第15話「脱出と確認」
あの事件から一週間とちょっとが過ぎた。
俺はなんとかマッキーの体に封印してしまった天魔との間に契約を結んだ。一週間もヒッキーした理由の半分以上はこれのせいだ。
その約束はたったの二つだ。
一つ、人前でむやみに喋らないこと
二つ、俺の言うことはできる限り聞くこと
これだけだが一つ目はほとんどないに等しい。なんと天魔という種族は念話に近いものを使える。しかし普通の念話と違い幾つかの問題を抱えている。一つは一方通行だということだ。
あいつから俺に話しかけることはできても俺からあいつに話しかけることはできないという意外と不便なものだ。厄介なのはあちらから繋ぎつづげられるということで、俺にはつなぐこともできなければ切ることもできない。つまり、あいつの興味が尽きるまで繋ぎつづげられるということとなる。
これがひたすらにうるさい。部屋の中で俺の能力なんかを聞いて聞いていた頃もだったが天魔の好奇心は部屋を出た途端半端なものじゃなかった。
とにかく目に付いたものについて質問してくる。後で聞くと天魔は生まれてきて戦い方以外は何も知らないそうだ。魔族だろうが人族だろうが殺すことしか考えていなかったそうだ。ゆえに初めて入る家というものに、その中にあるものすべてに興味津々なわけだ。
《なあルース、あの綺麗な黒髪の女性は誰だ?母上か?あまり似ておらんな》
《違う。あれはメイドのユフィンさん。母さんは下にでもいると思うけど》
部屋から出て第一声がこれという具合で本当になんでも聞きまくってくる
《ほほぅ。つまり下の階にいる風の魔力が母上というわけか》
この恐ろしく正確な探知能力はほとんど唯一残った天魔の頃からの能力だ。俺自身が探知魔法が苦手なこともあってこの点だけでは勝てなそうだ。ちなみに苦手な理由は魔法陣との相性の悪さだ。探知範囲をすべて魔法陣で囲えばいいが燃費と発動速度の問題からあまり得意ではない
《多分そうだよ。肩から動くなよ》
《わかってる。人前では喋らない、肩から降りないだったな》
《そゆこと》
突然ヒッキー脱出した俺を見てユフィンさんが驚いた顔をしている。
「ルース様お身体は大丈夫ですか?」
《様呼びされるとは随分と偉いお方なのね》
《うるさい》
「心配かけてすいませんでした。大丈夫です」
「食事もなさっていたのですか?」
一週間ヒッキーしていた子供にしては血色が悪くない俺を見て不思議そうな顔をしている。
《お前は魔眼のことを教えていないの?》
《ああ、色々と面倒が起きそうで》
「持ち込んだお菓子とか食べてたから大丈夫だったよ」
「とにかくフース様たちとお話ししてください」
そう言うとユフィンは階下へと降りて行った。
このあと自分の魔眼について説明することを考えるとかなり憂鬱だったが馴染み子になる決心をきめた今隠すことは何もない……肩のこいつ以外は。
一週間に1日だけある休みの日でもないのに父さんも一回で待っていた。説明するの回数が減ると考えたらマシか…そう考えよう。
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ひとしきりの説明が終わると俺は一息ついた。転生者であるということは伝えなかったが魔眼についてはすべてを話した。
母さんはいつもと同じ微笑みを崩さず
「そんなにいっぱい持ってたのね〜!やっぱり私とあなたの子だわ!」
嬉しそうに父さんの腕に抱きついていた。一方で父さんは目を閉じ何かを考え込んでいた。
「ルース、お前はこれまでの稽古で魔眼を使っていたか?」
この質問は予想してなかった。確かに4歳になってから毎日父さんの稽古を朝一で受けているが、いつも魔眼も何も使用せず行っていた。それは自力を鍛えるためだ。そのことをわかってくれるといいが…
「使ってないよ」
「ふむ〜流石俺の子だ。魔眼なしであれだけやれるなら、今日からはもっときつくして大丈夫だな」
あれれ〜おっかしいな〜。こっちの心配と違うベクトルで話が進んでる気がする。
正直これまでの稽古では軽い実戦をしだしたあたりから能力的にギリギリだったんだが、それからさらにきつくなるってどういうことだよ。
剣を使った訓練をしだした頃は勇者転生の経験が役に立ってそこそこ戦えていたがいつのまにかそんな余裕はなくなってしまった。
そんな稽古がこれ以上きつくなる?嘘だろ?
