのような仲間のような存在だった。それに俺はひそかに恋心を抱いていた。
「じゃ、後はお願いね」
八城はそう言って会社を去っていた。
★
俺が企画を任されてから日々忙しくなった。色んな資料を集め、PowerPointの作成や資料の作成など他にも会議でいかに紹介して商品にするかを考えなければならないためやることが多かった。初めてのことで右往左往していると尚明の同僚の八城さんが
「分からないことがあったら聞いて」と手伝ってくれた。
ふと尚明を見ると自分のパソコンに集中していて話しかける余裕がなさそうだった。
(あいつも大変そうだなあ)
昔から何かと俺とライバル意識を持っていることは知っていた。中学のことたまに俺のほうが低い点数を取ると「勝った」と喜んでいた。それを見ると俺も負けたくないと思うようになっていた。元々俺はのんびりな性格で、ライバルなんて存在しなかった。高校は別々になったが、俺が前の企業を辞めて転職をした先に尚明がいて嬉しかった。前の所を辞めたのは結婚だった。職場内で知り合った弘美と俺は結婚した。本当だったら弘美が会社を辞めて俺だけがその場に残るはずだったが、実際に式を挙げるまでのマリッジブルーが原因だった。弘美は同じ職場の俺の部下とも付き合っていた。実際に彼女の口から聞く前から薄々は気づいていたがまさか部下だとは思わなかったので式を挙げて弘美が辞めるまでの我慢だと思っていた。
彼女のウソがばれ、三人でカフェで話した。そこで部下に二度と弘美には近づくなと念を押した。その後、式までの間は部下は近づくことはなかったが式を彼によって滅茶苦茶にされた。新郎新婦の友人としてその部下がマイクを持ちスピーチをした時だった。
「三木先輩、ひろちゃん。結婚おめでとう」
最初のあいさつからして(こいつ、やべえやつだな)と思った。
「二人は俺と同じ会社の仲でした。いつも二人は肩を並べて仕事をし仲良さそうにしてました。(クソ…)ひろちゃんは俺が仕事で行き詰っていた時いつも支えてくれました。今度は俺が支える番だったのに…(クソ…)………」
こんな感じのスピーチを話され、俺は弘美を見た。弘美も様子を伺うかのように俺の顔を見ていた。今日が最後だと思ったのかその部下の弘美へのアピールは凄まじかった。
そんなこともあり、こいつの顔を見るのも癪だったので俺は会社を辞めた。辞めたと父に報告をするとすごい剣幕で怒鳴ってきたので俺は電話を切った。
ある日、俺は尚明と居酒屋へ行った。
「そういや、卓也って結婚したんだってな」
ビールジョッキを持ちながら尚明はそう言った。
「いつだったんだ。言ってくれりゃ式ぐらい行ったのによ」
相変わらず飲むペースがはやい。
「当時、連絡先知らなかったからな~」
「そうだっけ」
尚明はそう言って笑う。
「お前はいねぇのか?好きな奴くらい」
「いるっちゃいるけど…」
中身の少なくなったジョッキを片手で回す。
「まぁ、無理な話だよ」
そう言って尚明は一気飲みした。
(なんだよ、もう結婚してたのか)
次の日、休憩室でコーヒーを飲んでいた八城を見つけ、俺は隣の席に座った。
「なんだ、谷津か」
(なんだよ、俺だったらがっかりするのかよ)
少し不貞腐れながら、この頃気になっていたことを聞いてみた。
「なあ、卓也ってどう思う?」
「えぇ⁉なんで?」
八城は少し顔が赤くして反応した。
「…やっぱり好きとか?」
「…なにを言ってるのよ」
そう言って俺の腕をバシッと叩き、部屋を出て行った。
俺は右腕をさすりながら、出て行った方を眺めていた。俺はあることを思いついた。
次の日、俺が出社をすると会議室でひそかに話している男女を見つけた。テーブルの上にいくつかの資料の束を置き、卓也は座って何かを書き込み、その横で八城が資料に指をさしながらアドバイスをしているようだった。
(朝から仕事まじめだな)
俺はその様子を廊下から眺めていた。
そのうち、卓也はペンを置きのけ反るように伸びをした。
(終わったのか)
ふーんと俺はその場を離れようとした時、思いがけないものを見てしまった。目を疑った。
俺は我に返り慌てて八城さんをつき飛ばした。
「なにするのよ」
八城さんは泣きそうな顔で言った。
「…ごめん」
そう言って俺は部屋を出た。廊下を出たときに尚明がそこにいた。何かを言おうかと思ったが、言葉が出なかった。それに見られていたかもしれないという気持ちが強かった。
次の日、出社すると八城さんは来てなかった。
(俺が間違えていたんだろうか)
昨日のことが、あたまから離れない。仕事をしようとパソコンを立ち上げた。
しばらくして、尚明と八城さんが出社してきた。
「おはようございます」
平静を装いながら俺はとりあえず挨拶をしといた。
