第19話「生活と出会」
この世界の商業施設は個人商店が主だ。
大小様々な大きさの店舗があるが大抵は一軒家で家族経営をしている。
唯一違うのは奴隷商だ。
この世界の魔族の奴隷商は後ろめたい職業ではない。
一級奴隷に対しては職業斡旋、二級奴隷であってもあくまで斡旋するだけで奴隷商がさらってくるわけじゃない。
恨まれることがないわけではないが恨まれてもそれは多くの場合逆恨みだ。
とはいえいい印象はない。
そのため奴隷商だけは他の商店とは離されそれだけを集めたブロックが存在する。
今回召使を雇うならばそこに行くのがいいとされている。
ぜひ雇わなければいけない
この三日間で俺はそれを痛感した。
共同生活は本当に自分たちで全てをこなさなければいけなかった。
掃除はまだ良かった。
みんな床を掃くくらいはできたのだ、完璧ではなかったが…
洗濯もとりあえず水洗いだけだった
最悪なのは食事だ。
シルーの召使やリンさん、ハティのメイド・ノグレーさんを含め
9人いる中で料理ができたのは3人だけだった。
能力なしの俺とシルーの召使オディナーーハーフエルフの妙齢の女性ーーは初歩的な簡単料理を、ノグレーさんはまかない料理を作っていた経験があるようでそれなりの料理技術だ。
後のメンバーはひどいものだった。
王女であるハティや貴族のシルーは当然できないとは思っていたが、貴族らしさを感じさせないリリ、俺と同じ庶民であるネーヴェとヴィスも料理の腕はからっきしだった。
やる気すらないシルーやリリ、やる気はあるものの何をすればいいのかがわからないハティとネーヴェ、一番厄介なのができないのにやる気だけはあるヴィスだ。
王女様はスープ用の野菜を切る姿が危険すぎてノグレーさんに止められ、ネーヴェは材料を持ったまま固まっていた。
そして、美少女剣士ヴィスちゃんは佩刀していた鉄剣で夕食用に買ってきた肉を机ごと真っ二つにしてくれた。
え、リンさんは何をしてたかって?
そりゃあ知識はあるけど全て病院のベッドの上での知識しか知らないのだから実際にできるはずもなく…
唯一自信を持って作れるのは餅だそうです
病院のお正月に毎年餅つきをしてて元気な時は杵を持してもらったりしたらしい。
自信満々に教えてくれたがこの世界に餅米がなかった。少なくとも人族領には。
残念!
もちろん創造の魔眼を使えば誰よりも美味しく作れる自信はある。
しかしもしそれで作り出したら毎食俺が作らざるを得なくなる
リリなんかモロそれ狙いで一切手伝わない姿勢を貫いている。
そんなのは面倒すぎる。毎日交代くらいが妥協点だろう
現在はハティにご飯を食べさせるためにノグレーさんが頑張っているおかげで俺たちの負担はだいぶ軽い。
いつまでもそれでは問題だろう。
現にノグレーさんがハティの世話まで手が回らなくなり始めている。
そろそろ召使を雇うお時間だ
一週間が経ち来週から教練を始めるとフロウルさんが来た。
俺、ネーヴェ、ヴィスを呼び集めると小さな皮袋をくれた
その中には250ルノーが入っていた。
この世界の貨幣制度は硬貨を用い、100ミルノーで1ルノー、100ルノーで1メルノーといった形だ。
現代日本の金額に換算すると1ミルノーが10円くらいといったところで今回の250ルノーというのは日本円でいう25万円くらいの大金だ。
これを使って召使を雇えというのか…
「一級奴隷ならその額で雇えるでしょう。雇ったのちの給金についてはある程度はこちらで負担いたします。おそらく二級奴隷を買うには少ないと思います。罷り間違っても素性の知れない犯罪奴隷などは買わないでください。身の回りの世話をさせるのももちろんですが戦闘もできる方が良いですな」
この場合に話しかけられているのは俺、ネーヴェ、ヴィスの三人なんだろう。
ネーヴェはすぐにフロウルさんに話をしに行った。
「私は知り合いの方を雇いたいのです。お父様が話を通していると思うのですが?もちろんこのお金もお返しします」
「ああ、宰相殿からお話しは伺っていますよ。それでは雇用なさるのはヴィス殿とルース殿のお二人で相違ありませんね。そちらをお使いください」
