17 『誰が一番?』
思っていたのだが。
「なんでこいつが来るんだ!」
僕の後ろから顔を出したヴィルを指差し、オズウェルが声高に叫んだ。僕が人差し指を口元に当ててシーッとジェスチャーするとオズウェルは僕を睨んだが、それでも声は抑えてくれた。
「こいつが来るなんて聞いてない」
「俺もオズウェルがいるところになんか来たくなかったんだけどな。エディが行くって言うんだからしょうがない。オズウェルには用ないから、いないものと思ってくれていいよ」
ヴィルが後ろからもたれかかってきたので、僕は一歩たたらを踏んでから肘で押し返した。じゃれつくんじゃない。
オズウェルは天敵に出くわした野生動物のようにヴィルを威嚇し低く唸る。
「おい、こいつを連れて帰れ」
「え? うーん……」
僕は迷った。僕とオズウェルの仲はそれなりに改善されたと思うのでこれで終了でもいいのだけど……あ、そうだ。
「ティリアさんを勉強会に誘わない?」
「ティリアを?」
僕の提案にオズウェルはあからさまに顔を明るくした。
いずれはティリアも誘うつもりでいたのだ。ティリアの誘いを僕は一度断って、それなのにこうしてオズウェルと2人で勉強するのは不誠実じゃないかと思っていたから。
ティリアがいればオズウェルはハッピーだし、ヴィルもティリアの前では猫を被るからオズウェルに無意味に突っかかることはないだろう。ティリアを利用してしまって申し訳ないが、攻略キャラと親密度を増すのはティリアにとってもメリットがあるはず。
「とりあえず今日は3人でやろうよ」
「ちっ……しょうがないな」
オズウェルは不服をアピールしているけれど、目尻が下がっているので喜びを隠せていない。わかりやすい奴め。
いそいそとテキストを引っ張り出したオズウェルに苦笑しつつ椅子に座る。ヴィルも隣に座り、勉強を始めるのかと思いきや本を取り出した。脚を組んでクールにページをめくる姿は役者のように様になっている。
よく考えたら、不特定多数の前でずっと王子役を演じているようなものだ。優秀ないとこと比較されるオズウェルに苦労があった一方で、ヴィルも周囲の期待に応え続けるために並々ならぬ努力をしてきたのだろう。
よく似た色を持つ2人の過去に思いを馳せている間にも、オズウェルはすらすらと問題を解いていっている。ペンが持ち主の気分を反映するように軽やかに動く。
アレクも誘ったほうがよいだろうかと考えていたが、嬉々としているオズウェルを見てやめておくことにした。ここはアレクに涙を呑んでもらうとしよう。
ごめんアレク。僕は心の中でアレクに合掌した。
翌日ティリアを誘うと快諾をもらう。良かった、これで断られていたらオズウェルに合わせる顔がなかった。
放課後になり図書館に集まると、目論見通りティリアを挟んで穏やかに会話が進む。女の子がいると場が華やぐなあ。女子って偉大だ。……ん? 男3人と女1人?
何かを思い出しそうになったが、浮かびかけた映像は会話に押し流されて消える。
「いつの間にオズウェルとエドウィン君仲良くなってたの? びっくりしたよ」
「仲良くなんてなっていない」
「ティリアさん、これはね、照れてるだけなんだよ」
「全く合ってない解説をするな!」
オズウェルが僕に怒った。ティリアがくすくすと可憐に笑う。
「やっぱり仲良しじゃない。でもよかった……大好きな2人だもん、喧嘩したままじゃ寂しいと思ってたの」
「ティリアは仲良い奴多いけど、誰が一番好きなんだ?」
ティリアの「大好き」という言葉に背を押されたのか、オズウェルが目をそらしつつティリアに聞く。自分ではさりげなさを装っているつもりなんだろうが、そわそわしすぎて丸わかりだ。僕とヴィルには。
ティリアはというと、ヒロイン的鈍感力を遺憾なく発揮してほんわか答えた。
「みんな好きだよ」
その瞬間、脳裏に一枚絵が思い浮かんだ。これは……3人の攻略キャラがティリアを取り合うイベントだ! その名もずばり『誰が一番?』
3人は固定で、同学年のヴィルとオズウェルとアレク……アレク! 僕は五体投地して謝りたくなった。ごめん、君のイベント奪ってしまったわこれ!
僕が内心アレクに土下座していることを知る由もなく、オズウェルがティリアに畳み掛ける。
「みんなじゃなくて、この中で誰か一人選んでよ」
残念ながら君のオッズは最下位だと思うよ! 自分から怪我をしに行くのはやめとけ!
もちろん僕の忠告は届かない。ティリアは頬を赤らめ困ったように視線をさまよわせると、キュッと唇を結んでから答えた。
「……エドウィン君かな」
っしゃあおらあああ!! 両手ガッツポーズを高々と上げたくなったが、クールに「ありがとう」とお礼を述べる。
このイベントで選ばれた攻略対象の好感度は、当然ながらめちゃくちゃ跳ね上がる。だけど僕は女なのであった。ティリアへの友情的な好感度は天井を突き抜けている自信があるが、恋愛のメーターは上がりようがない。
聞いた当人はショックで魂が抜けたような顔をしていた。どうして自分が呼ばれると思ったんだ。ポジティブすぎるだろ。
一方、特にショックも驚きもない様子でヴィルがティリアに尋ねる。
「なんでエディなんだ?」
「私のために怒ってくれたり、影で守ってくれたりしたから。その、素敵だなって」
はにかんでうつむくティリアに心を撃ち抜かれない男はいない。だけど僕は女なのであった。アレク、ほんとごめん……アレクがいたら順当にアレクが選ばれていただろうし。他学年の攻略対象も含めると微妙なところだが。
現時点での僕の予想では、アレクか皇太子ルートに進むのかなと思っている。皇太子ルートは王道中の王道だ。僕もロラン様ルートの次に皇太子ルートが好きだった。なんたって皇太子殿下だからね! 皇太子妃という響きのなんと甘美なことか。
リュシアン兄様は僕が布教している割にあまりティリアに興味がないように見える。生徒会長と関わるのって大部分がいじめを解決するときだから、僕のせいで接点なくなっちゃっているものなあ……。
アレクに何か埋め合わせをしないとと考えながらも良い案が思いつかないまま、その後も何度か4人で勉強会をすることになった。
思春期という年齢を考えると、イケメンたち(当然僕も含まれている)に囲まれる女子1人という絵面は結構な攻撃力を持つはずだ。しかしティリアに向けられる眼差しは、不思議なくらい羨望とか憧憬とか好意的なものばかりである。悪感情を向けたのは、彼女をいじめた女生徒2人だけ。
ティリアに敵意を持つ──持てるのは、悪役だけなのだ。なぜなら主人公だから。主要キャラを除き、ティリアの行動に疑問を持つ人間などいない。
これがヒロインの力かと、僕は恐れに近い感情を抱く。




