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邂逅

『それ』はゆっくりと目を開けた。

ゾクリと背筋が凍るような冷たい瞳だった。

澄んだ青色でありながら、世の中の不幸を全て集めて濃縮し、それを固めてできたかのような瞳。

俺は、その瞳に魅入られた。

少女の形をした『それ』は、身体を丸め液体の中に浮かびながら俺をじっと見つめていた。

恨みがましく俺を見つめる瞳ーー光学迷彩インビジブルスキンが効いていないのか?

警報ビープ音だけが鳴り響く時間が続く。

我を忘れていた俺は、拡張視界オルタナバイザーに映った警告で現実に戻った。


「ちっ、急かすなよ」


外装頭蓋ヘッドギアのカメラによって俺の視界は、TOE本社の司令部コマンドセンターの奴らとも共有されている。

これも契約のうちだ。勝手なことはできない。

さっさと目標ターゲットを回収しろというお達しが来たのだから、さっさと終わらせよう。

制御盤コントロールパネルの前に立つ。

黒を基調とした制御台は、平面フラットで、さっきのやつらのコーヒーカップが無造作に置かれている。

タッチパネルを数秒いじると、あっけないほど簡単に透明の球体のロックが解除された。

警告ビープ音とともに球体が二つに割れると、中の液体がドロリと溢れ出す。

『それ』も、液体にまみれながら地面に落下した。

自力で動けないようで、地面に仰向けになったまま俺のことをじっと見つめている。

粘性のある液体で濡れた四肢が妙に色っぽい。

が、『それ』はそんな生易しいものじゃないらしい。

足音もなく、『それ』の元に歩み寄る。

強化下肢レッグギアの側面から、防御胞シュラフを取り出し、『それ』にかぶせた。

防御胞シュラフは布の形状から泡立ちながら変形して、『それ』の全身を取り囲むようにして梱包してくれる。

さらに、持ち運びしやすいように取っ手まで形成する。

数秒とかからずに白くてツルツルとした人型のオブジェが出来上がった。

この防御胞シュラフ自体にも光学迷彩インビジブルスキンが組み込まれているため、強奪みたいな任務には必要不可欠な装備だ。

強化外装コンバットフレーム防御胞シュラフを背中でつなぎ合わせて、両方の光学迷彩インビジブルスキンの作動を確認する。

準備は完了だ。

あとは、脱出だけ。


扉の元に戻ると、脇の電子盤パネルを操作し、扉を開いた。

入るのは面倒でも、出るのは簡単。そういうものなのだ。

再び六角形ヘキサゴンの廊下に出ると、向こうから守衛ガードが戻ってくるのが見えた。


ーーおっと、やばいかもな……


まだ扉が開いているというのは、なかなかやばい。


「おい、なんで球体のやつ扉開けてんだ!」


守衛ガードの一人がそう叫ぶと、三人ともが、武器を構えた。

腕についている7.62mm圧縮銃のロックを外して、俺の方へと射線を向ける。

俺の姿は見えていないが、気配は伝わっているかもしれない。

そう考える俺の後ろで、ゆっくりと扉がうねりながら閉じた。


ーー背水の陣というわけだ。


管理室コントロールルーム、こちら最重要機密室ゼロセックルーム。侵入者の可能性」


真ん中の男が管理室コントロールルームに連絡してしまった。


俺は、足音に気をつけながらゆっくりと壁際に立った。

相手に見られていないというアドバンテージは、後ろに荷物を背負っているということもあって、武装警備員ガーディアン三人同時に相手するには少しばかりきつい。


光学迷彩インビジブルスキンの可能性あり。EMP兵器の使用許可を願う。」


EMP兵器を使われるのは、ちょっと良くない。

光学迷彩インビジブルスキンだけでなく、強化外装コンバットフレーム自体の機能が止められてしまう可能性があるからだ。

「一応の対策はされている」とはTEO社の担当者の言葉だが、このあたりの技術はエデン社の方が上をいっている。

俺は、窮地に陥りながらも、ある程度落ち着いていた。

この後の作戦通りなら、離脱繭エスケイプポッドに乗ってなんとかなるはずだからだ。


耳をつんざくような衝撃音が六角形ヘキサゴンの廊下に響き渡った。廊下の一部が突き破られて黒い物体が現れた。

崩れた壁が辺りに散らかる。

現れた三角錐の物体こそ、俺が帰還するのに使う脱出ポットだ。


離脱繭エスケイプポッドに向かって、守衛ガードの三人は圧縮銃を撃ちまくった。

ボスッという独特の発射音が響き渡るが、離脱繭エスケイプポッドには傷一つつかない。

超硬磁性炭素繊維テラカーボンファイバーほどではないが、歩兵用兵器程度では壊せない。

これは、TOE社の技術だ。


「敵襲、敵襲! 緊急事態エマージェンシにつき、現場権限でEMP兵器を使用する」


一人の男がそう言うと、背中に付属していた拡声器のような装置を取り出した。

同時に、施設ビル全体に再び警報が鳴り響いた。

今度の警報は敵ーー俺のことだーーの襲来を示すシグナルパターンだった。


その混乱の中、侵食の傭兵リキッドソルジャーこと俺は、さっさと離脱繭エスケイプポッドに乗っていた。

離脱繭エスケイプポッドを盾代わりにしながら、乗り込んだのだ。

このポッドは、登録された乗員クルーが手を触れれば、飲み込まれるようにして搭乗できるようになっている。


グニャンとした感覚の後、俺は無事に離脱繭エスケイプポッドの内部、衝撃吸収の液体が充満した座席に座っていた。

座席、と言っても操作盤コントロールパネルも何もない、ただの座席だった。

唯一モニタが付いているくらいの設備だ。

そのモニタに、虚しく圧縮銃を撃つ三人組が映っていた。


ーーご苦労なことだぜ


一人がEMP兵器の引き金を引いたが、もう遅い。

この離脱繭エスケイプポッドは、基本的に電子的には動かないのだ。

スイッチ一つ、それでエンジンをひと蒸かしする。それだけの装置しかない。


俺を乗せた離脱繭エスケイプポッドは、逆噴射で施設ビルの外に出ると、自由落下を始めた。

EMP兵器の影響で、モニタは沈黙したが関係ない。元々の予定通り、なんの制御もない自由落下をした。


真っ暗な離脱繭エスケイプポッドの中、闇の向こうに悔しがるエデン社のやつらの顔が見えた気がしたーー




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