第7章
それが一体、第何次ゾンビ戦争ということになるのか、国中のどこにも知る者はいませんでしたが、長く平和を保ってきた北と西の国境の、北国側の門が大きく開き――まず騎兵隊がドドドッと、大きな槍を手にして中立地帯を走り抜けていきました。
彼らの通る道には、中立地帯でただなんとなくのんびり過ごしている……といったゾンビたちが数多くおり――馬の走る勢いがあまりにすさまじく、中には馬の蹄で手や足を潰されたり、あるいは顔や頭を潰され、そのまま動けなくなったゾンビもたくさんいたのでした。
「まったく、ひでえことしやがる」
ライダースーツゾンビとともに、北の国のゾンビたちを捕獲していたゾンビ・ストロンガーは、ぐちゃぐちゃな体のまま道端に放置されているゾンビを抱きあげて言いました。
「おい、V3、X、アマゾン!ライダーの旦那に報告だ。もうここは、いずれ中立地帯であって中立地帯ではなくなるからな。メシアさまがライダーの旦那に言われたことを、俺たちゃやらなきゃなんねえ」
「おう!」
「おうよ!」
「おうともさ!」
ライダースーツを着たゾンビ三人は仲間のストロンガーにそう答えていました。この時、ゾンビ・ホスピタルにいたライダースーツゾンビは、仲間のこの報告を受けると、バイクに跨り一路南の国を目指しました。もちろん、悠一くんのいるコルディア病院へ向かうためです。
北の国が西の国へ攻め込んだとライダースーツゾンビに聞くと、悠一くんは手に持っていた 膿盆を床に落としていました。悠一くんはこの時、診療室にいて、もげた自分の左足を持ち、ケンケン足でやって来たゾンビの治療をしているところだったのです。
「ごめんよ。君も不安だよね……でも、きっと大丈夫だから」
悠一くんが治療していたのは、物言えぬゾンビでしたが、それでも悠一くんには彼がライダースーツゾンビの話を聞き、不安がっているのがわかったのです。そこで、バイオプリンタについて色々と調べる過程で見つかった、医療用ボンドで彼の足を綺麗にくっつけてあげました。場合によっては今も縫合することはありますが、大体のところはこの医療用ボンドが実に活躍してくれたのです。
これはあくまで、悠一くんがなんとなくそう感じていることなのですが……この医療用ボンドで治療する場合、『丁寧に優しく』何度も声かけをしてあげるというのが重要なことのようでした。今やこのコルディア病院にはゾンビの治療を行なえるゾンビ、あるいは新生して生ける人となった元ゾンビがたくさんいます。でも彼らの中には、「ただ手足がくっつけばそれでよかろう」といった態度で、すぐに次の患者ゾンビを呼ぶことが多々あり……そのような時、物言えぬゾンビたちは不満足感を覚え、体の別の場所をわざと破損させることまでして、別の医者ゾンビにかかるということがあったからです。
何分、傷口を縫合する場合などは、それなりに時間がかかりますし、術者のほうでもよく気をつけて相手を見ながら作業しますから、治療を受けたほうでも『自分のためにこんなに良くしてくれて嬉しい……』といったような気持ちになるのでしょう。ところがこの点、医療用ボンドは速く簡単に傷口がくっついてしまいますから、作業のほうが若干、効率を求める流れ作業のようになりやすいのです。
また、もうどこも悪くもないのに「なんとなく構ってほしい」といった理由によって病院内やそのまわりをうろつくゾンビたちも多く――コルディア病院はいまや、その周辺も含めると、もはやちょっとした城砦都市でした。というのも、こうしてゾンビ人口が増えるに従い、アビシャグさまは彼らに命じ、病院を中心にした大きな街を作らせ……何重もの防備による外壁をも築かせていたからです。
ゾンビたちは大抵がみな働き者で(中には怠け者のように見えるゾンビもいますが、そんなゾンビでも、彼にとって楽しいと思える仕事さえ与えれば、一生懸命なんでもするようになるのです)、このことも喜びをもって行い、なんでも監督官ゾンビの言うとおりにしていたものでした。
このようなわけで、最初悠一くんがコルディア病院へやって来た頃と今では、あたりの様子は様変わりしていたかもしれません。また、戦争が近いことはわかりきっていましたから、これらの工事は昼夜問わず急ピッチで行なわれてもいました。けれども悠一くんは、昼働くゾンビと夜働くゾンビを分け、いくら彼らが疲労知らずとはいえ、交代で病院のベッドで休ませるということにしました。また、賃金のかわりにこうしたゾンビたちには手厚いサポートを受けられるよう気を配ることにしたのです。つまり、ひとりひとりのゾンビたちが仕事から病院のベッドへ戻ってくると、看護師ゾンビがやって来て、体の調子について色々聞いてくれます。そして、工事の最中にどこか体の一部が欠損していたりすれば、その部分を、それがどんなに小さな傷でも、丁寧に手当てしてあげるようにと悠一くんは指導していたのです。
