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15 勉強会

 謝られた気はしないがひとまず一件落着、のはずだったが、今度は僕の交友関係に異変が起きていた。オズウェルと勉強の約束を半ば無理やり取り付けたせいで、ヴィルが露骨に不機嫌なのだ。

 ヴィルの不機嫌とは僕に対しても綺麗な王子スマイルを崩さないことなので、周りにはいたって変わらず見えるだろうが。


 移動教室の途中で、僕は先を行くヴィルにおずおずと切り出した。


「ヴィル、怒ってる、ね……?」

「何のこと? 俺がエディに怒るなんてあるわけないだろう」


 ヴィルが鉄壁の笑みを見せるので、僕はもごもごと口籠った。絶対怒ってるじゃんかあ。口調が出会った当初の丁寧さで、本性を知る今となっては壁を作られているように感じてしまう。僕は何も言えずに引き下がった。

 僕とヴィルの間のぎこちない空気を感じ取ってか、授業中隣どうしになったアレクが僕に耳打ちしてくる。


「ヴィルと喧嘩でもした?」

「ちょっと怒らせちゃったかなあ……」

「何があったの?」

「オズウェルってわかる? ヴィルのいとこなんだけど」

「ああ、噂の」

「そいつと勉強することにした」

「……何でまた」


 アレクにまでついていけないという目で見られると、僕は相当馬鹿なことを言ってるんだなあと再認識できるね……言い出したからにはやめる気はないけど。


「誤解を解きたいなら一緒に勉強するのが一番かなって」

「その結論に行き着く理由がよくわからないけど、ヴィルは心配してるだけじゃない?」

「心配……そっか、そうだよな」


 昨日の終わりの感じで何となく大丈夫かなと楽観視してしまっていたが、よく考えたら僕は殴られそうになってるわけだしなあ。

 授業が終わり、教科書をまとめているヴィルに近づく。


「ヴィル、心配させちゃってた?」

「……当たり前だろ」


 ヴィルは手を止めて、僕を見ないで素っ気なく言った。朝からやんわりと作られていた壁は感じなくて、ほっと胸を撫で下ろす。


「ごめんな。図書室でやるから人が周りにいるし、大丈夫だよ」

「あいつと仲良くなりたいなんてこれっぽっちも思ってないのに……エディは勝手だ」

「僕のためでもあるからさ。また変な誤解されても嫌だし」


 オズウェルの僕に対する敵愾心がなければ、断罪エンドになる可能性は低くなるはず。

 攻略対象のうち、リュシアン兄様はまず間違いなく味方してくれるだろう。恐らくヴィルとアレクも。ロラン様は公平そうだし多分大丈夫。というわけで、平穏エンドの目下の障害はオズウェルのみとなる。こやつをどうにかしなければ、無理にでも煙を立てられて罪をでっち上げられそうだ。

 皇太子殿下は未知数だが、一切関わりのないところからいきなり罪状を突き付けられたら、もはや僕にはどうしようもなかったということで諦めてほしい。ごめんお父様。


「何かあったらすぐに司書を呼べよ。あと、俺に報告すること」

「わかったよ。何ならヴィルが来てくれてもいいんだけど」

「……行かない」


 少し間を空けてヴィルが答えた。これは押したら落ちるかもしれない。




 半々で来ないかもしれないと思っていたが、オズウェルは仏頂面ながら約束通り図書室にやって来た。


「おお、本当に来てくれるとは」

「……帰る」

「待って待って」


 踵を返したオズウェルを慌てて引き留めると、嫌々ながらもちゃんと足を止めてくれた。今まで最悪なところしか見てこなかっただけで、根は真面目なのかも。長所が一つもなければ攻略対象にはならないだろうし。割と失礼なことを考えながらオズウェルに椅子を勧める。

 オズウェルと向き合う形で椅子に座ると、さっそく最重要事項を宣言した。


「まず初めに言っておくけど、僕に勉強は教えられません」

「胸を張って言うことか?」

「僕から誘ったからって僕が勉強ができると勘違いしてもらっちゃ困るからな」


 こら、哀れみを込めた目で見るんじゃない。

 人間向き不向きがあるんだ、仕方ない……では済まされないのが貴族の辛いところである。恐らく貴族だろう未来の旦那様を支えるためには、大前提として屋敷の運営をこなせなければならないのだ。

 僕はまだ見ぬ姑に「あらまあエドウィーナさんったら、数列すらできないの? それで領地経営を手伝えるとでも? おほほほほ、なんて甘い考えなんでしょう」といびられるのを妄想しては、負けられんと拳を突き上げる。領地経営に数列が必要かどうかは知らん。

 もちろん大部分は家令や執事に任せることになるだろうが、女主人が頼りなければ彼らは能力を発揮しきれない。それどころか、主人や屋敷に愛着がなければ別の職場に引き抜かれてしまう可能性だってある。使用人の世界も結構ドライだ。

 苦手だからといって避けてばかりいられない。だから僕はこの機会を最大限活用するつもりでいた。


「文系は何とかなるけど、理系科目は教えてもらう気満々だからよろしく」

「僕だって得意じゃないんだがな……はあ、お前と話していると調子が狂う」

「まあまあ、とりあえず課題をこなそうじゃない」


 僕たちはそれぞれテキストを開き、会話なく課題を進めた。人のまばらな室内に、ペンを滑らせる音と紙をめくる音だけが響く。そのうち会話を楽しめるようになればいいが、初日から多くは望まない。

 大問を解き終わってぐっと伸びをしてから、こっそりとオズウェルを盗み見た。オズウェルは目を伏せて教科書に向かい、たまに煩わしそうに耳に髪をかけている。さらさらと流れる青みがかった銀糸は、肩上で綺麗に揃えられている。少年と青年の狭間のような年齢とも相まって、中性的な危うさを醸し出すかのよう。

 僕は知らないうちにオズウェルに見入っていた。視線に気づいたオズウェルが顔を上げ、怪訝そうに目を細める。


「なんだ?」

「オズウェルって美人だよなあ」

「は?」


 僕はしみじみと感嘆した。攻略対象の中で一番美人なんじゃないだろうか。兄様もどちらかと言えば美人系統の顔立ちだけど、オズウェルは黙っていると幸薄そうな儚さがあるからより美人に見える。やることは荒っぽいけど。

 これはナルシストにもなるわ、うん。エドウィーナと張れるぐらい容姿良いもん。

 ……あれ、よく考えたら実は僕ら似た者同士なのか……? 破れ鍋に綴じ蓋的な?


「いや、僕はオズウェルほど根性ひねくれてないし」

「お前本当に僕と仲良くなる気あるのか?」

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