7 しょんぼりアレクシス
最近のヴィルは頭の中にお花畑が咲いている。ヴィルの部屋でベッドに腰掛け僕は確信する。
「ティリアちゃんほんと可愛い」
「最近そればっかだな」
「だってさあ、小さい花見つけて、しゃがみこんで『あなたもこんなところで頑張ってるのね』って話しかけてるんだぜ? それで、俺が近くにいたことに気付いて顔赤くしちゃってさあ」
声真似するな、ベッドの上で身をくねらせるな。上品な王子様面とのギャップで気持ち悪さ倍増だから。見ちゃいけないものを見た気になるから。
それにしても、攻略キャラがいないところでそれやって、偶然見られるっていうのがさすがヒロインなだけある。花に話しかけるっていうのもヒロインだから許される光景だ。
僕がやったら花が枯れると思われるだろう。なんせ、僕は今『絶対零度の貴公子』という全く嬉しくない異名を得てしまっている。吐息は氷点下で、触れたものは凍るらしい。んな馬鹿な。いくら顔立ちがちょっとキツイからってあんまりだ、普通に笑ったりしてるじゃんかと、その噂話を聞いたときは思わず世論を操る絶対神の存在を疑った。悪役補正半端ない。
ひとしきりティリアの無邪気さをでれでれと語ったヴィルが、さらりと付け加える。
「まあ、全然好みじゃないんだけど」
「軽く酷いこと言うんじゃない」
「でもなぜか惹かれるんだよなあ」
ヴィルは首を捻るが、僕には理由がわかった。ヒロインの引力には抗えないものなのだろう。
順調にお花畑を拡張していっているヴィルとは対照的に、ティリアとヴィルの2ショットが増えるにつれてアレクシスからはどんどん精彩が失われていった。
そして僕は寂しく一人飯である。あいつ薄情すぎる。
4人掛けのテーブルを贅沢に占領、もとい遠巻きにされながら食堂でぽつんとご飯を食べていたら、目の前の椅子が引かれた。
目線を上げると、いつかは来るだろうと思っていた人物。
「ここ、いいかな?」
「いいよ」
アレクシスはトレイをテーブルに置き、座った。僕は気にせず食事を続ける。騒々しい食堂に似つかわしくない沈黙が流れた。
ウェーブがかった暖かな燈色の前髪の隙間から、オリーブ色の瞳がちらちらとこちらの様子を窺っている。いつ話を切り出すかと意地悪な気持ちで待っていたが、進展なく10分経つ。仕方ない、こちらから話を振るか。ちょうど食べ終わったし。
僕は食器を置き、カップを手に取った。
「聞きたいことあるんだろ?」
「……よくわかったね」
そりゃあね、このタイミングでわからないほうがおかしいって。
深緑の目を丸くしてから、アレクシスは悩ましげに眉を下げた。
「ヴィルジールって、ティリアのことが好きなのかな……」
「うーん……」
好きだとは思う。思うが、あいつは美人であれば誰でも好きなのでそんなに心配する必要はないと思う。
僕はド直球に尋ねてみた。
「アレクシスはティリアが好きなの?」
「……うん」
少しだけ逡巡した後こくりと頷くと、堰を切ったようにアレクシスは語り出す。
「ティリアって、ほわほわっとしてて何も考えてなさそうなんだけど、将来のこととかちゃんと考えててしっかりしてるんだ」
「へえ~」
「結婚したら子どもは3人欲しいとか、家族で遠乗りしてピクニックしたいとか。庭には果物をたくさん植えたいとか」
「ほお~」
「僕の領地は良馬を産出するからぴったりだって言ったら、『じゃあ私はお馬さんの手入れを頑張るね』って言ってくれて」
「なんだ、結婚した後の話までしてるなら上手くいってるんじゃないか」
「えへへ……」
アレクシスは照れたように笑った。せっかくの良馬をピクニックに使うなんて勿体ないなんて突っ込みは無粋だ。
女性も学園に通う理由は貴族階級として夫と共同で領地経営を行うためであって、アレクシスが語るティリアの返事からはその片鱗が窺える。僕は「さすがティリアだな~」と暢気に考えた。
このとき僕の眼鏡は『ヒロイン可愛い』の思考で相当曇っていたに違いない。可愛いは正義である。
本題を思い出したようで、それで、とアレクシスが身を乗り出して聞いてくる。
「どうなの? ヴィルジールはティリアが好きなの?」
「あー……ヴィルは大丈夫じゃないかな。あまり真剣さを感じないし。それよりティリアって他の奴らにも好かれるからそっち心配したほうがいいと思うよ」
なんせ攻略対象はリュシアン兄様、アレクシス、ヴィルジールの他に、まだ見ぬ皇太子殿下、聖騎士、あとはゲームのエドウィーナが横恋慕したキャラクターの計6人いるのだ。競争率高すぎ。
僕の適当な助言に、アレクシスは思い当たる点があったようで唸った。
「そうなんだよね。聖騎士のロラン様と話してるのを見かけたし」
「ロラン様!?」
すでにティリアは4人目の攻略キャラと接触していたとは、やりおる。
でもってロラン様僕も見たい!
「なんでそんなに食いつくの?」
「いや、ちょっとね、はは」
秘儀、笑って誤魔化せ。興奮してつい素が出てしまった。遠目からでいいからご尊顔を拝見したい。今も昔も短髪黒髪爽やか系は大好物です。
アレクシスはしばらく怪訝そうに僕を見ていたが、そういえばと思い出したように話題を変えた。
「エドウィンって家名が生徒会長と一緒だよね。親戚?」
「ああ、従兄だよ」
「やっぱり。雰囲気似てるしそうだと思った」
兄のことは、積極的に吹聴はしないけれど隠さない方針でいる。ただし従兄と偽っているが。
部屋が一緒なのは調べればすぐにわかることだし、学園内で関係を断つことはできればしたくなかった。となると下手に隠すよりは最初から親族だと公にしたほうがいいと判断したのだ。
家族とまともに話せないのはすごく辛いことだと僕は身をもって経験している。将来的には距離の問題でなかなか会えなくなるだろうから、話せるうちに目一杯話したかった。
今月末にはユリシスが遊びに来る。会うのは3か月ぶりだから楽しみだ。
弟からの手紙を思い浮かべて僕は微笑んだ。