悠一くんが治療の終わったゾンビを診療室から送りだすと、そこにはライダースーツゾンビ、ストロンガー、V3、アマゾンの四人だけが残っていました。悠一くんは彼を手伝っていた看護師ゾンビのことも、「今日はもうこれでおしまいだよ」と言って帰していましたから。
そのかわり、ヤチヨとハヤテを呼び寄せると、南と西の王宮それぞれに急使を走らせることにしました。ふたりとも、「アビシャグさまの耳にも、ゴロツキングさまの耳にもこの報告は届いているだろうが……」とわかっていましたが、それでも念のためです。
ハヤテとヤチヨはもちろんのこと、悠一くんも戦雲近かりしことはわかっていましたし、西の国でも南の国でも、今ではもういつ北から軍が押し寄せてきても不思議はないと覚悟し備えていました。と言いますのも、北の国民の脱走に西の国も南の国も手を貸していましたから、最初は小規模だったそれが、ついには一度に百名以上もの兵士が脱走するに及び――これ以上のことが続けば、北は国として威厳を保てないだけでなく、軍の規律にも問題が出てきていたことでしょう。
そこで、つい一週間ほど前に百名という脱走兵が一度に中立地帯へ流れこむという事件が起きると……これはもう北の国が攻め込んでくるのは時間の問題だと、南の国でも西の国でも日に日にピリピリとした緊張感が高まりつつあったのです。
一方、西の国の諜報機関の長は、実はあのハゲロウさんだったのですが――彼はすでに北の国に放っている密偵や諜報員らに、こう命じていました。街中に『君も自由になろう!西や南では、君たちの仲間が待っている!!』といったビラを貼ったり、あるいは西の国がどんなに楽しい都か、南の国では今どんなことが起きているのかといった新聞を配ったり……こうした活動は昔から細々と行なわれてきていたにせよ、今回の規模は少々大規模だったかもしれません。もちろん、発覚して犯人が捕まれば、その者は見せしめとしてゴキブリ風呂送りということになりますから、それこそ命がけの勇気ある行動だったといえます。
北の国の全国民が非常に恐れているゴキブリ風呂とは……数万匹はいそうなゴキブリの入った透明な水槽に、まずは刑罰を受けるゾンビが放りこまれます。そしてそこへバケツいっぱいのゴキブリが次から次へとさらに放りこまれ――ゾンビはちょっとした体の隙間などから臓器の内部へゴキブリに入りこまれ、最後には空洞になっている目の中といい口の中といいゴキブリだらけになりながら、生きたまま第二の死を迎えるという、これは非常に恐ろしい、身の毛もよだつ刑罰でした。
この公開処刑の場をゾンビたちは何度となく見て知っていますから、誰もドルトムント王の言うことやすることに「否」と唱えられる者はいなかったと言っていいでしょう。
また、ドルトムント王は部下たちに失敗を許しませんでした。ですから、北の国の兵士たちはいつでも、背水の陣の覚悟によって陣備えをしていたものです。西の国のほうでは、約十万にも上る兵士たちが中立地帯へ出ていき、そこから西の山岳地帯へと至る砂漠地帯に軍を一度集結させていました。そして対する北国の軍の軍勢は、総勢でおそらく軽く百万を越えていたに違いありません。
何分、ゾンビたちには日照りも砂漠の暑さも関係ありませんし、疲労もなければ兵糧も必要ありません。つまり、基本的には数対数、そして、単純計算として一体のゾンビが相手ゾンビを何対葬り去ることが出来るか……その部分にかかる比重が大きかったと言ってよかったでしょう。
旧文明の建物があるあたりで市街戦のようなことになったことは今まで一度もなく、西の国と北の国とがぶつかりあう場合、そこから外れた砂漠地帯が戦場になることがほとんどです。ゆうに百万を越える北の軍は、西の北方の門前に辿り着くと、まずは門とその横に聳える塔楼を崩すために――カタパルト(投石機)を準備しはじめました。もちろん、西国軍でもそうはさせまいとして、何門もの大砲から砲弾を敵に向けて発射します。その後、敵がさらに近づいたところで、バリスタ(大型弩砲)を雨あられと放ちました。北の国の軍のゾンビたちはその全員が、重装備の漆黒の鎧を身に纏っていますから、この装甲を貫くには、並の弓矢では難しいのです。そして、大砲の砲弾にもカタパルトの投擲体からも運良く逃れられたゾンビ兵だけが城壁に取りつくと、鉄の銛を壁に向かって発射し、そこから長く伸びたロープを伝い、上へ上へと上っていくのです。
もちろん、西の国のゾンビ兵たちもそうはさせまいとして、クロスボウで射たり、あるいは大きな石を垂直に落としました。石を冑の上に落とされたゾンビたちは、ゴス、ゴスという音を頭上で聞きながら、二十メートルも下の地面へ真っ逆様に落ちてゆきます。
