16 関係改善?
そんなやりとりを交わしながら、勉強会は概ね順調に日数を重ねていた。
大抵は無言で各々課題を進め、たまに質問しあったりする。初めの頃オズウェルはプライドが邪魔してか全く質問してこなかったが、僕がアホなことを遠慮なく聞くのに次第に感化されたようで、今ではそれなりに声をかけてくる。
質問される内容を聞く限り、オズウェルが特別勉強できないとは思えない。理数系は僕よりよっぽど出来るし、外国語も暗記系もそれほど苦にしていないように見える。ヴィルと比べられ続けて自信を喪失しているだけだろう。それを気づかせるのはティリアの役目なので、僕が何か言うことはないけれど。
少しだけ開けられた窓からは夏の訪れを思わせる生温い風が入り込んで、カーテンをささやかに揺らしている。心地よい陽気に誘われて、いつの間にか僕はうたたねしてしまっていたようだ。
僕は課長に先輩社員とともに叱られていた。僕の引継ぎが不十分だったために先輩が先方から怒られてしまったのだ。己のミスで先輩にも取引先にも迷惑をかけて、僕は身を縮こませて叱責を受ける。
ようやくお叱りが終わり、席に戻ると再び先輩に頭を下げる。
『先輩、本当にすみません……』
『気にするな。今日仕事終わったら飲みに行くか』
さらりと先輩が言うので、僕は泣きそうになりながら頷く。
場面が一気に飛んだ。
色気のかけらもない大衆居酒屋で、色気のかけらもなく僕は先輩にうざい絡み方をしていた。
『なんで先輩そんなにやさしいんですかあ~……』
『俺だってたくさん失敗したし、その度に先輩にフォローしてもらったからなあ。これから同じミスしなけりゃいいさ。そんで後輩が入ったときに今度は***が助けてやれ』
『うっ……叱られるのは我慢できるんですけど、慰められると泣いちゃうんでずよお……』
『はは、ひでえ顔になってんぞ』
くしゃっと笑う顔に、僕はキュンとハートを射抜かれた。
先輩には密かに恋心を抱いていたんだよなあ。でも彼女がいるという噂を聞いたことがあったので、告白するなんて考えたこともなかった。
ふいに先輩の顔がぼんやり霞み、だんだんと別の人の顔になっていく。髪も黒じゃなくて、キラキラと輝くような銀色に変化してゆく……
『おい……』
ヴィル? オズウェル?
「おい」
「いてっ」
ドスの効いた声とともに頭に手刀が降ってきて、痛みに呻く。一気に現実に引き戻された。
頭を押さえつつ顔を上げると、オズウェルはしれっとした顔で手を振っている。
「おー痛て、お前石頭だな」
「……暴力反対」
「寝てるのが悪い」
「ティリアさんに言い付けてやろっかな、オズウェルに殴られたって」
「それは反則だろっ!」
本気で焦った様子のオズウェルに、僕はいたずらっぽく笑った。
数学の問題を解いていたがどうにも間違っている気しかしなくて、僕はとんとんと指で机を叩いた。
真剣な目をノートに向けていたオズウェルは、嫌そうな顔をせず顔を上げた。険がないと少年らしいあどけなさが先に立つ。
「なんだ?」
「ここってどうするの?」
「公式に入れるだけだろ?」
「でもこんなに細かい答えになる?」
小数点以下がめちゃくちゃ続いている答えを見て、オズウェルがノートを手元に寄せる。
「計算が間違ってるだけじゃないのか?」
「2回やり直したんだけど……」
「貸してみろ」
オズウェルがさらさらと計算して、僕に答えを示した。
「ほら」
「……あっるぇ?」
綺麗に割り切れている。
「ただの計算ミスで僕を呼ぶな」
「すいません……」
僕が素直に謝ると、オズウェルは小さく笑った。
2人で勉強をする日が続くと、だんだんとオズウェルの素顔が垣間見えるようになってきた。思い込みが激しく激高しやすい反面、単純でかわいいところもある。僕がオズウェルを手放しですごいすごいと褒めると、「大したことじゃない」としかめ面をしながら照れくさそうに顔を背けるのだ。絶対に怒るから言わないけど、こういうとこヴィルに似てる。
性格を掴んできたのは僕だけではないらしく、最近ではオズウェルが僕に呆れ混じりのため息をつくことも多い。
「お前を見てると、キリキリしてるのが馬鹿らしくなってくる」
「おー、いいことじゃないか」
「お前があまりにケアレスミスが多いからだ!」
「いてててて」
頬を引っ張られて僕は悲鳴を上げた。
「こんなにポカが多くて大丈夫か? 将来は家督を継ぐんだろう、やっていけるのか?」
「僕の慎重さは数学に関しては発揮されないんだよ」
「まるで数学以外には発揮されるとでも言いたげだな」
「まるでじゃなくてはっきりそう言ってるだろ! それに僕は家を継がないからね」
「そうなのか? そういえば、エディの家について全然知らないな。会長とはいとこなんだっけ」
「うん、同室なんだ」
「……お前の系統の顔が並んでるのを想像すると恐ろしいな」
「どういう意味だよ」
「無表情だったら近寄りづらい」
オズウェル・ヴィルコンビもなかなかだと思うが。
「お前がこんな人間だと、話す前は思ってもいなかった。話すっていうのは、大事だな」
オズウェルが思わずといった様子で零した言葉に、僕はにんまりと笑う。
「そうだろ? この調子でヴィルとも」
「それは御免こうむる」
オズウェルはきっぱりと拒否した。
素直じゃないけど根は真面目。一度思い込むと周りの声が入らなくなる。でも懐に入れば多分悪い奴ではない。
オズウェル情報をヴィルに伝えると、ヴィルは興味なさそうに流した。
「それはどうでもいいとして、最近エディは付き合いが悪い」
「そりゃあ放課後ほぼ毎日オズウェルと勉強してるからね」
「面白くない」
「ヴィルも来れば?」
「…………嫌だ」
おっ、前より考える間が長くなってる気がする。もしかしたら本当に来てくれるかもしれない。
なんて思いながらも、2人の仲の悪さは筋金入りだとわかっていたので叶わないのだろうと思っていた。




