14 犬猿の仲
じろじろと観察するような視線に晒されながら登校する。
昨日の騒動は半日で学園中に知れ渡っていた。噂というものは大概の場合、最初に誤報が広まると訂正するほうの噂は広がらないものだ。
こんなのばっかり、と僕は人知れず肩を落とした。一つ芽を潰したと思ったらまた次が出て来る。ティリアとの関係が良好なら噂は無視してもいいのなら問題ないのだけど。この世界の引き戻しの強さを考えると、油断していたら後戻りできないなんてことになっていそうで怖い。
それはそうと、主要キャラクターたちの影に隠れながら平凡な学園生活を送るはずだったのに、もはや僕まで有名人の一員である。ヴィルと仲良くしたことから計画が狂い始めたんだと責任転嫁しようとしたが、よく考えたらその前から『絶対零度の貴公子』なんてこっぱずかしいあだ名を付けられてたわ。おかしい、こんなはずでは……。
針の筵状態のまま教室に入ると、僕に気づいたアレクがそろそろと近づいて来た。
「おはようアレク」
「エディ、おはよう。あの、君とティリアのことで変な噂を聞いたんだけど、何が本当なのかわからなくて……」
教室内が俄かにシンと静まった。みんなして聞き耳を立ててやがる。
噂話を鵜呑みにしないで本人に聞いてくるというのがアレクの良いところだ。僕たちを遠巻きにしているクラスメートたちにも聞こえるように、あえて声を張って答える。
「変な誤解されちゃってたみたいだね。そのことは昨日生徒会長も交えてティリアさんと話し合って、解決済みだよ」
「そっか……よかった。エディがティリアを助けてたことなんてわかってたはずなのに、疑ってごめん」
「ううん、昨日説明できればよかったんだけど」
僕の話を裏付けるように、教室に入ってきたティリアが僕を見つけて一番に声をかけてくる。
「エドウィン君、昨日は迷惑をかけてごめんね。しかも変な噂まで立ってしまって……」
「迷惑だなんて全然。噂もそのうち落ち着くだろうし」
「そうだ、今日の放課後は予定ある? オズウェルにも謝ってもらわないと!」
「あー……気にしないで。彼も僕なんかに謝りたくないでしょ」
「駄目よ! 何も聞かないで手を上げるだなんて……ヴィルが間に合わなかったら、エドウィン君が怪我をしていたかもしれないのに」
僕のために怒ってくれるのは嬉しいのだが、昨日のやりとりでごりごりとHPが削られていたので、正直言ってこれ以上のイベントは勘弁してほしい。けれどそれではティリアの気が治まらないということで押し切られてしまった。
現在のオズウェルの好感度は底値だろうから、真摯に謝る姿をティリアに見てもらうことで少しでも好感度を回復させてやろう。
なんて偉そうな親切心を見せたというのに、空き教室に現れたのはぶすっと膨れ面のオズウェル。僕は一緒に待っていたヴィルと横目で視線を交わした。絶対謝る気ないだろこいつ。
オズウェルの腕を引いてきたティリアが小声でオズウェルを嗜める。
「もう、そんな顔しないで! エドウィン君に謝るんでしょ?」
ティリアに促され、オズウェルはそっぽを向いて吐き捨てるように言った。
「……悪かったな」
「思ってもいない謝罪を受けるつもりはないよ」
「何だと!?」
僕の拒絶に一気に頭に血を昇らせたオズウェルは、僕をきつく睨んでから隣に立つヴィルを指差した。
「こんな奴とつるんでるような奴に謝るつもりはないね!」
「じゃあ最初から謝ろうとしなければいいだろ」
「それはティリアが謝れって言うから!」
「自分の意思じゃないって? くっだらなあ……」
心からの嘆息が漏れてしまった。仮にもエドウィーナに好かれるはずの男なんだから、あんまり情けない姿を見せてほしくない。
「君さあ、今相当ダサいこと言ってる自覚ある?」
「だ、ださい……!?」
僕は腕を組んでうんうんと頷いた。年頃の男の子が言われたくないワード上位に入るだろう「ダサい」という言葉に、オズウェルがガーンとショックを受けている。
「ティリアさんが言うから謝りたくないけど謝って、それを要らないって言われたらティリアさんのせいにして。自分で考えて行動してないってことでしょう?」
「……お前にっ! お前に僕の気持ちなんてわかるものか!」
オズウェルが掴みかからん勢いで僕に食って掛かる。勝手に想像はしてるけど、確かに本人がどう思ってるか本当のところはわからないか。
「それじゃあ、試しに今話してみたら?」
「小さい頃からその腹黒野郎と比べられてきた僕は、ヴィルジールの本性を教えようと大人にも友達にもいかにこいつが底意地悪いか訴え続けた。だが僕の言葉は一切信用されず、逆に僕を庇うこいつの評判だけがうなぎ上り……。僕は嘘つきだとレッテルを貼られて、どれほど肩身の狭い思いをしたか!」