「心配するな、少しずつ慣らしていくぞ。よし!思い立ったが吉日だ。今から始めるぞ」
俺の複雑な表情をどう読み取ったのか父さんはすでに席を立ち玄関に置かれた稽古用の木剣の方へ歩き出している。
ストッパーになり得るのは母さんだけだ。期待してそちらを見るが…
「お昼ご飯までには終わってね」
「わっはっはっは、もちろんだ」
無情にも逃げ道は塞がれてしまった。
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「さあ、魔眼を使って打ち込んでこい!」
父さんの稽古はとにかく打ち込ませることから始まる。打ち込ませるといってもただ打ち込ませるわけではない。最初は父さんの構えた木剣に叩きつけるだけだったが、最近は適当に打ち込むとカウンターを打ってきたり、簡単にかわされ背中に打ち込んできたりと生半可な攻撃は通じない。
天魔と戦っていた時でも強力の身体能力20倍までしか使っていなかった。いくら父さんが強いといってもいきなり20倍はまずいような…
とりあえず5倍だ。俺は木剣を上段に構え飛び上がると同時に頭めがけて打ち込んだ。
失敗だ。
父さんは自分の木剣で切り上げた。おそらく俺が魔眼を使用すると聞いて本気を出したのだろう、念のため発動させておいた神速がなければ片手は失っているであろう一撃だった。
すぐに20倍に引き上げた筋力でその切り上げを防ぐ。如何せんこちらが空中であることも災いして一撃に耐えることはできず吹き飛ばされる。これが実戦なら父さんは余裕を持って着地した瞬間の俺を襲うのだろう。
「この程度か?そこそこだな」
流石に悔しい。両親にも誰にもこれが天帝の神眼と地帝の魔眼だとは教えてはいないのでただの魔眼と思われても仕方はないのだが、それゆえに侮られたままというわけにはいかない。
まだ数度しか使ったことのない50倍に引き上げる。
さっきの失敗から考えて父さんの反応の速さは尋常ではないし体重差は覆しようがない。そうなると隙をつくしかないだろう。
一度のフェイントを入れて後ろにつく。幸い父さんの目線は追いついていない。俺は横薙ぎに剣を振る。
「なかなかやるな」
人外すぎるだろうこの父親は!
なんで完全に後ろを取っていた俺に反応できるんだよ!
しかし吹っ飛ばされた前回とは違い振り返りざまの一撃を受け止めることができた。
「これだけできるなら馴染み子の試験の頃には近衛騎士団に入れるほど強くなれるぞ!わっはっは、流石はオレとルミノの子だな」
そのあとのことはよく覚えていない。
必死に剣を振るっていたところまでは記憶がはっきりとしているが気づいたらお昼ご飯を食べ終わっていて覚えのない青あざが幾つか出来ていた。回帰ですぐ直せたから問題はなかったが……
それからの父さんとの稽古は熾烈を極めた。
父さんは一部の隙もなかった。いかなるフェイントを重ねても最後には対応されてしまった。その化け物じみた反応速度は魔眼を使っている俺ですら恐怖を覚える速度だった。
それに対応しようと努力しているうちに自然と100倍強力まで使わざるを得なくなった。それでも一太刀すら入れられない父さんに畏怖を覚えつつも稽古は続いた。そして内容は徐々に難しくなっていった。
最初の頃は一太刀にすべてをかける訓練だったが徐々に切り結ぶ時間は長くなっていった。父さんの、メインとする武器は槍であるにもかかわらずまるでそれが体の一部であるように木剣を振るった。
稽古が厳しくなったのちも魔術学校での授業も復活し早朝に父さんと稽古
そのあとにリリとエストーラさんと魔法の練習それをずっと見ていたマッキー(仮)は
《お前は何か罪でも犯したのか?》
と心配されるほどの忙しさだった。そんなマッキー(仮)とリリの邂逅はなかなかに面白いものだった。
「ルース、そのネズミ生きてたの?」
「ああ、中に入ってるのは天魔だがな」
「それってダメじゃない!早く捨ててきなさい!」
捨てるのもまずいと思うが
「なんだ小娘。私を捨てろというのか?」
「落ち着けリリ。こいつは探知能力以外はネズミだ!恐れる必要すらない!」
そんな俺の言葉にどこか呆れたような表情を俺に向けながらリリは話しかけてくる。
「あんたは自分のペットの体を仇に奪われて悔しくないの?中身は敵だったのよ!?」
リリの言いたいことは痛いほどわかるだけど…
「マッキーが動いてることが俺には嬉しいんだ。リリが納得できないのもわかるけど…」
