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『アナクロシティ』 作:大隅漣・古都捻挫武郎





軽音楽部のミーティングが終った琴音は、いつも通りとぼとぼと学生会館の階段を上がって屋上にやって来たのでありました。


「夜風が気持ちいー!ヒーヒッヒッヒッヒ!」


屋上のベンチに腰かけると、水筒を出して、キーーーンっと音がするほど冷えたミントティを飲んで、

「プハァー! 五臓六腑に染み渡るじゃまいか!」とおじさんみたいな感動をしている。


立ち上がって屋上のフェンスに寄りかかり下を見下ろすと、

サンセット通り商店街の灯りが見える。

大人も含めて年間平均300人の迷子が訪れるという不思議な商店街だ。

迷子になった人々はあまりの居心地の良さに、そのまま住み着いてしまうらしい。

琴音の祖父も戦争最中に疎開するはずが迷子になって、この町に住み着いたのだった。

祖父はサンセット通りの飲み屋さんで、特攻隊で死んだはずの友人と会ったと言っていた。



商店街のずっと先にはビーチが見える。

物心ついた頃から、水平線の所で夕陽が鎮座ましましたままだ。

なのに、誰もそれを不思議に思わないらしい。だから、朝昼晩は時計と海辺之学園の鐘の音だけが頼りなのだ。


何を思ったか、琴音は茶話室と呼ばれる屋上の階段の突き当たりにある小さな部屋に入って、壁にぶら下げられたガッドギターを手にして、もう一度屋上のベンチに腰かけた。

そして、囁くように歌いはじめた。


「雨に濡れ立つおさびし山よ~われに語れ 君の 涙の そのわけを~」

アニメ『ムーミン』の中で吟遊詩人スナフキンが歌う『おさびし山』の歌だ。


サンセットシティでは、宇宙からの電波障害がひどく、琴音の家にもケーブルテレビを入れたばかり。

彼女は『おさびし山』を完全コピーしていた。

「夕日にうか~ぶ おさみしやま~よ~♪われ~に語れ~君の~笑顔の~そのわけ~を~」


琴音の歌を聴きながら演劇部は発声練習に励み、星を見る会の連中が望遠鏡を立て、大道芸倶楽部が見事なジャグリングを披露していた。



「ちょっと、ことね。あんたこんなとこでなにやってんのよー!?」

サイドが茶髪の歩く時代錯誤少女、すみれはこの日、唐突に現れた。 大映ドラマに出てくる不良少女ふうのいでたちではあるが、彼女はタイムワープ入学ではなく、紛れも無くリアルタイム入学した現代の学生だ。

あちらこちらの友人の時代にタイムワープしているうちに、だんだんと珍妙な風体になったらしい。


(二人の背後で、1980年代からタイムワープ入学してきた学生が、声を出さぬまま沼すみれを指差しておなかをかかえて笑っているのが見える。やはり何か時代考証が可笑しいらしい)



「ややや!沼ちゃんではありませんか!聞いて聞いて!おらね、『おさびし山』を完コピしただよ!」

琴音の言葉は完全スルーで沼すみれは頬を高揚させて、

「さっき、安保の集会いってきたのよ。あんたもギター弾き語ってないで、ブントかなのシンパになんなさいよ。いまなら火炎ビンの作り方無料案内中よ。(ビラ貼り付け。ベタ)」 と、琴音の額にカクカクした油性マジック太字のビラを貼り付けた。

琴音は額の紙を剥がすと、不機嫌な顔で

「どっかの時代に行って感化されたんでしょ!?

わたし、ノンポリだかんね!」と抗議した。


「セクトが移動するらしいのよ。いーのなんだって。そーそ、ペンダントあげるわよ。なうい、らぶあんどぴーすよ。うどすとっくも感激よ!あ。それ鈴ニッケルの安っちーやつだから、金アレもってったら痒くなっから」 といいつつサクっと琴音にペンダントを手渡した。


「ありがとー!」ことの他、嬉しそうだ。

「なぁなぁ、そのスマイルバッチもおくれよぉ。

あとさ、その底の分厚いバスケットシューズなに?」

琴音は目を輝かせて沼すみれの足下を指差した。


「これ?いまをときめくニューバランスの厚底8枚仕立てよ。このまんまマックでドナルドのバイトもラクショーみたいなー。

って、なんでもほしがるとこ、むかしとかわってないわあんた。っていいながらスマイルバッチも渡しちゃう」


(通りすがりの70年代からタイムワープ入学してきた学生2人が、すみれの厚底スニーカーを見て、肩を叩き合って大笑いしている。やっぱり時代考証にどこか難があるらしい。)


琴音はギターを抱えたまま「考えてみたら校則破ったことないなぁ。おらも赤いヤッケ着ようかな?」と呟いた。


「なに思案に暮れてるのよ!?

おひょいがうろついってから、高田馬場に行くよ?ニケツしてく?ぁん?」

「おー!」左の胸に燦然と輝くスマイルバッヂ。

「いーじゃん。なういわよあんた。っていうか、馬場でこれから内ゲバの集会あんのよ。

って、こんなんばっか話すから年齢不詳にされるんだアタシ。ブツブツ」

どうやら琴音も覚悟を決めたらしい。

「おらも行くがね!おらも紅一点、樺美智子みたいに闘争の中に散りたいがね!『二十歳で減点』とか書きたいがね!」

肩のストラップを引いて、くるりと裸のままのギターを背中に回した。


「あんたそれ『二十歳の原点』だってば!『で』じゃなくってぇ『の』だから。

それとね減点って語尾下がらないからね?訛ってるよ?

土支田訛り?(土支田は練馬区の高級住宅街だ!)

はい!まずこれ!

(田舎の中学生御用達のチャリ用白ヘルと赤マジック渡して)よし!2ケツで馬場に行こー!その前にソレ、まっかに塗っときなさいよ!」


「なんか赤く塗りつぶすのはいいけど捕まったりしない?でも、学生時代の父ちゃんがいるかもしれないぞ! シュプレヒコールの~なみ~」

「いーのよ!ポリに捕まったって、補導で済むから。美しき10代ヘヘーンだ!美しい10代!! じゃー行こう!GOGO❗❗

チャリ出して待ってから。って、あんた、足はやっ 」




BGM Bob Dylan『風に吹かれて』





大すみ漣.古都捻挫武郎

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