不意打ちプレゼント
~All You Need is Money~通称AYNM
リリースから一年、いまだに世界の注目を一身に集めているVRMMOである。
専用のヘッドギアを装着することで脳と直接、電気信号の交換をすることによって自分がとりたい行動を【しよう】と思うだけでその行動がゲーム内で【できる】。
さすがは科学分野に尽力していた龍谷財閥の集大成とも言える商品だろう。
ゲーム内容で特筆すべき所と言えば、ゲームにまつわる全ての事象をゲーム内通貨【エン】で買えてしまうところだろう。
筆者自身も購入しプレイしているのだが、実際に経験値からステータス、レアモンスターの出現からその素材に至るまで金額に差はあれど【エン】で買えてしまうのだ。
と言っても、レア素材など入手困難なものほど必要なエンを甚大であり、出来るなら自力で入手することを強くおすすめしたい。
ただやはり、これ程までにこのゲームが超人気作となっているのは製造元である龍谷財閥の総裁【龍谷 宗敦】氏の公言があったからであろう。
「一番最初にゲーム内で三兆エンで売っている【龍谷券】を買った者に龍谷財閥の全てを譲る」
この発言によりAYNM内ではチームで三兆エンを目指す【企業】が乱立し、モンスターを狩って素材を集める【ハンター】達はより良い企業と雇用契約を結ぼうと奔走している。
まさに超資本主義社会の縮図のような世界観に、筆者自身も暇あらばプレイしているものである。
と言っても、まだリリースから一年しか経っておらず、エンの最大所有者でもまだ一兆エンすら程遠いそうだ。
今から始めようと考えている方も、まだまだ遅くないので是非一度手にとって見てもらいたいものだ。 ライター テツ
「はぁ……やってみたいなぁ」
最後まで月刊雑誌の記事を読んでから敦也は深い溜め息と愚痴を溢し、憂鬱と億劫が重くする脚に力を入れて立ち上がり、長い廊下を、龍谷財閥の本社のビルの廊下を、歩き始める。
原因は至極単純である。祖父からの呼び出しがあったからだ。敦也にAYNMのプレイを禁止した祖父からの。
敦也の祖父は、自分にも人にも厳しい人であり、荘厳、厳格と言うような言葉がまるで祖父のために作られたものだと、錯覚してしまう程に重たい空気を纏っている人だ。
それが働いているときの祖父を見る全ての人が等しく抱くイメージだ。
赤字が続いていた龍谷財閥を一代で大幅黒字まで持っていった人物。
そして、龍谷財閥の全ての社員と龍谷家の人間にAYNMのプレイを禁止した祖父。
勿論、そんな偉大な龍谷財閥総裁が何かを考えて言ったことなので反対など一切起きなかったが、少なくとも敦也は宗敦の意図に皆目見当がつかなかった。
ただ敦也が宗敦に会うこと自体に憂いを感じているのはまた違う理由だった。
タン タン タン……
無駄に長い廊下は敦也の足音を何倍にもして響かせる。
ガチャ
不意に一番奥の部屋の扉が開かれ、顔見知りの女性が出てきて敦也にお辞儀をする。
松元早織、宗敦専属の秘書である。
気品ある顔立ちが黒のスーツとよく合っている。
「御足労心より感謝します。敦也様。
宗敦様は中でお待ちになっております。どうぞお入りください。私は外で待つよう言われていますので、どうぞ家族水入らずでお話しください」
頭をあげるとそう言いながら彼女は、先程自分が出てきた扉を開け敦也を招き入れる。
「ダメ元のお願いなんだけど、良かったら早織さんも一緒に来てくれたり…」
「大変申し訳ありませんが、宗敦様の命に逆らえませんので」
彼女は口角を少し緩めながら、くい気味に僕のお願いを切り捨てる。
「まぁそうだよね」
いくら分かりきっていた答えとはいえ、とどめを刺された気分になりながら敦也は開けられた扉を入っていく。
宗敦の部屋は二重扉になっているため、敦也の全身が部屋に入った時点で入り口の扉は閉められ、今度は自分で宗敦が待つ部屋への扉を開けなくてはならない。
「要件だけ聞いてぱぱっと帰ろう」
声になるかならないか程の一人言を呟き、意を決して、鉄のように重い木製の扉を開けようと手を掛ける……
ガチャ
「あーたーーん!遅いからお爺ちゃん心配しちゃったよぉー!大丈夫!?お腹でも痛くなっちゃったのかなーって!!」
開けようとした扉は勝手に開かれ、その原因である荘厳な。孫大好きお爺ちゃんが顔を出していた。
「いや、何でもないよお爺ちゃん。それで、今日は何の話?この後予定があるから出来れば手短に済ましてほしいんだけど」
先手を打たれてしまった敦也は早口になりながら、実際には無い予定を掲げて対抗する。
「大丈夫だよあーたん!お爺ちゃん一人があーたんの時間を独り占めにたら勿体無いもんね!あーたん明後日で20でしょ?メチャクチャ頑張ったんだけど…お爺ちゃんどうしても外せない仕事ができちゃって…いや!本当に頑張ったんだけどね?だからパーティーはまた今度盛大にやるとしてプレゼントだけ先に渡そうと思ってね!」
口調とは裏腹に、話しているときの宗敦の顔からは本当に申し訳なさそうな気持ちが込められていた。
流石にそんな顔をされてしまうと、プレゼントだけ貰って帰るなんて選択肢を選べなくなってしまった敦也は、ありがとうと言いながら宗敦の部屋へと入った。
「それで?お爺ちゃんは何をくれるの?去年までは僕のほしいものをくれてたと思うんだけど」
「ごめんねぇ!本当はお爺ちゃんもあーたんの好きなものを好きなだけあげたいんだけどね!あーたんもまだ大学二年生とは言っても今年で20歳!立派な大人だからね!そろそろ渡してもいいかなって思ったんだよぉー!」
そう言いながら宗敦は紙袋を取り出してきて、敦也に中身を見せた。
「えっ?これって…」
敦也は中身を見て言葉を失う。
「うん!あーたんはもう才能の塊だからね!きっと龍谷財閥をこれまで以上にいい会社にしてくれるって知ってるからね!龍谷財閥を渡そうと思って!」
渡そうと思って……紙袋の中身はさっき見ていたVRMMOゲームAYNMそのものだったのだ。