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13 一件落着

 ヴィルは僕を庇ったままオズウェルとティリアが視界から消えるまで見送った。思っていたより緊張していたようで、心臓の音が耳に痛いほど鳴っている。

 ヴィルに守られてこんなに安心してしまうなんて。男になりきっていたつもりだったのに。僕は自分が女であることを思い知らされたような気持ちになった。

 ようやくヴィルが僕を離すと、体温が離れてほっとするのと同時に寂しさも覚えた自分に戸惑う。

 青みがかった銀色の髪が、一本一本光を透かしキラキラと舞う。僕はこの瞬間、初めて本気でヴィルのことを格好いいと思った。


「大丈夫だったか?」 

「うん。ヴィルが庇ってくれたから無事だよ」


 心配そうにグレイの瞳を細めるヴィルをぼんやりと眺め、僕はなんとなくオズウェルの心情を察した。こんな完璧な造形を持っていて、しかも頭の出来も優秀な人間が近くにいて、常に比べられる人生はどれほどの苦痛だろうか。

 オズウェルもいとこだから決して顔が整っていないわけではない。むしろ攻略対象なだけあって十二分に美男子の域である。だけどオズウェルの双眸には隠し切れない険が混ざり、周りを敵視するかのように睥睨している。

 卵が先か鶏が先か、比較されることが彼を歪めてしまったのか。オズウェルの人生を見てきたわけでもない僕にはわかりようもないが、オズウェルよりヴィルのほうに人が集まるのはそれが一因でもあるのだろう。

 そしてこれは僕が前世の記憶を思い出す前のエドウィーナにも当てはまる。エドウィーナは容姿は抜群に優れているものの、学問に関して言えば中の中、良くて中の上というところだ。優秀な兄弟に挟まれて、両親に比べる意図がなくても、周囲の『真ん中だけは平凡』と侮る空気は感じ取っていた。だからこそ、唯一誇れる武器である容姿を振りかざし、我が儘という盾で自分を守ったのだ。

 そんなエドウィーナがオズウェルと出会ったとき、その鬱屈した心に自分を重ね見たのではないだろうか。ティリアよりも自分のほうが彼を理解できる。そう思ったエドウィーナがヒロインを敵対視したのだと思えば辻褄は合う。 

 瞬間的に考え込んでしまった僕の耳に、ヴィルが集まってきていた生徒に声をかけるのが聞こえ、はっと我に返った。

 

「うちのいとこが騒いで悪かったね。オズウェルは思い込みが激しいところがあるんだ。もう大丈夫だから教室に戻ってくれる?」


 いつもの王子様の笑みで有無を言わさない雰囲気を醸し出しながら、生徒たちを散らせる。

 当事者の女生徒2人は急展開に固まっていたが、ヴィルに話しかけられてビクリと身を震わせた。


「君たち」

「はっはい!」

「今日の放課後時間取れる? 一緒にティリアさんに説明しよう」

「わ、わかりました……」

「よろしくね。君たちも教室に戻って」


 強張った表情のまま去っていった2人に、僕は自分の姿を重ねた。ゲーム通りなら僕があのポジションだったのだ。あまり重い罰にならなければいいと望むのは、僕のエゴなのだろう。 

 それにしても、今日のことがまた噂を補強することにならなければいいんだが、と僕はため息をついた。ここまで目撃者が多いと、当事者だけで解決しようとするのはむしろ悪手かもしれない。

 兄を頼るべきかと思案する僕の隣で、ヴィルが端整な顔を怒りに染めて拳を握った。


「あいつめ、倍返しにしてやる。綺麗な顔に傷がついてたらどうするんだ」

「ありがとな、あのままだったら思いっきり顔面に受けることになってた。そういえばヴィルはどうしてこの場所がわかったんだ?」

「俺とオズウェルの共通の知り合いから、奴がエディを追っていったって聞いてな。接点なんてないはずなのにって、なんか嫌な予感がしたんだ」

「そうだったんだ」


 僕は2人の知り合いに心の中で礼を言った。


「止められてよかった。俺、本当に好きだからさ」

「え……」

「エディの顔が」


 こいつ……一瞬でもときめいてしまった僕の乙女心を返せ。わざとやってるのかとヴィルを睨むと、よかったよかったと本気で胸を撫で下ろしてるから意図的ではないらしい。それはそれで腹立たしいが、そんなに僕の顔が好きなのかと、なんだか気が抜けた。

