3 入学式
現代でいうと体育館なのだろうが、良家の子息が集まる学園なだけあって、入学式の会場は豪華絢爛でパーティーでも始められそうな場所だった。
後方に座っている上級生たちは待ち時間が退屈なようでひそひそ話を始めている。全校生徒何人ぐらいだろう。300人ぐらいかな。一学年100人と考えると結構少ない。
僕は緊張して挙動不審な新入生風にきょろきょろと周りを窺いながら、ゲームの登場人物を探していた。──いた。ヒロインだ。右斜め前方、ピンクがかったブロンドの長い髪を背中に流し、まっすぐ前を向いて少女が座っていた。
天使なんじゃないかと思うぐらいに愛らしい顔は今はきりっと引き締まっている。隣に座っている男子生徒よ、お前はどこを見ているんだ。顔の向く角度が90度間違ってるよ。まあ気持ちはわかるが。
次の登場人物を探そうとヒロインから目を離したところで号令がかかった。
「一同、起立。ただいまからメリベア歴478年度入学式を始めます。一同、礼」
入学式が始まると、ざわついていた空気が一気に引き締まった。理事長が呼ばれ挨拶をする。
入学のお祝いの言葉から始まり、良き友を見つけるように……文武両道を目指したまえ……云々。ぎゅーっと凝縮してくれれば3分程で終わるだろうになぜ偉い人は殊更に回りくどく話すのだろうと、前世から数えたら幾度目か知れない疑問を抱く。会社勤めを経て、偉い人に限らず相手へ敬意だとかを表するには形式に則るのが一番だから仕方ないってわかってはいるんだけれども。
それにしたってつまらん。暇を持て余しそっとヒロインの様子を窺うと、理事長の有難くも長い話にも僕と違って真剣な面持ちで耳を傾け、なんとたまに頷いているではないか。天使か。
相変わらず魂が抜けたようにぽけーっとヒロインを見つめる男子生徒には呆れるが、やっぱり気持ちはわかる。なんか光が差して見えるもの。
理事長の実に10分にも及ぶ祝辞が終わり、生徒会長が呼ばれた。攻略キャラである。彼女の反応で僕の振る舞い方が左右されるので、注意深くヒロインの挙動を見守った。
生徒会長が壇上に立ち、生徒に向かって綺麗に一礼すると、どこからともなく『ほう……』とうっとりしたようなため息が聞こえる。それもそのはず、会長は冴え渡る美貌の持ち主なのだ。凛然と祝辞を述べる姿が多くの目を釘付けにしている。切れ長の眼が何となく中性的な印象を抱かせるが、意志の強そうな眉は男性らしさを醸し出していた。
ヒロインの少女は生徒会長を見ると僅かに目を瞠ったようだった。
女生徒のほとんどは同じような反応をしているから、少女が会長に対してどのような感情を抱いたのかはわからない。だけどうっすらと頬を染めて見つめている姿を見ると、あまり会長に近付かないか、もしくは逆にはっきりと関係をカミングアウトしておいたほうがいいかもしれないと思った。
長すぎず短すぎない祝辞を終えると生徒会長はあっさりとステージから降りた。今度は落胆のため息が満ちる。もっと長くてもいいのに、という声が聞こえてきそうだ。
しかし答辞をする新入生代表の生徒が呼ばれて登壇すると、先程と負けず劣らずどよめきが生まれた。
「答辞、新入生代表、アレクシス・エグランド」
「はい」
みんなきっと、この学園には眉目秀麗な人しかいないのではないかと疑っている頃だろう。大丈夫、あいつらがやたらと整いすぎてるだけだから。
今答辞を述べている1年生で一番頭がよい生徒も、言わずもがな攻略キャラである。生徒会長が怜悧な容貌を持つのとは対照的に、アレクシスは小動物のようにふわふわとしていてあどけない。それでいて声は意外と低い。
可愛いくせに賢くて良い声してるとか、アレか、ギャップ萌えか。そうだよゲームしながら萌えてたよちくしょう! 作者様の手の平で転がされていたのか、僕は。
彼らを見ていてつくづく思うが、天は二物を与えずというのは嘘だ。というか、二物も三物も持っていないとお話のヒーローヒロインになれないというのが正しい。
アレクシスは完璧な答辞を終えると、くるっと振り返り、会場に向かってにこりと笑って礼をした。彼の笑顔に少なくない数の女生徒のハートが射貫かれたに違いない。あざとい。現在進行形で転がされている不特定多数の女生徒が、過去の自分を見るようで哀れである。