けれども、こうした抵抗に抵抗を重ねても、とうとう最後には門を破る破城槌の登場となり……ゾンビたちは「そーれっ!」と声を合わせて、その黒光りする鋼鉄の槌で西国の北門を力任せに何度も突きに突き――最後にはバリバリバリッという破砕音とともに、門は破られてしまいました。そこから入りこんでくる北国のゾンビ兵たちに向け、西の国のゾンビ兵はある者はクロスボウで、ある者は鉄砲で、別の者は剣で応戦しました。鉄砲がある、ということは、全員が銃武装すればいいと思われるかもしれません。けれども、ゾンビ兵の全員に銃を行き渡らせるほど銃砲が存在していないことから、この部分は戦略上、非常によく気をつける必要がありました。
西の国と北の国とはこれまで、何十度となく戦争をしていますから、西の国では戦争が終わるその度ごとに、防備が補強されてきました。結果として、西の国もまた東の国と負けず劣らずの難攻不落の要塞のような国へと成長していき――今では、西の国はすっかりトラップだらけになっていたといって良かったでしょう。
北の国の軍勢が西の国の王宮まで辿り着くのに、今では十の関門があります。そして、北門が破られるのと同時、最前線にいた西の軍隊は後退し、第一の関門へと向かいました。ですが、第一の関門へ向かうまでの間、大きく開けた広場には、そこかしこに落とし穴が仕掛けてあります。こちらの穴のほうはなかなかに深いもので、ここでかなりの数の北国の兵士たちを足止め出来ます。何分、北国の兵士たちは、百人ごとに束ねられ、この百人隊の長が百人隊長、さらに位が上がって百人隊長の上官が千人隊の千人隊長、さらに一万人の兵を束ねるのが大隊長、十万の兵士を束ねるのが軍団長です。この中にもさらに細かい階級があるものの、これら軍を束ねる隊長のやり方というのは大体同じでした。つまり、ゾンビ兵士というのは基本的に使い捨てなのです。
たとえば、今落とし穴の中に相当数のゾンビたちが落ち込み、腕や足がもげたりしても、そんなことは一切気にも留めません。百人隊を束ねる百人隊長は、とにかく「突っ込めーっ!!」としか言いません。何故といって、穴に兵士のゾンビたちが落ち込めば、最終的にそのゾンビたちの死体の上を他のゾンビたちが通っていけばよい……ということになるからです。こうして、たくさんの犠牲を出しながら北国の軍はようやくのことで第一関門へと辿り着きました。
そしてこの第一関門は、最初の北門とは違い、門扉が開かれていました。ただ、ここもまた北門と同じく、周囲を西は険しい山岳地帯まで、東は旧文明の都市に至るまで、分厚い壁によってぐるりを囲んであるのです。ここで再び北の国のゾンビ兵たちは、上官の「突っ込めーっ!!」という声をラッパの音とともに聞き、まずは馬に乗った騎兵隊が突っ込んでいきます。ところが、西の国の第一関門の責任者が「かかれーいっ!!」と叫ぶと、どこかからドスンともドシンともつかない、重量感のある恐ろしい音が聞こえ……一体ここまでどうやって運んできたのかと思われる、とてつもない大きさの岩がゴロゴロと転がって来――ここから北門まではもともと傾斜が出来るように設計がされていますから、その西の山岳地帯から掘り出された大きな岩は、門の横柱ギリギリのところを通過し、さらに下のほうへと恐ろしい勢いで落ちていきました。そして、北門から第一関門の間にある落とし穴のところで大体のところは引っかかり、そこで止まるのですが……ここでも北国の兵はたくさんの死傷者を出しました。
こうして、北軍はさらなる進軍が困難となりましたが、ここで砂漠を越えて戦車隊が到着しました。次から次へと砲撃が加えられ、大岩をも砕き、味方の動けなくなったゾンビ兵をも踏み潰し、戦車隊は前進してゆきます。また、戦車隊が進んでゆくために、落とし穴のほうは砂漠の砂を詰めた袋で平らにされ――時間がかかったとはいえ、戦車隊はこうしてさらに先へ進んでゆくことが可能となりました。
第一関門の兵長は、ここでの足止めはこれまでと見、部下のゾンビ兵たちに撤退を命じました。さて、これで次は第二関門です。第二関門のほうは、扉が閉じられていましたが、もはや戦車隊の砲撃によって扉のほうは簡単に撃ち破ることが出来ます。こうして門が砲弾によって乱暴に開かれると、北国軍はさらに進軍すべく、先へ先へと兵を進めてゆこうとしました。
そして、第二関門の向こう側にあったもの……それは、<森>でした。これでは、戦車隊が進んでゆけません。そこで、戦車隊が進んでいけるよう、森が切り開かれることになったのですが――馬から下りた騎兵隊のゾンビ兵たちが、生い茂る樹木を伐採しようとした時のことでした。あちこちから「ぐえっ」とか「ぐわっ」という声が聞こえたかと思うと、あたりは再びしーんとなります。
