5 こんなはずでは
僕は主要キャラと深い仲になりたくないと思ってるだけで、人間関係をシャットアウトしたいわけじゃないんですよ?
口に出せるはずもないので内心で誰かに陳情してみる。
入学から2週間ほど経った今、僕は孤立気味だった。
座っていてもろくに話しかけられず、恋人どころかこのままでは友人の一人もできずに卒業を迎えてしまうと本気で危機感が生まれ、この2週間自分から積極的にクラスメートに話しかけてきた。
前世の僕はコミュ力が高くもないが低くもない、至って普通の人間である。当然親友と呼べる相手も多くはないが存在した。だから友達の一人や二人作るのは訳ないだろうと思っていたのだ。
僕は(見かけ上)同性の男子生徒に、これ以上ないという笑みを浮かべて話しかけた。もちろん顔の良い奴らは避けて、申し訳ないけどティリアのお眼鏡には適いそうにない生徒を狙って。
「ねえ、君はどこの出身なの?」
「ぼ、ぼぼぼくは西の辺境の出身です!」
「……そうなんだ。この学園にはいつから?」
「中等舎からです!」
「あの、同い年だし敬語じゃなくて普通に話してほしいんだけど」
「そんなっ恐れ多い!」
「は?」
だが、誰に話しかけてもこんな感じでしどろもどろになり、数回やりとりしただけで逃げるように去ってしまう。到底まともな会話ができない。
赤面されると変な誤解しそうなんだけど、(見かけ上)同じ男だしなあと首を傾げること暫し。
それならばと気を取り直して女子生徒に話しかける。いくら何でもティリアは女子と恋を育むことはないだろうから安全だと判断したためだ。……ないだろ? ないよな?
しかし努力虚しくこれも不発に終わった。なんせ彼女たちは近寄ることすら許してくれない。僕、何かしたかなあ。これでも顔はいいほうだと思ってたからちょっとショックだ。
僕がここ最近の無駄な奮闘を思い出して一人で項垂れていると、耳に心地よい涼やかな声を掛けられた。
「エディ、ご飯行かない?」
「ヴィル」
クラスで浮き気味の僕に話しかけてくれる唯一の人物、ヴィルジールである。
毒にも薬にもならんとか思って超すまなかった。ヴィルは昼食に僕を誘ってくれたり、生活面を手助けしてくれてる、めちゃくちゃ良い人だ。ゲームしてるときに惹かれるのは癖のあるキャラだったけど、一緒にいるのは良い人に越したことはないなとつくづく思う。
家族を除き主要キャラとは仲良くならないと決めていたのに大丈夫だろうかとたまに不安になるが、観察している限りではティリアが今のところ一番惹かれているのは総代のアレクシスらしいので、ひとまず面倒なことから目を逸らしている。
ヴィルが僕に近寄ると、ヴィルの取り巻きたちは男女関わらず残念そうに離れていった。いつものことだ。別に辛くなんて……理由を教えてください。
僕は財布を持って立ち上がった。
「食堂行くか」
「うん。エディ、よかったら今度の休みに買い物行こうよ」
「いいよ」
こういう、枕詞に「よかったら」と自然に付けられる気遣いできるところとか、癒されるわーほんと。
「いっぱい服買っちゃったな」
「俺は本」
ヴィルと初めて一緒に過ごした週末は思いの外楽しかった。
意外と先進的な服を好むヴィルに感化されて僕もお洒落な服を買ってしまった。少なすぎる男物の私服にレパートリーが増えて頬が緩む。
帰りにヴィルの部屋に招待された。断ってばかりだし、今日も断るのは悪いかという思いから承諾する。
部屋に落ち着くや否やヴィルにぐぐっと顔を近付けられて、僕はその分引いた。も、もしかしてヴィルって本当にそっちの人?
「ねえエディ、俺たちは親友だよね?」
「へ? う、うん」
「何があっても、親友でいてくれるかい?」
いや、それはどうだろう。ヴィルと家族だったら家族を取る。と、そんな空気の読めない本音を言える雰囲気ではなかった。真剣なヴィルの表情に気圧されて思わず頷く。
ヴィルはそれを確認すると、破願した。
「いやーよかった。ずっと王子様やってんの肩こるんだよね」
「……は?」
僕は口をぽかんと開けた。誰だこいつ。ヴィルの皮被った誰か?
「面白い顔してるぞ」
「ちょっと待って、ヴィルだよな……?」
「他に誰がいるって言うんだよ」
口調が違うと纏う雰囲気まで変わってみえる。別人すぎて誰かがヴィルの後ろでしゃべってるんじゃないかと疑うレベルだ。
僕の混乱を余所に、ヴィルはかったるそうにシャツのボタンを外していく。
「俺、一目見たときからエディは使えるって思ったんだよな」
「なに?」
「こいつといれば女除けになるって」
やめて、その顔でこれ以上イメージ崩壊させること言わないで!
誰だよ毒にも薬にもならんとか言った奴は。僕だよ。薬にはならんが毒が溢れとるわい。
「女除けって……」
「ほら、俺ってこんなに格好良いからさ、上から下まで女が群がってきて鬱陶しいの。寄るなら俺に釣り合う美人だけにしてほしいよな。エディは顔綺麗だから一緒にいても目の保養になるし、その顔に勝てる自信のある女なんてそういないから美人しか近寄ってこないし、一石二鳥」
「……ちょっと頭が混乱していてついていけないので帰ります」
「ちょーっと待て」
手を掴まれた。離して。全力で逃げ帰りたい。
「なんですか」
「その顔で敬語だとすげえ壁感じるからやめてほしいんだけど。そうじゃなくて、俺たちこれからも友達だよな?」
「いやあそれはちょっと保証できないですね」
「なんでだよ」
「誰だって利用されてるとわかったら友達とは思えなくなるでしょう?」
ヴィルは僕の言葉に、しまったなと顔を顰めた。
「あー……悪かったよ。友達と思ってるのは本当なんだ。それに、エディも俺のこと利用してくれていいから。俺と一緒にいると、相乗効果でイイ女が寄ってくるよ?」
女友達は欲しいけど女の恋人は欲しいと思ってないので結構である。
遠回しに反論しかけて、僕は口を噤んだ。この2週間の自分の思考に思い当たったからだ。
僕は友達ができなくて、そんな中ヴィルが話しかけてくれたのが嬉しくて、でも、他に目立たない友人ができればヴィルとは疎遠になろうと思っていた。これが利用していると言わずに何と言うのだろう。
それに。
「……僕だって、ヴィルと一緒にいて楽しかったのは事実だから。友達なのは変わりないよ」
「お前って……お人好しだなあ!」
「なんだよその言い方は!」
「ははっ、なんだ、大きい声出るんじゃん」
「そっちこそ」
僕とヴィルは顔を合わせて──いつの間にか笑っていた。
この学園での友達第一号。猫かぶりで憎たらしい、でも憎めない相手。
それにしても、王子様あなた女好きだったのね……ゲームでそんな設定なかったはずなんだけどなあ。




