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10 ヴィルの一目惚れ

 今日のことを必ず兄に報告するよう弟に厳命された僕は、寄宿舎に帰ると恐る恐るリュシアン兄様に切り出した。


「あのぉ……お兄様?」

「……碌でもないことを言われる気しかしない」


 さすが兄様、よくおわかりで!

 僕は努めて明るい調子で一息に言った。


「なんかエドウィーナちゃんクラスメートのヴィルジールに惚れられちゃったみたい」

 

 もう僕ってばドジっ子なんだからテヘペロ! という僕のプリティでキュートな渾身のアピールは、残念ながら全く通用しなかった。


「……エドウィーナ、お前はいつもいつも……」


 むしろ火に油を注いだ感すらある。怒髪天を突くって、こういう状態を指すんだなあ……僕は現実逃避しかけた。


「もっと考えて行動しろと言ってるだろう!」

「おっしゃる通りです……」

「深く考えないからいつも後悔することになるんだ!」

「言葉もございません……」


 仁王立ちするリュシアン兄様の前に正座し、僕はひたすら同じ言葉を繰り返すbotと化した。

 説教は軽く小一時間続いた。



 翌日げっそりと死に体で登校した僕とは正反対に、ヴィルジールはティリアと仲良くなった時以上のお花畑を形成している。鬱陶しいことこの上ない。


「おはよう……」

「おはようエディ、清々しい朝だな」

「……やけに幸せそうだな」

「聞いてくれ、俺は運命の人と出会ってしまった」

「気のせいだ」

「何でだよ」


 思わず間髪を入れず突っ込んでしまい、胡乱げに見られる。僕は得意の曖昧な笑みで誤魔化し、それで? と促した。


「どんな人だったんだ?」

「目の覚めるような美人でさあ、ちょっときつめの顔なのに淑やかそうな仕草に心を射貫かれてしまった」

「フーン、ヨカッタナー」


 完璧に騙されているが。お前が淑やかと評した相手は、男勝りな口調でズボンを履いて目の前にいるぞ。


「で、好きな人ができたから戻ってきたってわけ?」


 恋敵であるヴィルを警戒して沈黙していたアレクシスが興味津々に尋ねた。ライバルが減りそうな予感に嬉々としている。


「それもあるけど、エディの顔がその子に似てるんだよな」

「へ、へえ、それはまた偶然だなあ」

「エディの親戚に同じ年頃の女の子いないか?」

「うーん……思い当たらないけど」

「生徒会長ってエディの従兄なんでしょ? もしかしたらそっちの線を辿れば見つかるかもしれないよ」

「そうなんだ? 言われてみれば確かに似てるかも」


 ライバルを減らしたいアレクシスが余計な情報を与えた。やめないか貴様。

 ちなみに僕とユリシスの容姿も大変似ている。というか弟の方が目と髪の色が一緒なのでより似通っているのだ。

 栗色の髪に碧眼という父の色を受け継いだ僕たちとは違い、兄様は母方の鳶色の髪とコバルトグリーンの瞳を継いでいるから、パッと見は血縁者だと気づかれにくい。気づいたアレクは洞察力に優れていると言えよう。

 有力な手掛かりを得たヴィルが僕に手を合わせる。


「エディ、ちょっと会長に聞いてみてくれよ」

「全力で断る」

「返事が早い!」


 俺会長と接点ないんだよ、今度飯奢るからさ等と懇願されても、無理なもんは無理だ。諦めるんだな。

 必死に頼み込むヴィルの様子を見て、どうやら一目惚れは本物らしいと安心したアレクは、早速ティリアの元へと去っていった。



 ここ最近別行動が続いていたが久しぶりにヴィルと共に食堂へ来る。アレクは当然ティリアを誘っていることだろう。

 ヴィルが麗しの少女について熱弁するのを右から左へ聞き流しながらランチを食べていると、ふいに食堂の空気がざわめいた。何だと顔を上げれば、食堂の入り口にピンクゴールドの髪の少女が立っている。その斜め後ろにアレクの姿。

 取り巻きはアレクだけかと思いきや、他にも黒髪の男子生徒が佇んでいた。


「あ、あれは……っ!」


 ロラン様! ロラン様じゃあないか! 僕が一目見たいと思っていた聖騎士の君だ。

 凛々しい眉にはっきりした目鼻立ち、すらりとした体躯の持ち主は、そこにいるだけで周囲の女生徒を魅了する。

 きょろきょろと辺りを見回していたアレクが僕らを見つけて手を振ったが、僕は心を鬼にして振り返さない。

 許せ友よ、僕は昨日兄様に考えなしなのをこってり絞られたばかりなんだ。何かと話題に上る人たちを側に招いて、渦中に巻き込まれる事態には陥りたくない。たとえアレクが情けなく眉を下げて、助けを乞う顔であったとしても。

 だがしかし。アレクの手を振った先に僕らがいるのに気づいたティリアが、顔を綻ばせ方向転換をしてしまった。や、やめてよお……。

 やがて美少女は、後ろに美青年と美少年を引き連れて僕らのテーブルの脇に立った。華やかな笑みを伴いちょこんと会釈する。


「ヴィル、エドウィン君こんにちは。ご一緒してもいいかな?」

「どうぞ。後ろの二人がよろしいのであれば」


 ヴィルがアレクとロラン様に視線をやる。アレクは首を縦にブンブン振っているが、頼みのロラン様は。


「もちろん、いいとも」

「よかった! それじゃあお邪魔するね」


 いともあっさり承諾してくれた。これは不可効力だから仕方ない、うんうん。……兄様にこの光景を見られないことを祈るのみである。

 ティリアたちが席に座り注文を済ませるのを待って、ヴィルが問いかける。


「珍しい組み合わせに見えるけど、どうしてロラン先輩と?」

「私とアレクが食堂に向かっていたらロラン先輩を見かけたの。それで、お食事を一緒にどうかって誘ったら了承してもらえて」


 屈託なくそう言うティリアに悪気がないだけに、アレクの落胆が目に浮かぶようだ。僕は悄気た様子のアレクを憐憫の眼差しで見た。


「あ、自己紹介が遅れてすみません。僕はヴィルジールです。こちらはエドウィン」

「どうもはじめまして、エドウィンです」

「俺はロラン、二つ上の学年だ。君たちもティリアと同じクラスなのか?」

「ええ、そうです」

「それじゃあ少し彼女を気にかけてやってくれないか? どうも、ティリアのことを良く思わない輩がいるらしい」


 ティリアは恥ずかしそうに目を伏せた。


「実はロラン先輩と知り合ったのも、助けてもらったのがきっかけで……」

「そうだったのか」


 ヴィルは近くにいたくせに気づかなかったらしい。肝心なところで頼りにならない奴め。

 それに比べてロラン様は! 顔も性格もイケメンで爽やか。それなのに大人の色気があって……ギャップに弱い僕はロラン様が大のお気に入りだった。

 アレクも好きだったけど男っぽさはあまり感じられないキャラクターだから。会社員として社会の荒波に揉まれていた僕は、頼り甲斐のある男性が普通に好みだったのである。


 テーブルを囲んで談笑しながら、順調に攻略キャラと接点を増やしている己を嘆きたくなった。でもロラン様とお近づきになれたので、ここは結果オーライということにしておこうそうしよう。

 これ以上は近づかないようにしなければならないが。

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