一等兵ゾンビたちは、互いに「おまえいけよ」、「いや、おまえいけって」というように、肘で小突きあっていましたが、それら物言えぬゾンビ兵たちに対し、上官は思い切りゲンコツを食らわせていたものです。
「早く行けと言っておろうがッ!!」
さらに背中までも銃身で殴られたゾンビ兵たちは、しぶしぶながら密林の中へと足を踏み入れてゆきました。手には斧が握られており、彼らは生い茂る樹木から伸びる枝や葉を伐採しながら進軍していこうとします。
ところが、これらのゾンビ兵もまた、「うぐっ」とか「おごっ」という声だけを残して、先の見えぬ密林の中でいずこともなく消えゆき――あたりは再び静寂に包まれていました。
上等兵はこれでは拉致があかないと考えたのでしょう。次から次へと一等兵や二等兵のゾンビ兵たちに出撃するよう声を荒げて命令しました。ところが、五十人、六十人とゾンビ兵たちは、不気味なうめき声とともに消えゆくのみだったのです。
なかなか軍が進まないことを憂慮した百人隊の長は、とうとう門から密林へ入るのではなく、壁をよじのぼり、その先がどうなっているのかをまずは調査させることにしました。すると、双眼鏡には、密林の樹木に首をくくられて動けなくなっているゾンビ兵や、あるいは底なし沼のような場所に半ば沈みかけ、どうにもならなくなっているゾンビ兵などが多数見受けられたのです。
偵察隊からこのような報告がなされると、半分以上ものゾンビ兵を失った百人隊の長はどうしてよいがわからず、千人隊長にこの旨を報告し、指示を仰ぎました。ところが、千人隊長もまた名案が何も浮かばず、大隊長の指示を仰ぐことにしたのでした。そして、この大隊長はエメリッヒ軍団長の逆鱗に触れることを非常に恐れ、愚かにも、「とにかく先へ兵を進軍させろ!!」と命じていたのです。
さて、それでは第二関門のジャングル内では、一体何が起きていたのでしょう。実をいうと第二関門は南の女王お抱えの忍者十一人衆のうち、ヤチヨの他にもう一人いるくの一、アカネ、そしていまひとり、北国から戻ったばかりのコジローの管轄だったのです。
彼らは互いに協力しあい、ゾンビ兵たちが密林に足を踏み入れると、それぞれトラップを発動させました。コジローはテグスのような透明な特殊鋼の使い手で、ほとんどカメレオンのように樹木と一体化し、ゾンビ兵がやってくるたび、その切れ味鋭いワイヤーによってゾンビたちの首と胴を切り離しました。おそらく、彼らには何が起きたのかもまったくわかっていなかったでしょう。また、アカネはヤチヨと同じくガム忍法の使い手でしたので、クチャクチャとよく噛んだガムを密林のあらゆる場所に仕掛けておきました。これらはさらに幻術によって見えなくされていますから、一度これにかかったゾンビは、ガムにぐるぐる巻きにされて動けなくなるか、あいるはびよよ~んと遠くまで飛ばされてしまいます。そして、着地点を計算しておいたアカネに、脳天をくないで刺され、第二の死を迎えるのでした。
こうして、遅々として進軍が進まないのを不審に思ったエメリッヒ軍団長に、とうとう事の真実を大隊長は白状させられ――エメリッヒ軍団長に<無能>の印を押された大隊長は、軍団長の持つ大きな棍棒で殴られると、砂漠の中に体が半分沈んだ状態で頭だけ潰され、釘のように沈黙することになりました。
「まったくこの、役立たずの阿呆ゾンビどもがッ!!もっと頭を使わんか、頭をッ。塔楼のあたりに特技兵をのぼらせ、そこからマシンガンを四方八方に連射させるのだ。ジャングルに潜んでおる敵兵どもを一斉掃射によって片付けよッ!!わかったなッ!!」
身長三メートルばかりもある、ゾンビとは思えぬほど筋肉の発達したエメリッヒは、すでに死んでいるのに動いている……という以上に、不気味な化け物のような容貌をしていました。冑を被った顔は蜂にでも刺されたようにぶくぶくと膨れ、紫色の唇はまるで色気の悪いタラコがふたつ張り付いてでもいるようです。
彼に素手で殴られると大抵のゾンビ兵は十メートルばかりも吹っ飛び、脳の中身や臓腑の一部が飛び出てしまいますので、誰もがこのエメリッヒ軍団長のことを恐れていました。
北国にとってもマシンガンといった銃砲は貴重なものでしたが、この際仕方がありません。各師団所属の特技兵(特殊技能兵)が集められますと、有刺鉄線やまきびしだらけの塔楼へよじのぼり、そこからマシンガンによる敵兵の一斉掃射が行なわれるということになりました。ただし、最初に塔楼にのぼったゾンビ特技兵はよほど細心の注意を払っていたか、運が良かったのでしょう。この時、二度目に塔楼へのぼったゾンビたちは、有刺鉄線に流れる電流によって真っ逆様に地上へ落ちてゆきましたし、有刺鉄線の電流をうまく逃れたゾンビも、まきびしの中に混ざっていた地雷が破裂したことで、やはり体の一部を失うなどしながら、壁から落ちてゆきました。