その日は特に何もなく、俺の不安はただの無駄だったようだ。そう帰りの電車で思いながら俺はほっとした。
それから何日かして、
「ねえ、ちょっといいかな」
パソコンを打っていた俺の横から八城さんが声をかけてきた。いつもの仕事の内容だろうと、振り向く。ある程度資料のチェックをしてもらった後、
「今日仕事終わりにどこが飲みに行かない?」
と誘われた。
「いや…今日はちょっと…」
と俺は断ったが
「あんなことしといて、断るなんてないよね~」
厭味ったらしく八城さんは声を大きくして言った。
「ちょっと…。八城さん?」
落ち着いてと俺は言うが彼女は怒っている。
「わかったから…」
会社内で何を言われるのか分からなかったので、そういうしかなかった。
「じゃあ、きまりね」
笑顔で八城さんは自分のデスクに向かった。
俺が結婚していることは会社内の一部の人間しか知らなかった。でも念には念を入れて八城さんとどこか行くときはなるべく距離を保とうとしていた。しかし、彼女はべったりと俺の横についてくる。
(なんなんだろ…。この人は)
腕に絡みついてくるのでそっと離そうとするが
「何照れてるのよ」と余計ついてくる。
八城さんは酒が入るとまた人が変わったようになる人だった。上司の悪口や女性同僚の悪口といつも仕事をてきぱきとこなしてる八城さんからはかけ離れていた。俺は黙ってジョッキだけを口に運ぶだけだった。
「ねえ、どう思う?」
たまに俺に意見を求めてくる。目もうつろで出来上がっていた。
「…そろそろ帰りません?」
俺がそう言っても「…うん」というだけだった。時計を見ると11時を回っていた。終電の時間が来る。妻には何も言ってなかったため、そろそろ帰らなければならない。かといって先輩を置いていけないし…。
「あの…。送りましょうか?」
そう言うとぱっと顔をあげた。
大学の友達と飲んでた帰り道、俺は卓也を見つけた。
「なんだよあいつ、他に女を作りやがって」
見ると、卓也は女のひとをタクシーに乗せていた。その後にそいつも乗り込みタクシーは出ていく。
(でもどこかで見覚えが…)
今日の記憶を辿りつつ、女が八城だと気づいた。
(いいものみた)
たまたまスマホで二人を撮っていた。
「あいつを陥れるチャンスだ」
次の日、部長のパソコンに一つのメールが送られて来た。
差出人は不明。米山部長は不思議に思いながらメールを開いた。
『
米山は言葉を失った。
(三木ってあのまじめな子が…?)
米山は三木を一目置いていた。仕事も早く的確でまじめにこなす人だったからだ。
(まさかな)
米山は誰からかの悪戯だろうとメールをごみ箱に捨てた。
何日たっても部長の動きは感じられなかった。卓也が何かしらの言い訳をしたようにも思えなかった。
(くそ…失敗に終わったか…。もっと何かいいものがあれば)
俺は思わずあたまを抱えた。
前を見れば卓也が険しい顔でパソコンの画面を見ていた。思わず目があう。
「いや…。案が浮かばなくて…」
どうした?と聞いていないのに俺に向かって言ってきた。
「案?」
俺が聞くと
「うん…。これなんだけどさ…」
(俺に助けを求めてくるなんて)
何気に勝ったという気分になった。「どれ?」と言いながら俺は相談に乗った。
数か月後、俺は卓也を陥れるいい手を考えた。今まで相談には一応乗ってきたが、俺は【会社内の先輩】を使うことにした。パワハラになることを避けるため、地味なやり方だがネチネチと言ってやり、相手がキレるのを待った。卓也は昔から【いい人】だったので、それと同時に八城が未だにあいつのことが好きだということを使い、色々と吹っ掛けてやった。
そろそろ上司の目にもこの様子が見えるだろうと思ったとき、事件は起きた。以前俺が会議室で見た光景そのままだったがたまたま上司が給湯室でその様子を見ていたらしい。勿論八城が吹っ掛け、卓也は逃げただけだったようだが、事はことだった。
そしてすぐに社内から白い目で見られる暇もなく卓也はクビになった。たまたま見ていた上司が不倫や社内恋愛などに厳しい人だったのが俺にとっては幸いだった。
今まで卓也が受け持っていた仕事は俺が引き継ぐことになった。
そして数か月後には俺は係長に昇格した。
小さい頃から何かとうまくいき、多くの人から気に入られて俺よりも目立っていたあいつを蹴落とせた喜びは大きかった。
「転職先は見つかったか?」
何年かたってもこのご時世なかなか就職先は見つからない。隣には幼馴染のやつがいる。仕事がクビになり、行き場の失った俺を何かと心配してくれる、
「奥さんは出て行ったままなのか?」
「いや、息子のことがあるから」
「そうか、よかったじゃねえか」
「…」
「俺、係長になったぜ」
「そうか、よかったな。おめでとう」
「まあ、勝ったのは俺だな」
その言葉を聞いて俺はバカだったと思った。