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4 優しいお兄様

 入学式に次いで始業式が始まり、それが終わると誘導に従って教室に移動した。生徒たちが教室でそわそわと担任の登場を待つ。

 見たところ、クラスメートにはヒロインの他に攻略キャラが2人もいるよ、やったね! ……無理やりテンションを上げていかないとやってらんねえ。


 この学園はエスカレーターで内部進学する生徒の割合が高い上に貴族の子息子女ばかりということで顔見知りが多いようだが、内部生たちはちらほらいる初対面の人と早く話したいみたいだ。その筆頭は間違いなくヒロインだろう。興味津々にピンクゴールドの髪の少女を窺っている。ヒロインを通り越して僕を凝視してくる人もいるが、面白いものは何もないので見ないでほしい。

 視線を無視して担任を待っているとようやく扉が開いた。


「待たせたなー」

「先生遅いよー!」

「すまんすまん」


 恐らく内部生であろう生徒と軽いやりとりをした後に担任が自己紹介し、今後の簡単な予定の説明をすると、早速生徒の自己紹介が始まった。声が上ずっている人、緊張でガチガチに固くなっている人と様々で、たまにからかいの声が上がる。

 クラスの中でひときわ目立つ人物の一人目が、自分の番になって立ち上がった。我らが総代。


「アレクシス・エグランドです。この学園には幼稚舎からいるのでわからないことがあったら何でも聞いてください。よろしくお願いします」


 人懐っこそうな魅力溢れる笑顔でアレクシスは挨拶した。

 可愛いと語尾にハートマークを付けて女生徒たちが騒ぐが僕は騙されないぞ、実は奴が可愛い顔して結構小悪魔なことは知ってるんだ。セリフにも意外とSっ気の強さが表れたりしていて、それにも悶えました、ええ。

 続いて目立つ生徒二人目がガタガタと音を立てて椅子から立ち上がった。


「私はティリア・マーレイといいます。高等舎からの外部生で不安もありますが、早くみなさんと仲良くなりたいです。よろしくお願いします!」


 可愛い。頬を蒸気させ、金の髪をふわりと揺らして頭を下げる仕草は文句なしに可愛い。

 僕があのゲームに嵌ってた理由は攻略キャラたちがイケメンだったというのももちろんあるけど、ヒロインが本当に可愛かったからでもある。現に男どもが鼻を伸ばして見とれている。性格だって健気なのに芯の強さもあるいい子なのだ、えっへん。

 なぜか僕が得意になっていると3人目の主要キャラの番になった。


「ヴィルジール・リットンです。よろしく」


 緊張の欠片も見せず、さらっと挨拶して優雅に着席したヴィルジールの王子様然とした顔立ちと所作に、女子たちが心を奪われている。

 普通に格好いいとは思うが、ヴィルジールは特にお気に入りのキャラじゃなかった。清廉潔白すぎて癖がないのがなあ……一味足りないというか。

 間に数人入って僕の番が回って来た。


「僕の名前はエドウィン・ウォルツです。よろしくお願いします」


 僕は無難に挨拶を済まして軽く頭を下げた。

 内部生たちの視線がやたら強く感じるのは別にいいのだが、ヴィルジールはなぜそんなにこちらをガン見してくるのか。解せない。



 初日のオリエンテーションが終わり、さっさと席を立った。ここでの僕の役割は目立たず騒がず、ティリアの恋路を邪魔しないことだ。

 後々のことを考えて、いい人がいたらお近付きになりたいなー、平凡な恋がしたいなーと淡い期待を抱いているのも事実だけど。だって勉強にだけ励んで卒業なんて、危険を冒してこの学園に来た意味がないじゃない。

 そうは言っても男装している身なので、普通の恋愛ができるとは思っていないが。

 好い人といい感じになったら、「実は僕、女なんだ……」と告白して付き合って結婚なんて素敵やん! 乙女なのでそんな少女漫画みたいなベタな展開夢見ちゃうのだ。


 と、そんな妄想をしていることは欠片も表に出さず、早くも親しげに話しているアレクシスとティリアと、その周りでじりじりと機会を窺う生徒たちと、女生徒に囲まれて困ったようにたじろいでいるヴィルジールと、方々で親睦を結ぶクラスメートたちの間をすり抜け僕は教室を出た。

 初日の昂揚した空気が漂う廊下を我関せずと歩いていたところで、後ろから名前を呼ばれる。


「エドウィン!」


 振り返ると王子様キャラのヴィルジールが駆け寄ってきた。どうやってあの女子の輪を脱出してきたのか、髪と服が若干乱れている。うっ、セクシー……。ギャップに弱い自覚はあるので注意しよう。


「ヴィルジール、だっけ。なんだ?」

「寄宿舎だよね? 一緒に帰ろうよ」

「別にいいけど」


 僕のそっけない返答にヴィルジールはほっと目元を和らげた。王子様、もしかして女があまり得意でなかったり? 


「よかったら俺の部屋に来てよ」

「いや、悪いけど遠慮しておく。部屋の片付けまだ終わってないから」


 一瞬ヴィルジールはそっちの気がある人かと疑ったが、そんなわけないかとすぐに否定する。ゲイだったら乙女ゲームの攻略対象にはならんだろう。

 そう、とヴィルジールは残念そうに肩を落とした。性格が良さそうなヴィルジールをがっかりさせてしまって多少罪悪感を抱くが、ゲームの中心人物とは極力接点を持ちたくないのだ。申し訳ない。


「また今度来てよ。あ、俺のことはヴィルって呼んで」

「ありがと。僕もエディでいいよ」


 僕はヴィルジールと連れ立って男子生徒用の寄宿舎に帰ると、階段で別れた。

 寄宿舎は2人部屋でカーテンによって部屋を区切っている。僕が荷物を片付けていると、同室の生徒が帰ってきた。


「おかえり」

「ただいま、エディ」


 気だるげに鞄を肩から下ろしたのは、入学式で如才なく挨拶をした生徒会長、リュシアン・ウォルツ──僕の兄である。

 僕が名前を偽って入学できたのも、着替えや入浴に心配が要らないのも、すべてリュシアン兄様のおかげだ。生徒会長の部屋には役員特権でシャワーとトイレが完備されているのである。本来は役員と同室になるはずだったが、強権を行使して僕を同室にしてくれた。

 兄様は他の家族同様、僕の短くなった髪を見たとき絶句し、その後案の定ど叱られたが、何だかんだで荒唐無稽な計画に協力してくれている。


「リュシアン兄様」

「ん?」

「ありがとね」

「……なんだいきなり」


 リュシアン兄様は虚を突かれた様子で停止してから、照れたように顔を背けた。整った目鼻立ちから冷たそうと誤解されるが、兄様は心優しい照れ屋さんなのだ。

 その優しい兄をああも頑なにさせた幼少期の僕……どれだけ底意地悪かったか分かろう……。

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