重破斬《ギガ・スレイブ》「我」を取り戻すということ
前ページにおいて、竜破斬の呪文がどこからきたのかを説明した。
それは、人間レイ=マグナスの最後の言葉。
一人の人間が、自分の中の魔王の欠片に気づき、失望と怒りの中で、魔王として世界を滅ぼすことを誓う言葉。
では、重破斬は?重破斬にも同じ詠唱がある。それにおける「我」とは何なのか?それは当然の疑問であり、この文章ではその疑問に答えていく。
だが、重破斬の考察に入る前に、この竜破斬の呪文の成り立ちについて考えたい。
作中でリナは、以下のように説明している。
ドラグ・スレイブってのは、人間の使える黒魔術の中では最強のもの、って言われているものなの。世間一般ではね。最初にこれをあみだした賢者レイ=マグナスが千六百歳のアーク・ドラゴンをこれで倒したことから、ドラゴンスレイヤー――ドラグ・スレイブの名がついたのよ。(注1)
このリナの認識が真実かどうかは別として、わかることがある。
それは竜破斬という呪文の「力ある言葉」、つまり詩で言うところの題名部分は、他に置き換え可能なものであるということだ。
つまりこの呪文の本体は詠唱部分にあり、「力ある言葉」はなんでもかまわない。おそらくは、ハァ―ッ!とか、カァーッ!のような、気合の入った言葉であれば、この魔法は発動する。
つまりは、ここにはふたつの可能性がある。
ひとつは、リナの認識は間違いで、レイ=マグナスが詠唱から「力ある言葉」までの全てを作ったという可能性。
もうひとつは、この呪文を生の言葉として、自分自身の言葉として紡いだレイ=マグナスがおり、その力の発露を竜破斬という呪文にして流通させた第三者がいる、ということ。この詠唱の、この世の全てを滅ぼしてしまおうというような破壊的意志を巧妙に隠した上で。
例えるなら、拾った石を削り出してそれをそのまま握って世界に殴り込みをかけたのがレイ=マグナス:通称部下s。 レイ=マグナスは野人だから、尖った石で殴り込みをかけても傷つかないくらい手の皮が厚いか、傷ついても気にしない。
そしてその削り出した石に取っ手をつけたやつがいる。誰でも扱える形にしたやつがいる。対ドラゴン用の呪文として、その素性を隠して流通させたやつがいる。ゴルン・ノヴァが光の剣として流通したように。おそらくはこの第三者の存在によって、リナたちのような術者が、この呪文を扱うことが可能になった。
つまりは、後の世において竜破斬を使う術者は、カバー曲を歌う歌手のような状態で、この呪文を使っている。
第一巻において、レゾ=シャブラニグドゥに竜破斬を仕掛けたゾルフは、呪文の意味がわかってない。彼は、平均的術者。
ゼルガディスとリナは、わかっている。それが誰の力を借りた呪文なのか、だから竜破斬を赤眼の魔王に使うことの意味に気づくことができる。
そしてさらにリナは、ゼルの先を行っている。彼女は、原点に帰り、呪文を紐解き、新しく呪文を組み上げることができる。
自分が持ち合わせた別の知識を元に、借り物としての「我」を、自分自身を指し示す「我」として、取り戻すことができる。
闇よりもなお暗きもの
夜よりもなお深きもの
混沌の海にたゆたいし
金色なりし闇の王
我ここに 汝に願う
我ここに 汝に誓う
我が前に立ち塞がりし
すべての愚かなるものに
我と汝が力もて
等しく滅びを与えんことを!(注2)
リナは、呼びかける対象を変え、「我」を、いまここにいる自分として、語り直す。
リナは、闇に誓わない。ただここにいる自分として、「汝」に願い誓う。
あやふやな「我等」ではなく、自らの前に立ち塞がるものに対して、術を行使する。
「汝」に対する理解が足りず、「我」が力不足であるゆえに、術は不完全だが、発動は為される。
