『1959年から来た留美子ちゃん』 作:Cotton
下校時間を知らせる鐘の音が、海辺乃学園に鳴り響いている。
この学園がある迷子町は、確かに時間は流れているが、景色は永遠に夏の終わりの黄昏時だ。
だから、人々は町に鳴り響く学園のチャイムを聞いて、あぁ朝だ。もうお昼かと時の流れを認識するのだ。
その黄昏の校庭を、とぼとぼと高等部2年C組の津島琴音が歩いていた。
その背中から声をかけてきたのが2年Y組の留美子ちゃんだった。
「こっとちゃーん! 今日うちに遊びに来ない?」
「行く!行くっ!」
二人は校門のところに立っている守衛さんに「帰ります!1959です!」と声をかけた。
守衛さんは笑顔で「いいねぇ。いい時代だよぉ。」と答えて警備室の中にある機械のボタンを押した。
海辺之学園の学生たちは、様々な時代から来た者達ばかりだ。
だから、下校する時は守衛に声を掛けて、それぞれの時代に帰る。
留美子さんは1952年生まれで、本当は1959年の高校2年生というわけだ。
西欧の宮殿のような門扉が開くとそこは1959年だった。
津島琴音の母親が生まれた昭和34年の街だ。
「あのさぁ、留美子ちゃんちに行く前に わたし行きたいところがあるんだよね!」
琴音が言うと、留美子ちゃんは快く「うん!つきあうよ」と言ってくれた
車窓から見える昭和の街並み。琴音は窓に顔をぴたりと付けて何度も感嘆の溜息を漏らした。
「建物が低い!」「見て!あの壁!雷おこしか落雁みたい!」
琴音がどんなに興奮しても、留美子ちゃんにとっては見慣れた景色だ。
車窓の景色より、琴音の反応を見ている方が面白かった。
品川駅に着くと更に琴音は興奮した。
(高い建物には高い建物だけど・・・・2階建てだぁ)
確かに壁はコンクリートではあるけれど、立派には見えるけれど、2階建て………。
留美子ちゃんは、呆然としている琴音の手を引いて勝手知ったる構内を山手線のホームに向かった。
やがて電車を待っていると黄色い電車が走ってきた。
そこでまた琴音は驚いた。
「山手線は総武線とおんなじ色なんだ!」
「うん。でも最近よ。最近カナリア色になったの」
総武線は東京の三鷹から千葉まで直線で走る電車だ。
現代でも、黄色い線が入っているが、真っ黄色は古い総武線だ。
その昔の総武線が山手線のレールの上をぐるぐる回っているのだ。
「グルグル回る総武線って不思議だなぁ」
見るものすべて新鮮であった。
2人は、上野駅で降りると浅草行きの都電に乗った。
都電の周りには沢山の新品のクラッシックカーが走っている。どれも人間的な温もりが感じられる可愛らしいクルマばかりだ。
そして、しばらくすると車窓に茶色い塔のような建造物が見えた。
「あ!あれ、あれ何?」琴音が尋ねると、留美子ちゃんは当たり前のように「仁丹塔だよ」と答えた。
「仁丹塔?あー!Wikipedia見たいなぁ」
なんだかよくわからないものばかりだけれど、
3か月くらい街を探検をしてみたい。
強いては、留美子ちゃんと交換留学生でこの時代に転校したい。
そんなことを考えているうちに目的地に着いた。
交番で道を尋ねると、東北訛りのおまわりさんが親切に地図を描いてくれた。おかげで二人は思ったより簡単に丸貞という料亭に辿り着いた。
この料亭こそ琴音が来たかった場所だ。
数寄屋造りの建物が白い塀の向こうに見える。木戸が開くと若い夫婦が出てきた。
咄嗟に琴音は留美子さんの手を引いて電柱の陰に隠れた。
「刑事さんみたいね」耳元で囁く留美子さんの声を聴きながら、
琴音は息の呑んだ。思わずカラダが固まってしまった。
留美子ちゃんは琴音の横顔を見て首をかしげた。
「だぁれ?知り合い?」小さな声で囁く留美子ちゃんの方は見ずに、
真っ直ぐ若い夫婦を見ていた琴音は一粒だけ涙を流した。
その夫婦は、34歳の祖父と26歳の祖母だった。
一瞬、木戸の奥を子供が駆け足で通り過ぎた。(お父さんだ!絶対にお父さんだ!)
しばらく呆然としていた琴音は留美子ちゃんの方を見て
「つきあわせちゃって ごめんね。実はね、今の、わたしのおじいちゃんとおばあちゃんとお父さん」
照れくさそうに説明をした。
留美子ちゃんは掌を口元にあてて「まぁ」と小さな感嘆の溜め息をついた
留美子ちゃんは聖母のような微笑を浮かべ「今日は記念になる日だわね。よしっ!何かおごるわ。折角浅草に来たんだから、うん。そうだ!梅園に行きましょうよ?」と言った
「もしかして甘味処?」
「そうよ。琴音ちゃんの時代にもあるの?」
「梅園って、おらの時代にもあったような気がするよ」
「女の子が おらとか使っちゃダメよ」
留美子ちゃんは微苦笑を浮かべて琴音の言葉遣いを咎めた後、いかにも昭和の乙女らしく鞄を下げ胸元に本をたずさえ、軽やかな足取りで先を歩いて行った。
琴音は、その後ろを、まるでおのぼりさんのようにきょろきょろしながらついて行くのでありました。
おわり