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小保方シリーズ1 『栄養士とお子様ランチ』 作:すみれ

【BGM:https://youtu.be/bQZ2HI6l6c作:御幸】



管理栄養士の、私、小保方は、2学期の昼食メニューについて頭を悩ませていた。

生徒たちの野菜嫌いも深刻化していて、バランスのとれた栄養の提案がタ○タ食堂のあれのような具合に、どうにもうまくいかなかった。

流行を取り入れれば食いつくであろうと編み出した、『ひと味ちがうばーにゃかうだ』として、きゅうり、にんじん、セロリ、大根、茹でたアスパラガスなどスティック状に切ったものに、アンチョビの代わりにレバーペースト、パクチーのみじん切りを加えたソースが敬遠されて、「嫌いなものに嫌いなソースを合せちゃアカンやろ!」と、試食会は惨憺たるものだった。


調理室の廊下に一枚の紙片が落ちていて、それを拾うと「1976」の数字が書かれていた。

ふつうならそのままゴミ箱にポイッなのだが、下駄箱の靴を履き替え、ただなんとなく、その紙片を事務室の前に置いてあった百葉箱みたいな変なポストに投函してみようと思ってしまった。

校門を出ると、目の前を、小学生くらいの男の子が走った。

「…りゅうのすけ?」彼は、小保方の弟の龍之介に雰囲気が似て、彼を呼び止めようとその背中を追った。

彼は今どきには珍しく、女の子が穿きそうなショートパンツを履き、トップスはラガーマン風なポロシャツ、白いハイソックスを履いていた。

ショートパンツの後ろポケットには、これまた珍しいアクリル製のヨーヨーでパンパンになっていて、タコ糸のような紐がプラ~ンとポケット口から垂れ下がってる。


「よぉ!りゅうの介!」と声をかけたのは、右隣3件目に住んでいた、山川さんちのみっちゃんで、龍之介の幼なじみだ。

「あとでタイヤ公園で野球やるけど、くるだろ?」龍之介とみっちゃんは同い年だが、ほんの少しみっちゃんのほうが背も高くて、ガタイもいい。

「用が済んだらいくよ!」と、龍之介はそっけない。何年ぶりかに合うみっちゃんなのに、その再会はないでしょっと思ったのだけど、なんか微妙に様子がおかしいことに気がつく。

弟もみっちゃんも幼すぎるのだ。すると、正面から中学生の私が龍之介を出迎えた。

「おかえり~!」と。おかしい、明らかにあの子は私。

じゃあ私は誰?困惑する自分に浸る間もなく、龍之介は「ごめんっねーちゃん、また行ってくる!」と、中学生の私の前を通りすぎてゆく。

「もう~!夕飯までには帰ってくるのよ?おばあちゃんのお小遣い、大事に使いなさいよっ」と、龍之介の背中に声をかけた。


私は尚も、龍之介の後を追った。なぜだか、なんだか彼を追わなくてはいけないような気がしていた。

それから、そのうちに平屋の駅舎が見えて、彼は小の字の入った硬券切符を改札で鋏をカチンって入れてもらった。

私は定期入れごとSuikaを改札にかざしてみたが、駅員に呼び止められ、なんだか硬い紙の入場券を買わされた。

ちょっとやりきれなかったが、貨物列車をやり過ごしている彼を見失うことはなく、しばらくしてホームに入ってきた黄色い国電の一緒の車両に乗り込むことが出来た。

龍之介は戸袋の窓辺に立ち、それから次の駅で黄緑色の国電に乗り換えた。

そして、彼は有楽町駅で降りると、数寄屋橋の方に向かって歩き出した。



数寄屋橋の交差点では、得体のしれないお爺さんがマイクを片手に熱弁を振るっていた。

「ボヤボヤしてると!ソ連が攻めてくんだよ!北海道がとられっちまうんだよ!いいか!日本はソ連と戦争をやったんぢゃない!ヤツらのやったことは背信裏切り行為じゃねーかっ」と強い口調でまくしたててる。

でも誰一人、このお爺ちゃんの話に耳を貸す人はなく、足早に前を通り過ぎて行くのだが、龍之介だけは、いっちょまえに腕組なんかして、ウンウン頷きながら、お爺ちゃんの話に聞き入ってる。

しばらくすると、お爺ちゃんは演説をやめ、小さなオーディエンスの前に歩み寄った。

「ボク、今の話、わかったかい?」彼は、尋ねられると、ただ首を傾げて、しばらくして彼は顔を横に振った。

お爺さんは「いいよ。いいんだ。君、日本をよろしく頼むぞ!」と肩をポンっと軽く叩き、彼の手のひらにキャンロップの飴玉を2つ手渡した。




彼は、丁寧にお爺ちゃんにお辞儀をし、振り返り、交差点を渡り、斜向かいの不二家の入り口に立ち止まった。

そして、ショートパンツの前のポケットから小銭入れを取り出し、不二家レストランの食品サンプルを見ながら、小銭を数えた。

しかし、足りなかったらしく、彼は来た道を戻り始めた。

私はそこで彼を呼び止め、レストランで奢ってあげようと思ったが、さっき、入場券だけで有楽町に来てしまい、改札出口でまた呼び止められ、差額を紙幣でお支払いをしようとしたが、「これどこの国の紙幣?」とまた一悶着あって、なんとか小銭だけで難を逃れたため、ここで彼を奢ると私も帰れなくかると思い諦めた。

それから、龍之介は、また有楽町の駅のほうへとトボトボと歩き出し、駅の隣のエー○ドーパンと書かれた看板の小さな店に入って、やきそばパンをひとつ購入した。



帰路の電車の車内、彼はさっきと同じ、戸袋際の窓辺に寄りかかるように立っている。

私は彼がどうして、数寄屋橋の不二家に向かったのか、考えていた。

「そっか…」思えば、今日は母の命日だった。

彼と母を結びつける思い出の中に、不二家で食べたお子様ランチがふわっと浮かび上がった。

彼は、今日を”お母さんと思い出を尋ねる日”に宛てていたのだ。

彼は駅を降りると、家とは反対方向の丘の上の小寺へと足を向かわせている。

そして、母の墓前にしゃがみ、あのお爺さんから貰ったキャンロップを1個を手向け、手を合わせていた。

しばらくいると、「龍之介!なにしてたの?ここにいたんだー」と、おばあちゃんと中学生の私が、火を灯した提灯と、水桶、彼岸のお花とお線香を持って母の墓を尋ねた。

「今日は迎え盆だから。龍之介も迎えておやり。」と、祖母から柄杓を受け取り、水を手向けた。




「龍之介。今夜はおばあちゃんがオムライス作ってくれるって。」と中学生の私が弟に伝える。

おばあちゃんは「オムライスに旗じゃダメか?龍之介」といい、

龍之介は「子どもっぽいから旗はいらないよっ」と言った。

私は3人の背中を見送り、龍之介を初めて見かけたとこまで歩くと、一瞬にして目の当たりにしていた風景が変わった。




私はもう一度、学校に戻り調理室を尋ねた。

ニンジン、タマネギとケチャップで甘めのチキンライスを卵でとじて、小さなハンバーグとナポリタン、夏野菜のサラダをトッピングして、キャンロップを添えて、オムライスに旗を立て、『小保方風夏のお子様ランチ』をメニューに加えようと思った。






すみれ

(2015/8/14 11:01:59)


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