この呪文の完全版は、金色の魔王を自らの体に降臨させる。なぜそのような効果が起こるのか?それは、この呪文の元となった竜破斬が、「汝」たる赤眼の魔王と、魔王の欠片を持つ「我」を強く結びつけるための呪文だったことに由来する。我と汝を同一視させるための構造をこの呪文は持っている。故に降臨という事態が起こる。
その構造を、リナは断ち切ろうとしている。いまここにいる「我」とそれに相対する「汝」を作ろうとしている。
リナは自立した自我をもつ主人公だ。圧迫と、それに対抗する術を彼女はいつも見つけようとする。だからこそ、この呪文は彼女の生き方を代弁する「詩」になりうる。
我を取り戻すということ。借り物の言葉を自分のものにして、新しく言葉を紡ぎ出すということ。それがこの作品の一つの達成だった。
言葉を理解するということは、ただ単に意味がわかるというだけでは足らない。それを自分自身の言葉として使えるようになって初めて、理解できたと言える。
この小説は、言語を扱うことの意味を、そのストーリーテリングのうちに埋め込んでいる。それは小説という、言語を扱い言語によって表現する芸術として、深く意義のあることなのだ。
余談として、竜破斬を流通させた第三者が誰なのか?考察しておきたい。
それは、まだ作中には出ていない誰かなのかもしれないし、既に作中に出てきている誰かなのかもしれない。
特に大きな理由はないが、なんとなく、それを為した人物として獣王ゼラス=メタリオム、その一派を推したい。
だいたいこの人は初めからちょっとおかしい。ほかの腹心が、みんな律儀に神官と将軍に分けて部下を作ってるのに、一人だけ神官しか作ってない。初めから、自分の神官が、他の神官と将軍と敵対する事態を想定している。そして、ゼロスを自由に動き回らせている。増幅器たる魔血玉を持っていたのは、ゼロス。しかもそれを、人が扱える形で所持していた。初めから人の手に渡してしまっていいと思っている。そして実際に人の手に渡ったとしてもなんのお咎めもない。ゼロスの意思を、行動を、保証しているのは誰か、それは獣王。獣王は、それなりに、自分のコントロールできる範囲で、人間が力をつけることに加担している。
獣王は、人間の特性を理解している。力をつけた人間が、いつか、神々の魂すらも打ち砕くかもしれないことを、理解している。
だから、伏して待ち、自分は直接戦乱には関与しない。自分が動くのは、長い長い戦乱の後、最後でいい。最後の最後、笑いながら人間の首を掻き切るだけでいい。あるいは、人間が、自分が力を出すに値する存在になれば、一興というようなスタンスなのかもしれない。
竜破斬を世に流通させることのメリットはなにか?
それは、人間が力をつけること。
そして、また別の魔王の欠片が、その呪文を唱えるかもしれない、ということ。おそらく、レゾやルークは竜破斬を使用することができた。だが、威力が高すぎるかなにかで、それを使うことを封印していた。おそらくは、特にルークは、リナと同じようなプロセスを辿った。ルークは竜破斬を使うことの危険性ゆえに、魔王剣を生み出した。レゾも同じ理由で、防御呪文として、赤眼の魔王の力を使うことにした。
世界を滅ぼし、最後は自らも滅ぶ。自らも滅ぼしてしまおうという赤眼の魔王の意志を、獣王は時として優先する。それが、ルビーアイの願いなら、そうしてもらって構わないというような、そういう態度を持っている。恐らく彼女にとって、世界を滅ぼすのも、魔王が自らを滅ぼすのも、等しく優先すべき願い。
この恐ろしく中立的な態度が、最終的な黒幕に相応しいような気がしている。
引用
(注1)神坂一『スレイヤーズ!』富士見ファンタジア文庫、平成11年9月30日、四十七版、p.220
(注2)神坂一『スレイヤーズ!』富士見ファンタジア文庫、平成11年9月30日、四十七版、p.232-233