1 思い出す
てんぷれがかきたかった
男装がすきだからむりやりいれた
私は8歳、まだ酸いと甘いの甘い方しか知らなかった。
子爵家の3人兄妹の真ん中に生まれ、私は唯一の娘である。赤ん坊のときから蝶よ花よと可愛がられ、おねだりすれば何でも手に入った幼少期、完全に天狗になっていた。実際私は物語に出てくるお姫様のように可愛かったから、将来は本当にこの国のお姫様になるのだと完全に思い込んでいた。
私が一番自分の中で気に入っていたのは髪の毛だ。栗色の髪は珍しくもないが、毎日侍女が丁寧に梳かしてくれるのでつやつやと光って手触りがいい。
私の身に衝撃が走ったのは、前髪をいじりながら、少し長くなってきたから侍女に切ってもらおうかしらと考えたときだった。
私は一瞬「なんで私は眼鏡をかけていないんだろう?」と違和感を抱き、そう思ったことに疑問が浮かぶ前にいきなり走馬灯のように映像が思い浮かんだのである。
『あー疲れた。何食べよう……カップラーメンでいいか。あっ、ビールビール』
私は、私の名前は――***だ。
仕事から帰ったらもう午後9時過ぎで、食事作るのが面倒だったからストックしてあった即席ラーメンを食べて、ラーメンを食べてたら眼鏡が曇ったから外して、前髪が邪魔だから風呂に入ったときに適当に切ろうと思ったのに、風呂から出たときに忘れたことに気づいて前髪をいじりながら明日切ろうと考えた。
そのあと私はいつもの日課の乙女ゲーをやって……ひたすらヒロインに健気な選択肢を選ばせて……本命の聖騎士の攻略に必死になって……その後が思い出せない。
「ちょっと待って、私の名前はエドウィーナ……」
どっかで聞いたことがある。うんうんと唸って思い出そうとするが、駄目だ、全然思い出せない。
それより私はどうしてしまったのだろうと自分の手を見つめた。***からしたらかなり小さい手だが、8年間エドウィーナとして生きてきて完全に馴染んでいるので、ちぐはぐさは感じない。奇妙な感覚だ。
言ってしまえば一番変なのは前世の記憶っぽいものがある自分だが、私は『やった、これ人生楽勝じゃない?』と楽観した。だって8歳にしてそれなりに人生経験があって、今の世界では知り得なさそうなことも知っているのだ。これは勝つる。
そう思っていた時期が私にもありました。ほんの1時間ぐらい。
今世の私は大層兄弟に嫌われていた。
兄は私の2つ上の10歳、弟は2つ下の6歳。私は我が儘放題に生きてきたからそのとばっちりが全て兄と弟に行っていたのである。
それはもう色々やらかしている。兄専属だった有能な家庭教師の先生が格好よかったから我が儘を言って私付きしてもらったにもかかわらず、勉強は嫌だからとサボり続けたり、弟の誕生日に自分が主役じゃないのが悔しくて、食事中にダダをこねて私へのプレゼントを取り寄せてもらったり。そら嫌いになるわ。
それにしても、6歳児に虫けらを見るような目を向けられる8歳児って……。
私は前世の記憶が蘇った日から、兄弟との信頼回復に全力を尽くした。
「お兄様、お勉強を教えてください。この国のことが知りたいのです」
「一体今度は何を企んでいるんだ? どうせわからないんだから無駄なことはやめておけ」
リュシアンお兄様には温度のない目で言い捨てられ相手にされず、
「ユリシス、一緒に遊びましょう」
「そう言ってまた僕のおもちゃを取っていくつもりでしょう。ぜったいに嫌です!」
弟には全力で拒絶されても。
いくら嫌がられ逃げられても私は追い掛け回した。むしろそれしかしない勢いだった。
その甲斐あって、今では仲の良い兄妹関係を築けている、と思う。関係修復には1年かかったが。