また、この惨憺たる結果がエメリッヒ軍団長に告げられますと、その結果を伝えたゾンビ伍長は軍団長の腹いせにビンタを張られ、六メートルばかりも体が吹っ飛びますと、首が曲がって傾きましたが、それでもまだどうにか動ける状態でした。
「うぬうっ。それにしても困ったもんだのう。こんなことでは、ドルトムント王に会わせる顔がないわい」
この時、戦車隊の長がやって来て、第二関門の壁自体を爆破してはどうかとエメリッヒ軍団長に進言しました。そこでエメリッヒ軍団長はその言葉にすっかり気をよくし、部下のゾンビ兵たちに壁に爆薬を仕掛け、破壊するよう命じたのでした。
けれども、早朝進撃を開始したにも関わらず、今やあたりは日暮れが迫りつつあります。ゾンビたちは夜でも目が利きますし、疲労知らずでもありますが、やはりなんといっても<士気>というものがゾンビ兵たちにもあるのです。このまま夜通し進軍するよりも、ここは一度北門と第一関門を占拠し、軍を整えることのほうが先決でした。
エメリッヒ軍団長は、彼よりさらに位が上のクックドゥ元帥にそのように申し伝えるよう、伝令官に伝えました。すると、クックドゥ元帥はそのまま夜通し作業し、第二関門を爆破せよとは言わず、早朝から壁に発破をかけよとお命じになったのでした。
また、アカネとコジローのほうでも、これ以上の進撃はないようだと察知すると、すぐにジャングルを抜け、第三関門の責任者であるヤジロベエにその旨を伝えにいったのでした。
「裸に迷彩模様ってのは、こりゃまた随分セクシーなもんだな、アカネよ」
「覗き見しなさんな。あんたが北から帰ってきたばかりでもなかったら、今ごろぶっ飛ばしてるところだよ」
アカネはくの一の忍者服を着込むと、前身頃を合わせて帯を締めています。
「フフフ。俺なんかまだマッパだぞ。どうだ、参ったか」
「いいから、下半身くらい隠しなさいったら!」
腰に手を当てていばるコジローに対し、アカネは目を逸らすことさえしませんでしたが、一応そう注意はしました。コジローはそのままフレンチカンカンを踊っていますが、そんな彼のことは無視し、アカネは隠し扉を開くための印を結ぶと、第三関門へ向かうために壁をすり抜けていきました。そしてコジローもまた、壁抜けの術を使って壁を抜けるのと同時、浅葱色の忍者服に身を包み、アカネの後ろ姿を追いかけていったのです。
「それにしてもよ、アカネ。ヤチヨとハヤテには、びっくりおったまげ~!じゃなかったか?」
「そりゃあね。まあ、ヤチヨは生きてた頃からきっと美人だったんだろうなって感じはしたけど、問題はハヤテよ!あいつの中身のなさに容姿が追いついてないって言ったらいいのかしら……なんかいかにもザンネンなイケメンって感じよね」
「ハハハッ。確かにな。が、まあ、それだけメシアさまという方は情の厚い方なんだろうよ。何分、『ハヤテよ。おまえは中身がないから、まあ、そこそこの容姿で我慢しておくがいい。それが分相応というものだ』なんていうんじゃなく、気前よく市川雷蔵、あるいは京本政樹かっていうような姿にしてくだすったんだからな」
「ほんとそうよね。アホのハヤテはともかく、そういえばヤチヨは、今回の戦争が終わってから脱ゾンビすれば良かったって後悔してるらしいわ。何分、ヤチヨが最初の生きた人間になる試験体だったわけでしょ?だから、その時はまだ『生きた人間として甦る』っていうのがどういうことなのか、ヤチヨにもよくわかってなかったみたい」
「なるほど。確かにそりゃ、ヤチヨらしいこったな。だけど、俺たちだってこの戦争さえ無事終わって、四国がメシアさまによって平定されさえすりゃ、同じようにしてもらえるんだ。これ以上の戦う励みは他にないってもんだぜ……そしたら俺、きっと菅田将暉風にしてもらうんだ」
「そうね。わたしは仲間由紀恵か吉岡里帆風にでもしてもらおうかしら。それとも、思いきってナタリー・ポートマンとか?」
「そりゃいいな。そんじゃ俺も、アシュトン・カッチャーかジャスティン・ビーバー風にでもしてもらおっかな」
ふたりはそんな話をしながら、膨らむ未来への期待にウフフ、アハハと互いに笑いあっていたものでした。砂漠を越えて第三関門へ近づくと、そこもまた壁抜けの術によって通り抜け、塔楼の上に座すヤジロベエの元まで駆けてゆきます。けれども彼は、ふたりが来たのにも気づいていないかのように、あぐらをかいたまま、石のようにまるで動きません。
「ちょっとぉ、ヤジロベエのおっちゃん!」
アカネがそう言って、半分砂か石のようになっているヤジロベエの肩をつんつん、とつつきますと、ヤジロベエはいかにも物憂そうに顔を上げていました。
