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8 ティリアの接近

 相談を受けてからというもの、ヴィルジールに代わってアレクシスとよく一緒にいるようになった。というよりアレクシスが僕を避難所にしていると言ったほうが正しい。


 ティリアを挟んで対決するアレクとヴィルをはたから眺めるのはなかなか愉快だ。ティリアの気を引きたいアレクを余裕綽綽であしらいつつ、ティリアと談笑するヴィルは性根が悪い。なぜみんな本性に気付かないのか。とはいえ、僕も本人の言を聞いていなければ、鉄壁の王子スマイルの下にある腹黒さなんて今も知らないままだっただろう。

 勝負になっていない試合に今回も負けたアレクがすごすごと人の輪から退いた。行き着く先は僕の元である。悄然とした様子でアレクが近付いてくると、心得たように僕の前の席の生徒は立ち上がった。信仰心と呼ばせてもらいたい。

 アレクは席を譲った生徒に「ありがと」と短く断って、身を投げ出すように座った。これは相当HPを削られていそうだ。


「また来たか」

「ティリアってば、僕と話してても気がそぞろみたいなんだ」

「はいはい」

「もう、ちゃんと聞いてよ」


 不満そうにじと目で睨まれる。男が頬を膨らませても……アレクの場合は一概に気持ち悪いと言えないのが憎らしい。

 アレクは机を抱え込むようにぐったりと上半身を倒した。


「あーあ、ヴィルジールは本気じゃないんじゃなかったの?」

「そう思ってたんだけどな……」


 ゲームではあまりヴィルルートを選んでなかったし、ゲームと乖離がある今の状況での分析は当てにならないが、確かヴィルジールは勝気な性格の子が好きだったはず。となると、今のティリアは当てはまらないんだよなあ。見る限りではティリアは守ってあげたい女の子そのものだ。

 そういう従順で健気なタイプが好きなのは聖騎士のロラン様である。ロラン様の決め台詞、「生涯君を守らせてほしい」は、ヒロインがひたすらか弱いアピールをしないと引き出せない。

 アレクシスはというと、好きな子ほど苛めたくなるタイプで、ヒロインの泣き顔が好きなんだけど実際に泣かれると罪悪感に駆られてひたすら謝るヘタレである。


 談笑するティリアを罪な少女だ……と万感の思いで見つめた。アレクがティリアに恋しているのは周りから見れば一目瞭然なのだが、ティリアは気付いているのだろうか。

 彼女からしてみれば、攻略キャラたちは普通にお話してたら勝手に自分を好きになってたうちの一人(6人)だろう。思わせぶりなセリフも故意ではないはず。

 それだけに気を落としているアレクが気の毒で、無責任なアドバイスをした手前激励を送る。


「ほら、ヴィルがどう思ってたって、重要なのはアレクの行動だろ? ティリアに好きになってもらえるように頑張らないと」

「……そうだね。ありがとう、エディ!」


 陳腐でありきたりな言葉だったけれど、アレクは嬉しそうに破願すると、僕の頭にぎゅっと抱きついた。やめろ、そんなことされたら照れるだろ!

 前世含めろくに恋愛経験のない身には刺激が強すぎた。口をパクパクと開閉するだけで言葉を返せない僕を見て、アレクは噴き出す。

 

「エディ、顔真っ赤~」

「う、うるさいな!」


 僕の怒り顔は迫力に欠けていて間抜けだったらしく、アレクはますますおかしそうに笑う。小っ恥ずかしくて目を逸らすと、品のある笑みを浮かべて相槌を打つヴィルの姿が目に入った。

 僕と一緒にいないからか、今のヴィルはたくさんの人に囲まれている。鬱陶しいって言ってたくせに。

 なんとなく面白くなくて、僕はぶすっと膨れた。



 授業の合間にトイレから戻る最中、向こうからヴィルが歩いてくるのが見えた。珍しく取り巻きに囲まれていない。

 微妙に不愉快になった気持ちを思い出して顰め面になる僕を意に介した様子もなく、ヴィルは爽やかな笑みのまま近寄ってくると、僕の耳に口元を寄せて囁いた。


「あんまアレクシスといちゃいちゃするなよ」

「はあっ?」


 予想もしなかった言葉に素っ頓狂な声をあげた僕の頭を軽く叩き、ヴィルは去っていく。僕は唖然として見送るしかできなかった。

 そんなのヴィルにだけは言われたくない。というかいちゃいちゃってなんだよ。むかっ腹が立ってきて、僕は肩をそびやかして歩き出した。




 この学園には立派な図書館が併設されているが、勿体ないことに試験中以外は閑散としていて利用者は少ない。授業が全て終わり、人の気配を遠くに感じる静寂の中で本を読むのが僕は好きだった。

 小さな音を立ててドアが開かれたのは意識の彼方で聞いていたが、頭の片隅で人が来たのかと思っただけで顔を上げることもない。だから声を掛けられたときは文字通り飛び上がってしまった。


「エドウィン君、あの……」

「っな、何?」


 肩を震わせて振り返ると、ティリアが胸の前で手を組んで俯いている。僕は思わず身構えた。ティリアの用事がどう考えても好ましいものとは思えなかったからだ。僕が怪しいと思って探りを入れてみたとか。だって僕、当初の予定とは正反対に主要人物と関わり持ちまくりだもん。

 僕の警戒心を感じ取ったのだろうか。全身を夕焼け色に朱く染め上げたティリアは、意を決したように唾を呑み込むと、緊張した面持ちで切り出した。


「あのね、エドウィン君はメリベア歴が得意じゃない? よかったら、私に勉強を教えてほしいの!」


 ティリアが「どうかな?」と上目遣いで見上げてくる。首を傾げるティリアは実に可憐で、僕が男だったら、それか何の懸念もない女だったら二つ返事でOKしているところだ。ところなんだが……。


「ごめん、人に教えられるほど得意なわけじゃないから」

「そんなことないと思うけど……ううん、ごめんなさい、いきなり不躾なお願いをして」

「いや、こっちこそごめん」


 残念そうに肩を落としたティリアはそのまま帰るかと思いきや、僕の正面に腰を下ろした。

 藤色と言うのだろうか、薄紫の瞳を光らせ覗き込むように僕を見る。


「エドウィン君って、アレクやヴィルと仲が良いよね」

「そう、かな。そうだといいけど」

「そう思うよ。だって、二人ともよくエドウィン君の話をしてくれるもん」

「ほんとに?」


 これには嬉しさのあまり思わず頬が緩んだ。ティリアが頬杖を付いて冗談っぽく続ける。


「もっとみんなと仲良くすればいいのに」

「僕はみんなに冷たいと思われてるみたいだから……」

「私は知ってるよ。エドウィン君の笑顔がすごく素敵だってこと」


 真っ直ぐ向けられた瞳に吸い込まれそうになる。


「その笑顔を向けられる一人に、私もなりたいなあ……」


 目を細めてはにかむティリアに、ときめくよりもなぜかゾクリと得体の知れない悪寒が走った。

 僕、ティリアに攻略され始めてる気がする……。

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