「リトリカ嬢、私からも弁明させてくれ。渡したり天魔は生まれてからずっと他の命を奪うことしか頭になかったのだ。マッキー殿の命を奪ったことは本当に自らの本能従った結果だったのだ。今更後悔しても仕方ないがそれしか知らなかったのだ。今ではルースに教えられて世界の美しさを知った、世界のなんたるかを知った、自分の小ささに気付いた。申し訳ないというだけで済むことではないことだってわかっている。だけどそれでもまだ生きたいと思ってしまったのだ。この体で頭を下げても気持ちは通じないかもしれない、だがルースのこれからを、生き様を見たいと思ってしまたのだ。許されなくともいい、だがどうか同行する許可だけでもいただけないだろうか?」
ここまで天魔が考えの回るやつだとは知らなかった。俺の部屋で過ごしていた時はただひたすらの自分の好奇心を満たすだけが存在理由だと思っているのかと思ったがそんなことはなかった。考えた上でそれを相手に伝えるだけの能力はあるようだ。そんなことを考えているのは俺だけではないようでリリも鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしていた。
「でも…でも……ルースはそれでいいの?」
リリは驚いた表情から少し悲しそうな表情へ変わり俺へと質問してきた。
「俺も最初は気に食わなかった。でもな、マッキーが動いているというだけで嬉しいんだ。おかしいのかもしれないが死んでしまったマッキーのことは忘れない、だけどこいつだって生きているんだ。だからこいつを助けたい。ダメかな?」
リリは俺に対して流されやすいところがある。こんな聞き方をすれば否定してこないのは分かりっている。経験則というやつだ。
「うぅ……仕方ないわね。黙っといたげる」
「ありがとう、リリ」
リリは苦笑するといつものように練習場へ行く準備を始めた。
この優しさが心地いい。
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「そろそろ馴染み子対策をするわね」
久しぶりに学校へ行くと唐突にエストーラさんが声を上げた。
「馴染み子対策って何ですか?」
「なにそれ?ママ」
「まずリトリカは馴染み子に内定していると言ってもいいわ。だから試験では魔法が撃てればほぼ合格よ。今まで通り練度を上げるようにしなさい。ルースくんはフースに稽古をつけてもらってるんでしょ?魔法も魔法陣で撃てばいけるし問題は歴史のテストよ。実際のところどう?」
「ルースはいっぱい本読んでるから大丈夫よ!」
なぜか俺ではなくリリが自信満々に返事をする。
なんでお前が答えるんだ…
「そうよね、ルースくんはリリなんかよりずっといっぱい本読んでるもんね」
「ぐっ」
「まあ歴史のテストだったら自信あるんで大丈夫ですよ」
「さすがルースくんね。リリももっと勉強しなさい」
「私だって知ってるもん。エルフの楽園の話とか竜人の話とか知ってるもん」
それは俺の教えた話だろうがこいつめ
「はいはいルースくんに教えてもらったって嬉しそうに話してくれたのは誰だったかしらね」
「もうママ!内緒って言ったじゃない!」
リリはポカポカとエストーラさんを殴ってはいるが全く気にしていない。
ついにそんな時期か
試験について考えるなんて1年前の俺は考えていなかったな
1年前はひたすら静かに暮らすことを考えていたのに見事にリトリカに絆されてしまった。
エストーラさん曰く馴染み子の試験はだいたい1ヶ月後らしい。
なぜ”らしい”なのかというと馴染み子というのは名称自体が非公式なもので選抜をしこそすれ職業ではない。つまり、乳母子に近いものなので王宮に泊まり込む友達という扱いだ。
ゆえにあくまで前々から予定されていたわけではないというスタンスで試験をおこなうのだそうだ。
その試験は四日に分けて行われ一日目は武術、内容は騎士団員相手に一本勝負一本勝負をさせられるそうだ。二日目は魔術、内容は実際に魔法を撃つというもの。三日目は歴史のテスト、四日目は側近枠の試験だそうだ。
歴史のテストの内容は言わずもがなだが側近枠のテストはエストーラさんにもわからないらしく対策の取りようがないと言われてしまった。
評価は全体の合計なのでそのテストでよほど悪い成績を取らない限り受かるだろうとエストーラさんは言っていた。
これだけのステータスで受からないときはリリの方が受からないだろうしゆっくり構えておくか。