「おや、アカネにコジロー。どうしたね?向こうじゃ、進撃するのは明日の早朝ってことになったようだがな」
「遠見の術か。おっちゃん、魂を飛ばしてたんだな。それじゃ反応ないわけだ」
ヤジロベエは中肉中背の、どことなくインドの修行僧といった雰囲気のするゾンビでした。ただし、他のゾンビとは違って肌の表面が白質化し、まるでチョークか砂でもまぶしたように見えます。
「さよう。主ら、相当きゃつらめを苦しめたようだの。こんなことなら最初から、我ら忍者十一人衆が最前線に出ていたほうが――もっと早くに北の国を滅ぼすことが出来たのかもしれぬな」
「そりゃどうかな」と、コジローはおどけた素振りで首を傾げてみせます。「オレたちはずっと、アビシャグさまの懐刀として隠れた存在だったからな。そして、北の国が南にまで攻め込んでくる公算はあまり高くないとはいえ、それでも万一のためにずっとオレたちが戦いに出るってことはなかったわけだ。それに、アビシャグさまとゴロツキングさまはいくら仲がいいとはいえ、他国の軍隊のことにまで口出しするなんてのは流石にタブーだ。けど、あのメシアさまがお現われになったことで……色々変わってしまったわけだよな。何分、おそらくはこれが『最後の戦争になる』と、アビシャグさまもゴロツキング王も認識しておられるだろうし」
「なんにしても、お主らはどうする?明日の早朝第二関門から攻めるとなると……ここまでやって来るのも一日がかりになりそうだがの。まあ、速くても半日……となると、退屈するぞ」
「あたしはここにいるわ。なんでって、ヤジロベエのおっちゃんが北の軍をけちょんけちょんにするところが見たいから!!」
アカネはいかにも嬉しそうにそう言いました。コジローもまた、「オレもだ」と愉快そうに笑っています。
「ある意味、あいつら、光栄というものだぜえ。おっちゃんの術を見て第二の死を迎えられるなんてえのはなあ」
忍者十一人衆はおのおの、女王さまの命で特殊任務についているのが普通ですから、こうして顔を合わせて話せる機会というのは、そう多くはありません。ですからこの日、塔楼の上に三人は座したまま、最後には昔の修行時代のことにまで話を遡らせて、色々と楽しく思い出話をしていたものです。
そもそも、忍者ゾンビとはなんでしょう。忍者十一人衆というのは、南の女王アビシャグさまを頂点とする、女王直属の配下です。そして、女王お抱えの忍者軍団というのは、数として今も百名ほどしかいません。と言いますのも、ゾンビ忍者になるためには、どうしてもある資質が必要になってくるからなのです。
たとえば、風よりも速く走れると<本当に信じる>なら、すでに死んでいる彼らには可能なことでした。また、アカネもコジローも今彼らのいる三十メートルばかりもの壁を伝って走り、単独で乗り越えることが出来ます。もちろん多少の訓練というのも必要ではありますが、こうした種類の<資質>がないゾンビは、忍者になるということ自体、まずもって難しかったでしょう。
こうした忍者の資質のある者は、存在の秘匿された忍者カレッジで訓練を積み、それぞれ自分にとって特性のある忍術を見つけ、その技を窮めるということになります。そしてそれは、忍者ゾンビ・ヤジロベエの場合、砂や石といった自然物を操ることでした。ヤジロベエは技を窮めるに従い、だんだんに石や砂と<友だち>になっていったのです。そして完成したのが……この翌日、北国に大きなダメージを与えることになるゴーレム忍術でした。
この翌日の早朝、北国軍は第二関門であるジャングルをどうにか切り抜け、ようやくのことで第三関門へと至ったのですが――ここまでやって来るだけでも、北の軍はかなりのところ疲弊していたようです。底なし沼や特殊地雷や地獄虫の落とし穴、さらには体長10メートルばかりものアナコンダとの格闘など……北軍は結局この日も夕方までかかってようやく第二関門を突破していたのです。
北国軍の最前線の兵は、みな疲弊しきっておりましたから――大隊長(みな嫌がりましたが、あみだくじで当たったゾンビが昇格することになりました)が軍団長の許可を得て、その日は再び休み、翌日の早朝から第三関門を攻略することに決まったようです。
ですが、ここで北国軍を休ませるようなことをするヤジロベエではありません。彼は塔楼の上から砂漠の地上におもちゃのヤジロベエを放ちますと、それは砂の上に着地するなり、見る間に大きくなっていきました。砂が固まりはじめて石となり、その石の上に、また同じように成長した石が重なり――最後にそれは、自ら「ゴォレムー!!」と叫ぶ、石の動く巨人となっていました。大きさにしておよそ三十メートルはあったでしょうか。しかも、ヤジロベエは一体だけでなく、次から次へとおもちゃのヤジロベエを砂漠に放ち、ゴーレムは最終的に十体ばかりも生まれていました。
