待望の時
「えっ……」
敦也はまだ状況が呑み込めていなかった。
それでも必死に脳をフル稼働して言葉を探す。探す。探す。
やがて、時が止まったような世界から敦也が抜け出す。
「お爺ちゃん、確か僕達はAYNMのプレイを禁止されていたはずだと思うんだけど?」
その言葉を聞いて、静止した世界でずっと孫を見守っていた宗敦の子供のように表情が明るくなる。
まるでイタズラが成功した子供のような。
「その通りだよあーたん!でもそれは今日までの話!今日からは龍谷財閥の社員もみーんな解禁だよ!」
敦也はまた思考の渦の中に落とされる。
リリースから一年で自分だけでなく、他の禁止されていた人達も全員…そして、先程の龍谷財閥を渡すという発言…
ただこの熟考は徒労に終わることになった。
「お陰さまでこの一年で他の三つの財閥とも中々の差ができたからね!当たり前だよね!龍谷財閥の全てを貰えるって聞いたら皆メチャクチャ頑張っちゃうに決まってるもんね!世間の間じゃ退職の嵐らしいからねー!それは他の財閥も同じことだからね!」
敦也は、その言葉に漸くひとつの答えを見つける。
「じゃあお爺ちゃんは龍谷財閥の地位をもっと確立させるためにあんなことを言ったってこと?」
「そうだよあーたん!あーたんに渡す財閥なのに!一寸でもいいものにして渡さないと!!」
宗敦の表情からは、この言葉が皮肉などではなく、心の底からの言葉だと確信できる程の何かがあった。孫への揺るぎない自信とでも言おうか…
「お爺ちゃん、それは分かったんだけど。もうリリースから一年経ってる。流石にもう手遅れじゃないかな?」
純粋に楽しむなら遅いなんてことは全くないが…目指すところが簡単に言えばプレイヤーランキング一位だ。一年…この差は到底埋るものではないだろう。
「その通りだよあーたん!いくらお爺ちゃん自慢のあーたんでも、このままだとにっちもさっちも行かないと思うんだよね!一年の差もだし、根本的にあーたんはこのゲームに向いていない所があるからね…勿論!向いているところも凄いあって、お爺ちゃんはそこを心から信じているんだけどね?」
だから……とそう言いながら宗敦はスーツの胸ポケットからUSBを取り出す。
「あーたんにはAYNM唯一の『課金者』になってもらいますー!」
!?!?!?どゆこと!?!?!?
宗敦は、今にも実際に頭の上から?が出てきそうな顔をしている敦也に言葉を続ける。
「このUSBの中には一億円と【課金者】になれる固有スキルが入ってるんだよー!【課金者】になると、お爺ちゃんがあーたんのためだけに考えたアイテムが円で買えるんだよ!」
「それを使って僕にAYNMで三兆エン集めろってこと?」
「そーだよー!!誰よりも先に!ね!」
勿論不安はあった。いや。第三者目線に立ち、客観的に自分を傍観して、観察すれば、すぐに察しがついただろう。これは祖父の自分への陶酔にも似た信頼から来る無茶ぶりなのだろうと。
しかし敦也は笑っていた。胸の高鳴りが止まらなかった。
龍谷財閥がどうとか…
宗敦からの信頼がどうとか…
自分だけに買えるアイテムがどうとか…
そんなことよりも、このゲームをプレイできるということに。
そんなことは後回しにすればいい。
後のことは後で考えばいい。
「分かったよ、お爺ちゃん。やってみるよ!」
敦也はそれだけ言うと、宗敦からのプレゼントを受け取り、席を立つ。
来るとき、あれほど動かなかった足が。あれほど重かった扉が。あれほど長かった廊下が。
全てが反対に感じられた。体に羽がついたよう軽かった。扉は軽く、廊下は一歩で渡り終えられる気がした。この世界全てが敦也が一秒でも早く家に帰ることを望んでいる…そう思えるほどに。
家に着くと直ぐに、紙袋からAYNMを取り出し、USB を差し込み、電源をいれ、ソファーに深く腰掛け、ヘッドギアを装着する。
耳を伝って頭に声が響く。
この時をどれ程望んだか。
『ようこそ!All You Need is Money の世界へ!!』