ははあ、なるほど。ちらりと隣を横目で見ると、腹黒野郎は「何のことだか」と微笑んで首を傾げた。ティリアがいるから王子様キャラは剥がせないのである。
「本当の僕をわかってくれる人がいればそれでいいんだ。お前なんかにはわからない!」
「自分でヴィルに勝てるように努力はしたのか?」
「したに決まってる。だが、教師の教え方が悪いせいで結果には繋がらなかったんだ」
「うーん……」
駄目だ。発言を促すほどオズウェルの好感度がティリアの中でだだ下がっていくのが目に見えるようで、居た堪れなくなってきた。これは共感性羞恥ってやつか。上司が後輩のことを叱っていると、僕が怒られてるわけじゃないのに自分まで気分が落ち込むってこと、前世でよくあったなあ。
っと、前世に思いを馳せている場合ではない。オズウェルのことはどうでもいいが、僕のメンタルが抉られるので助け船を出してやることにする。
「ティリアさん、もう少し彼と話してるから先に帰ってもらえる?」
「え、でも……」
「ヴィルもいるし大丈夫だよ。今日はセッティングありがとう」
「じゃあ先に帰るね」
昨日のことがあって迷うそぶりを見せたが、ティリアは言われた通りに帰っていった。ティリアがいなくなった途端、ヴィルは行儀悪く机に腰かけて足を組む。
「優しいなあ、エディは」
「そうやって茶化すから嫌われるんだよ。わかっててやってるだろ」
「まあな」
オズウェルが驚愕の眼差しを僕に向けた。王子様然とした気品を投げやったヴィルに驚かないのが衝撃だったらしい。
「お前……ヴィルの本性を知ってるのか!?」
「そうだねえ。最初はびっくりしたけど、知ってて仲良くしてるね」
「なぜ!」
「内面と外面が違うからって嫌いになるわけでもないし。それはそうと、さっきの言い方だと教師に責任があって自分にはないって聞こえたけど、本当に努力したのか?」
「したさ!」
「ヴィルよりも?」
「こいつが勉強をしてるところを見たことがない。絶対に僕の方が努力してる」
「んー、僕はヴィルが影で結構頑張ってるって思ってるけど」
「エディにそう言ってもらえるなんて光栄だなあ」
ヴィルは茶化すような口調で僕の発言を冗談にしようとしている。本人が隠そうとしてるのだからこんなこと言われたくないだろうけど、オズウェルのためにも言わせてもらうことにしよう。
「何でもできるように見えるけど、ヴィルにだって苦手なことがある。でも、次の授業では必ず完璧に仕上げてくるんだ。そういうときは決まって部屋に籠って顔を出さなくなるから、きっと一人で勉強してるんだろうね」
「……俺のイメージが崩れるようなこと言うの止めてくれない?」
「何を今更」
「何でも卒なくこなすヴィルジール様は泥臭い努力なんてしないんだよ」
「泥臭い努力を僕は格好良いと思うよ」
ヴィルはとうとう唇を尖らせて顔を背けた。不服そうだけど照れているだけなんだよなあ。こういうところ、案外わかりやすい。
そうだ、見てないから誤解が生まれるなら見せればいいんじゃないか? 僕はポンと手を打った。
「オズウェル、君も一緒に勉強すればいいよ」
「誰と誰が?」
「オズウェルとヴィルが」
「絶対やだね」「何でこいつと!」
2人が同時に言った。名案だと思ったんだけどなあ。
「どうしてそんな考えになるんだよ」
「わからないならわかるための努力をすればいいじゃない。2人とも努力家だって言うんだから」
「エディに知っておいてほしいんだけどな、世の中にはどんだけ頑張っても仲良くなれない奴っていうのはいるんだよ」
「それじゃあ僕と勉強しよう、オズウェル」
「何でそうなるんだ!」「何でお前と!」
また2人が同時に叫んだ。
「だって2人が一緒にいたくないなら仕方ないだろ? 僕がヴィルのいいところをオズウェルに伝えて、オズウェルのいいところをヴィルに伝える。勉強もできて一石二鳥」
ついでに僕のことも知ってもらって、間違ってもティリアをいじめたりしないってことをわかってもらえればという打算もある。
オズウェルが吐き捨てるように言った。
「お前の偽善者っぷりには吐き気がする」
「悪いけど、こればかりはオズウェルと同意見だな」
「ふふん、ティリアさんに言っちゃおうかな~、オズウェルに泣かされたって」
「なっ……卑怯だぞ!」
「卑怯で結構でーす。もう決めちゃいましたー」
「お、お前がそんな奴だとは思わなかった……」
なぜか「裏切られた」みたいな顔で見られるが、僕をどう認識していたんだろうか。そんでもってオズウェルの反応がいちいち面白くて、ヴィルがついオズウェルをからかってしまった気持ちが何となくわかった。
最終的に嫌われるほどからかうのは駄目だけどな!