ゴーレムたちは友だちのヤジロベエに命じられるがまま、足許のゾンビ兵を踏み潰し、戦車をぺしゃんこにしました。北国軍は大砲の砲弾によってゴーレムを倒そうとしましたが、そのために相当の砲弾を消費し、大きく戦力を落としていました(しかも、これらの忍術によって生まれたゴーレムは、一度体をバラバラにされても、何度もまた石が積み重なり、甦ってくるのです)。
結局この日も、北国はゴーレムたちを倒すのに丸一日以上もの時を費やし……しかも、ゴーレムたちを完全に倒したというわけでもなく、彼らは砂漠の中に突然現われ出でたように、消える時にもいつの間にかいなくなっていたのです。ゴーレムたちは、足元の石が次第に砂と化し、最後には頭の部分の石に至るまですべてが砂漠の砂と化して消えてゆきました。
「おっちゃんの精神集中も、これが限界か……」
「十分だよ、ヤジロベエのおっちゃん!丸一日、こいつらを足止め出来たんだもん。それだけじゃなくて、戦車隊だって壊滅的なダメージだよ。これはもう、北国軍はかなりのところマジヤバだって!」
「ふう……そうだのう。わしもこれほど大きな術を使うのは久しぶりだからの」
ずっとあぐらをかいていたおっちゃんが立ち上がると、ヤジロベエは流石にふらついておりましたので、アカネとコジローはおっちゃんの体を左右から支えました。
そして、実はこれが西の国の軍が勝利する決め手となったのです。あんなものとまた次の日も戦わなくてはいけないのだとしたら、とても堪らない――最前線のゾンビ兵たちはそのように思い、すでにもう戦意を喪失していたといってよいでしょう。
けれどももちろん、上官たちが「それでも進軍せよ!」と命じたとすれば、これらのゾンビ兵たちは翌日も進軍のため、死体を鞭打って奮闘しなくてはならなかったに違いありません。
ヤジロベエのことはコジローがその背に背負い、西の王宮へ向かいますと(おっちゃんはもう自分の足で歩く気力もありませんでしたから)、ヤジロベエは国を救った英雄としてゴロツキング王やウフフーミンさまに迎え入れられました。もちろん、他の西のゾンビ国民にも、ヤジロベエたちは歓呼の声を持ってその帰還を激しく喜ばれていたのです。
西の国のゾンビ民たちは、戦争の噂が広まりはじめると、当然みな一様にピリピリしだしました。もともとお笑い好きな陽気な国民ですから、戦争などという言葉を聞いただけでも気分がうんざり沈みこんでしまいます。西の国民たちはみな、戦争がはじまると一様に「第二の死を迎えちまいたいよ」などと、街角に集まるたびに話していたくらいでした。
これまで、戦争があるたびごとに、どうにか第七~第八関門くらいで食い止めてきた西国ではありますが、こんな第三関門というかなりの手前で北の軍勢を食い止められたことは、西国の歴史上、今まで一度もなかったといっていいでしょう。
この翌日、ヤジロベエはゴロツキング王とウフフーミンさまの後ろの特別席でアカネやコジローと一緒にお笑い大会を鑑賞していたのですが――腹がよじれてそこから臓腑が飛び出すのではないかというくらい、笑いに笑って大笑いしました。そしてヤジロベエは、南の国を守れたことはもちろんですが、あらためて西の国の伝統であるこのお笑い芸を守ることが出来てよかったと、心からそう思い、満足していたのです。
また、ゴロッキング王からは「我が友よ」と呼ばれ、ウフフーミンさまにも親切に歓待されたことで――ヤジロベエは体力・気力が回復してのちは、再び北国軍が攻めて来ようものなら、前以上の術によってかの軍を捩じ伏せることを、おふたりにお誓いしていたほどだったのです。
* * * * * * *
北の国との戦争が一旦休止したこの時、コジローはアカネやヤジロベエよりも一足早くアビシャグさまと北の国の今後のことについて話しあっていました。
「今回の戦争がどのような形によって決着するかにより、今後の状勢が変わるとオレも思ってて……一番いいのは、内部にいる北のゾンビ国民たちが結集して、ドルトムント王に叛旗を翻すということなんですがね、自分の頭で考えられる優秀なリーダーゾンビがいないんスよ。というか、以前いたそうしたゾンビたちは大抵が言いがかりをつけられてゴキブリ風呂――通称、ゴキ風呂行きになっちまいましたし……」
「そうか。軍の力を大きく削ぐことの出来た今こそがチャンスと思っていたんだがな。かの国から百名以上ものゾンビ民が自らの意志で国境の門を越えるなど――北の国建国以来一度もなかったことでもあるしな」
