9 ユリシスとお買い物
入学して3ヶ月ほど経ち、日中は日差しが強くなりつつあるあくる日、弟が学園のある王都へ遊びに来た。
こういうところも作者の価値観が具現化されてるように感じるんだよなあ。だってヨーロッパって新学期になるのは9月とかじゃないの? それなのにこの世界では日本と同じく春に入学式が行われるんだもの。
ユリシスとは王都名物の噴水と彫像のある公園で待ち合わせをしていた。うーん、遠くから見ても美少年さが伝わる我が弟、将来有望である。
「ユリシス、元気だった?」
「お久しぶりです。兄さんこそ変わりないですか?」
「うん、友達もできて楽しくやってるよ」
友人関係は当初予定していた計画とは大分違う形になってしまったけど、僕は満足している。アレクは前向きで良い奴だ。たまにヘタレるが。ヴィルもこんちくしょーと思うところはあるけど、言いたいことを遠慮なく言いあえる気の置けない仲だと思う。
ティリアのことからはひたすら目を逸らしている。背筋に寒気が走ったのは気のせいだ、うん。ティリアちゃんは可愛くて邪心なんて微塵もない天使だから。震え声になんてナッテナイヨ。
「兄さん? どうしたの?」
「いや、なんでもない。それで、ユリシスの買いたいものって何だ?」
「服です。さあ、行きましょう」
目的の店は何度かお世話になったことがあるので道には迷わなかった。既製服を取り扱っている店で、オーダーメイドにこだわる中流以上の貴族が利用することはほとんどない。うちのような弱小貴族や裕福な商人が主な客層だ。
てっきりユリシスは自分の服を買うのだと思っていたのだ、が。
「あのね、ユリシス……違和感がすごい」
「女性がスカートに違和感を持ってどうするんですか」
「脚がスースーする」
「スカートなんですから当たり前です」
「女装してる気分だ……」
「変態みたいに言わないでください」
「ユリシス、それは女装が好きな人に対して失礼だぞ!」
「姉さんの怒るポイントはたまによくわかりません……。さ、これもつけてください」
弟は抜かりなく僕の髪で作られた鬘も持ってきていた。それを装着すると、肩下ほどの長さの髪の立派な淑女に変身だ。
鏡の前でくるりと一周して膝丈のスカートをはためかせ、ニコッと笑う。我ながら相変わらず美少女で惚れ惚れする。
「うわあ……久しぶりにエドウィーナを見た気分」
「僕も久しぶりに姉さんに会えた気がしてうれしいです」
そう言うユリシスが本当に嬉しそうで、僕はユリシスに抱き着いた。愛い奴め、このこの!
「そうだ! ぼ……私がよく行くお店に案内してあげる。素敵なボタンがいっぱいあるから、ユリシスにきっと似合うのがあるよ」
「姉さん、口調が男っぽいです」
「ユリシスのしごきのせいでしょう?」
服を購入し、お店を移動することにした。久しぶりの女装は私の気分を高揚させる。ユリシスは私の息が詰まってきた頃合いを見計らって、気分転換のためにこんなことを企画してくれたのだろうか。さすがは出来る弟だ。この服のまま寄宿舎に戻ることはできないから、また戻ってきて着替えないといけないのが残念だが。
二人でボタンを吟味して数点購入し店を出たところで、見覚えのある姿を見つけた。
「ヴィルジール……」
ヴィルジールに勧めてもらった店だから本人がこの辺りを通りかかってもおかしくない。浅慮な自分に空を仰ぎたくなる。
呟きが聞こえたとは思えないが、タイミングよくヴィルジールが振り返って目が合った。ヴィルジールが大きく目を見開く。無視するのもどうかと思い、私は小さく礼をした。
移動しようと振り返ってユリシスに声をかけようとした目端に、ヴィルがずんずんと近付いてくるのが見えた。い、嫌な予感。
「ユリシス、行きましょう」
「お嬢さん」
ユリシスが私の背後に怪訝そうな視線を送り、私に目で誰何を問う。振り向きたくないでござる。
明らかに自分が話しかけられたのに無視するわけにもいかず、私は目線を落として俯きがちに振り返った。
「はい、なんでしょう」
「私はヴィルジール・リットンと申します。よろしければ貴女のお名前を教えていただけませんか?」
うわあ、完璧王子様キャラだ。気持ち悪い。
「見ず知らずの人に名乗るような不用心な性格ではありませんので。姉さん、行こう」
「待ってください! 私は貴女に一目惚れしてしまったみたいなんです。また会えませんか?」
美貌の王子に求愛されて、頷かない女性がいるだろうか。……ここにいるのだ。なんせお前の本性は知っているからな!
「申し訳ありませんが……」
「……そうですよね。不躾でした、申し訳ありません。またいずれ、然るべき場所でお会いできることを祈っております」
いやだよ。というかほぼ毎日会ってるよ。
私とユリシスはそそくさとヴィルジールの前を辞去し、既製服店に舞い戻った。最後の遭遇のせいでとんだ休日になってしまった。
私の反応を見て知り合いだと確信した弟にあれは誰だと追求されたのは言うまでもない。