俺とヴィスに皮袋に入ったお金を渡されている。
ずっしりと重い皮袋に入ってる250ルノーもの大金は地球でも持ったことはなかった。
ルノーは地球にはないので25万のことだが…
「急に言われても困るでしょうからオロールの店へ案内状を書きましょう。奴隷商が多いブロックでも特に信頼の置ける店ですよ」
身の回りの世話をする召使と考えると雇用せざるを得ないんだろうな。
でも俺としては身の回りの世話より戦闘力重視で選びたい。
料理はできるしそれ以外のことだって冒険していた頃は自分でしていた。
だから、いらないといえばいらないが全員が生活を同じ屋根の下で過ごすと考えるとそう言う仕事専門の人がいた方がいい。
俺は自分にそう言い聞かせ奴隷商の元に行くことを決めた。
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俺たちの住む洋館から街までは馬を使わなければ半日以上かかってしまう。
そこで厩には二頭の馬が繋がれている
いつもは街に食料を買付に行く時に利用している馬だが、乗れるのは俺、ヴィス、オディナさん、ノグレーさんと意外なところでリンさんだけだ。
とは言っても買付に行くメンバーはすでに固定され、俺とリンさんペアかオディナさんノグレーさんペアでローテーションしている。
なぜヴィスがそのメンツから外れているのかというとある事件に起因する。
二回目の買付の時馬に乗れるメンバーで話し合いヴィスとリンさんで行くことになった。
ヴィスは街に行くとリンさんにこう言った。
「アタシが一人で行ってくるよ。あんたのその鎧は目立ちすぎるからな」
そういうとヴィスは三日分の食料費を持つと街中に駆けていった。
リンさんは何も考えず馬の留守番をすることにしたらしい。
そこまでは気の利いた話だがヴィスの買ってきたものが問題だった。
肉を5キロ弱買ってきた
軽く言うが一般にバーベキューで女性が食べる肉が200gが目安とされている。
現在教師陣はいないので洋館にいる人数は9人
保存設備も整っていなければ、保存食の作り方も知らないところに肉だけ買ってこられても困るとかいうレベルではなかった。
なんとか創造で干し肉にしたから無駄にはならなかったもののヴィスに反省の色は見られなかった。
「アタシの家では兄貴達とこれくらいペロッと食べるぞ?」
多分この家系は脳みそも筋肉で出来ているんだろう。
そうに違いない。
満場一致でヴィスは買付係から外された。
本人は不満げだったが買付の時以外でも馬に乗っていいと言われるとすぐに納得してしまった。
単純なやつでよかった。
そんなヴィスと二人で街の奴隷商の元へ召使を探しに行く。
王宮までは転移陣を使い、そこから馬に乗って街まで行く。
二人とも馬に乗れるので街までポッカポッカとゆっくりと向かった。
「お前はどんな召使を雇うつもりなんだ?腰抜け」
「はあ?誰が腰抜けだ。俺は戦闘向きの男を雇うつもりだ。そういうヴィスはどうなんだ?」
「私も戦えるやつがいいな。ところでなんで戦えるやつを召使にするんだ?」
「はあ、それすらわかってないのかよ。ヴィスは家事のできるやつを雇うべきだろ?俺は自分の身を守るために戦闘を任せられるようなやつを雇いたい」
「なるほどな。アタシは料理はできないからな…それもいいかもしれない。でも、強いやつがいいなぁ。一緒に稽古したいし」
この脳筋剣士の中で重要度は完全に戦闘力が一番になっている。
それのしわ寄せを食らうのは他のメンバーなんだから俺が選考に手を加えて誘導することにしよう。
街につき入り口にある馬屋に乗ってきた馬を預ける。
奴隷商の多いブロックは今いる入り口から東に少し歩いたところにあることを門番から聞き、まだ馬の鼻先を撫でていたヴィスに声をかけ出発する。
「腰抜けはなんで剣を持っていないんだ?」
歩いている途中にヴィスは声をかけてくる。
俺のことをいつまで腰抜けと呼ぶつもりなんだろうか。
だんだん腹が立ってくる
そろそろお灸をすえるべきか?