この時、アビシャグさまはいつものように煙管を吸っておられましたが、コジローは北の国でポピュラーに吸われている細巻き煙草を吸っていました。ゾンビはすでに死んでいるわけですが、それでも生活のストレスというのは溜まるものなのです。コジロー自身、たまに煙草でも吸って息抜きでもしていなければ、あんな恐ろしい国での潜入生活をそう長く続けられたとは思われません。
「ハンゾーは元気にしてるか?」
「まあ……軍の内部に特技兵として入りこんでいますからね。ストレスは強いと思いますが、何しろあのオッサンは並のゾンビじゃないもんで、うまいことやってると思いますよ」
実をいうと、特技兵として最初に塔楼にうまく登ったあのゾンビ兵はハンゾーだったのです。彼は、マシンガンによる機銃掃射を命じられたわけですが、実際は的外れなところを撃ちまくっていたのでした。
「そうか。ハンゾーの意見も聞いてみたかったが……」
「そうっスよね。オレがこれから北へ戻って、オッサンの意見を持ち帰るとしたら、速くても十日はかかるでしょうか。今、軍部のほうではどうなってるのかをハンゾーのオッサンなら詳しくわかっているでしょうし……」
この時、アビシャグ女王の胸の内をどのような考えが去来しているか、コジローにはわかっていました。ゾンビ世界に東西南北の四つの国が誕生して以来――西の国も南の国も自ら軍を率いて北の国へ攻め上ったことはありません。けれども、これはまさしく四国開国以来の千載一遇のチャンスだったのですから。
「このまま放っておけば、北は再び軍事力を回復するというそれだけだ。それに、我が国及び西の国ではこれから新生して生ける人となった者の人口のほうが多くなっていくだろう……もしかしたら、チャンスは今しかないかも知れないのだ」
「じゃあ、オレは明日にでも北へ飛びます。それで、ハンゾーのオッサンに軍部の内情を聞いて、再びここまで戻ってくるっスよ」
「すまないな、コジロー。せっかく帰国したというのに、ろくに労いもせずこき使ってばかりで……」
コジローは、アビシャグさまのこの言葉を聞くと胸が熱くなり――ふたりは王宮のバルコニーで最初は雑談していたのでした――その場に跪くと、「この脳髄が尽き果てるまで、我が心は南の女王アビシャグさまとともに!!」と誓いの言葉を口にして、次の瞬間にはその場からいなくなっていました。
南の王宮から北の国の南門までは、約五千キロあります。つまり、一日千キロ走破しても五日かかる計算なわけですが、コジローはこれを三日で走破する能力がありました。もしかして前世は長距離ランナーとしてオリンピックにでも出たことがあったのかもしれません。それにしても、人間というのは死してなお、なんという潜在能力を発揮できるものなのでしょうか。
「行ったか……」
バルコニーからは満月が見えており、爽やかな風が吹いてきています。アビシャグさまは心地好い夜気の中に、フーッと煙管の煙を、溜息でも着くように吐きだされました。
アビシャグさまは今度の大勝利を喜んでいましたが、北の国の王ドルトムントの頭と胴体を切り離さないことには、決して安心することなど出来ないと考えていたのです。
(前に、コジローが帰国して救世主と噂のユーイチに会いに行った時……コジローはこう言っていたっけな。彼がもし本当にメシアなら、北の国のこともどうにかしてくれるんじゃないかと……)
今や、アビシャグさまも西の国の王であるゴロツキング王も、悠一くんがこのゾンビ世界を救う救世主であると、信じて疑っていませんでした。また、確かにもし悠一くんがメシアであるなら――北の国のドルトムント王に対し、彼はどういった役割を果たすということになるのでしょうか。西と南の連合軍が北国へ攻め上り、かの国に打ち勝てたとして……ドルトムント王が持っているであろう宝物を奪い、救世主である悠一くんに渡すということで、シナリオとして正しいのかどうか……。
(もちろんわたしとて、何もユーイチの命を無闇に危険にさらしたいとは思っていない。だが、確かにコジローが言っていたことにも一理ある。また、もし北のドルトムントの宝物をこちら側で得たとすれば、流石に東のアーメンガードも、少しは考えを変えるだろうしな……)
アビシャグさまは悠一くんのことが友人として好きでしたし、そう考えた場合、自分のこの案で事を進めていいのだと、そう思いました。ところが、コジローが再び北の国へと旅立ったその翌日……悠一くんはハヤテとヤチヨも連れず、ひとりアビシャグさまへ会いに王宮へやって来たのでした。
その時の悠一くんのただならぬ様子と来たら、アビシャグさまは彼と会って以来、こんな悠一くんの顔は見たことがないと思ったほどでした。人生経験及びゾンビ経験が豊富なアビシャグさまは、(これは何かあったな)とすぐにピンと来ました。
けれども、まさかそれが「人殺し」に関することであるなどとは、流石のアビシャグさまも想像してもみないことだったのです。
>>続く。