 くすっと独り笑い、僕はヴィルの背を叩く。


「何だよ」

「ほら、僕たちも戻ろう」

「ああそうだな。昼休憩も終わるし」


 なぜだかふわふわとした笑みが止まなくて、顔を見られないようにヴィルの背中を押した。


  

 放課後、僕はティリアと女生徒2人に生徒会室に来てもらうことにした。身内の特権を有効活用することにしたのである。ティリアにとってもその方が安心だろうし。兄にはティリアの決定について口出ししないようにお願いした。

 兄以外の役員は来ていないので、兄が手ずからお茶を淹れてくれた。


「ティリアさん、来てくれてありがとう。僕から簡単に説明させてもらうよ」


 ティリアは神妙な面持ちで僕の説明を聞いていた。僕が一通り言い終えると、女生徒2人に促す。

 2人は深く頭を下げた。


「私たちが、マーレイさんの教科書に悪口を書いたり、水をかけようとしました。すみませんでした」

「ごめんなさい。もう二度としません」


 震える声で謝罪するのを、ティリアはしばらく無言で見つめていた。


「……もうやらないって誓ってくれるなら、今までのことについては処分を望みません」

「あ、ありがとう!」

「でも、風紀委員の皆さんにも何があったか把握しておいていただきます。次に何かあったら、そのときはすぐ報告させてもらうから」


 おお、と僕は内心で感嘆した。てっきり不問にして終わりかと思ったら、意外と強かだ。僕が口出しする必要もなくティリア自身で解決できたかもしれない。 

 頷いた2人を帰し、僕はティリアに改めて謝罪した。


「ごめんね、誤解を招くようなことをしてしまって」

「ううん、私もエドウィン君を疑ってしまってごめんなさい。エドウィン君が助けてくれたのに」

「ティリアさんの様子を見ると、僕が口出ししなくてもそのうち自分で何とかするつもりだったのかなと思ったんだけど」

「大事にしたくなかったから私が我慢して済むならそれでいいと思ったの。でも、かえって迷惑をかけることになってしまって……。これからはすぐに相談することにするね」

「うん、僕らからもお願いするよ」


 会話が一段落した頃を見計らって、兄がお茶を淹れ直してくれた。気が利く兄だ。


「ありがとう」

「話は済んだかい? 風紀委員には話をしておくから安心して」

「ありがとうございます。私も個人的に交流があるので私からもお話ししておきます。……ところで、エドウィン君と会長さまはどういう関係なんですか?」

「エディとはいとこなんだ」

「へえ、知りませんでした! たしかに、言われてみれば少し似てるかも……?」


 ティリアは頬に手を当て僕らを見比べた。


「会長さま、今日はどうもありがとうございました。エドウィン君にもいっつも助けてもらってて……」

「不肖のいとこが役に立っているのならよかったよ」

「それでは私はこれで失礼します。エドウィン君も、ありがとう」

「気をつけてね」


 ティリアが小さく頭を下げて退室する。僕は横目で兄の様子を見た。


「可愛いでしょ? ティリアちゃん」

「まあな」


 僕が部屋で兄に事あるごとにティリアちゃん可愛いティリアちゃん可愛いと言い続けていたので、兄にとっては洗脳のようになっていただろう。ほら、親しい人間が好きって言えば自分も好きになるし、嫌いって言えば嫌いになっていくあの現象。


「でも……」

「何?」

「いや、なんでもないよ。この馬鹿妹」

「なんで急にそうなるの!?」


 ぐしゃっと頭をかき回され僕は怒ったが、兄は笑うだけで説明してくれなかった。


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