「腰抜けじゃない、ルースだ。俺は魔法の方が得意だから剣は持たないことにしている。それに一応ナイフは持っている」
今の俺の装備はいつもの地味なシャツにゆったりしたズボン。その上にベストを羽織りその胸の部分に比翼の木杖を持っている。父さんからもらったナイフは腰の後ろにつけている。
「ふーん、だけどお前はシエラ姉に勝ったんだろ?十分強いじゃねえか、早く私と勝負しろよ」
腰抜けからお前にクラスアップしたぞ
やったね!
こいつにはいずれお仕置きが必要だな
そういうヴィスの格好は鮮やかな紅色のチュニックに黒い動きやすそうなズボンだ。腰には身長に合わせた長さの剣をさげている。
「勝負はしない。面倒だし俺には旨みがない」
「あるだろう。このノッカヴィス様と手合わせできるんだぞ」
本当に脳みそが筋肉で出来てる相手とお話しするのは大変だ
「ヴィスはシエラリーオさんより弱いんだろう。それじゃ意味ないよ」
「ふっふっふ、私には奥の手があるからな。道場でのルールでやったらシエラ姉には勝てないが、なんでもありなら誰にも負けん!もちろんお前にもだ!」
あー…多分不死身の魔眼が奥の手なんだろうな
それが手合わせしたくない理由の一つなんだが、もし俺が実力で勝っても負けず嫌いが発動して魔眼を使っての戦闘になるだろう
知ってるこっちが本気を出せば手段としてはえげつないが抉り取ってしまえばこっちの勝ちだ。
だがそんなえげつないことをしてまで勝ちたいとは思わない。
「はいはい、俺の負けでいいよ。はい、負け〜。すごいなぁノッカヴィス様は」
完全に煽っている態度だがちょうどよく『オロールの店』という看板が見えてきた。
「よし、ヴィス。この店だ。入ろうか」
わなわなと肩を震わすヴィスを店内へと引っ張りこもうとしているとマッキーの念話が聞こえてきた。
《ルース、この店から三軒奥だ。また声が聞こえたぞ!》
《わかった。とりあえずここの主人に挨拶したらそこに向かおう》
《うむ、それがいい。しかしこの声は誰の声なんだろうな》
《さあな、天魔に声を聞かせるんだからよほど偉い奴に違いない》
まあ俺はそんなことをできる存在を二人ばかり知っているが
オロールの店はいたって普通の、普通をよく知らないが健全な奴隷商だった。
店の一階には一級奴隷が椅子に座っていた。その奥には明らかに店主然した中肉中背の中年が立っていた。
この人たちが本来俺たちが雇うと予想されているんだろうが違う店なのでまだわからない。
紹介状を渡すと中年店主はにっこりと笑った。いかにも商売用の笑顔な気がしないでもない。
「ようこそ!私が店主のオロールと申します。フロウル様からのご紹介ですのでお安くしときますよ。」
せっかくの申し出断るのは申し訳ないが俺の目標は三軒隣にある。
「他のお店も見て回ってみますね」
俺のできる一番の愛想よい顔で店の外に出る。
三軒隣はオロールの店に比べるとどこか薄汚い店だった
後ろにはなぜかヴィスがついてきている。
店内に入ると突然何かが飛び出してきた。
グインと伸びるゴムのように。
顔を上げると薄い水色の髪をワイルドに後ろで縛った中性的な長身男性が俺を覗き込んでいた。
「あなたが英雄様ですね。オレを買ってください」




