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第13話「戦闘」

まさか自分が当事者になるとは思わなかった。

心のどこかでリトリカが天魔を殺したのは実は噂にすぎず本当は出会ってすらいないんじゃないかって疑っていた。

リリのスペックを見てからこいつが倒したなんて、とさらに信じなくなっていた。

でも今目の前にいるのは天魔だ。

鑑定ジャッジをした結果が全てを物語っている


名前:天魔

レベル:

性別:

体力:

筋力:

魔力:

敏捷性:

精神力:

耐久:

抗力:

特殊:


なんだよこれ

ステータスが見れないなんて……

自分より高位の鑑定能力を持つ相手のステータスは見れないとかエストーラさんが言っていたしそれか?

これじゃあ相手の強さがつかめない。

マッキーは精一杯威嚇している。少しうるさい。

一応リリにも伝えるか…


「天魔だ」

「はっ?」

「こいつが天魔だ。気をつけろ」


リリは納得がいったのかどうなのかわからないが呆然としていた。確かに突然『これは天魔です』なんて言われたら誰だって困る、俺だってそうなるだろう。


いやしかし、ここで焦ってしまうのは二流以下の冒険者だ。勇者転生でベテラン冒険者以上の経験を持つ俺の導き出した解答としては、ここは静観の後に逃げの一手だ。無論、これまでと違い優秀な鑑定能力もあるので静観も必要ないが…

まあ、孫子も言ってたが「敵を知り己を知れば百戦危うからず」ってヤツだ

ここで戦うのは危険すぎるし、かといってすぐに背中を見せるのも危険だ。こういう野生の強者ってやつは逃げ惑う弱者に対しては容赦なく攻めてくる。ゆえに落ち着いて『私はそんなに弱くないけどここは引いてやるよ』という余裕を見せつつ逃げるのだ。ほとんどの強敵からはこれで逃げられた、ほとんどな…

そんなことを考えながら目の端にリリを入れると完全に腰が引けている。

天魔だと伝えてからさらに腰が引けている。

だがそれが正しい

ここは逃げだ……


小声でリリに話しかける


「逃げるぞ、リリ」

「逃げるってどうやって?」

「どうにかして、だ。あっちのステータスが読めないんだ。そんなヤツとは戦わないに限る」


「ナニヲハナシテルノォ?ニガサナイワヨォ?」


しゃべったぁぁぁ!?

天魔って喋るのかよ!?

ねっとりとした声だがいまいち片言で喋るんだな

これは大発見だな、うん。

なんて落ち着いてる場合じゃない

でも会話してみたいという好奇心が勝ってしまう


「お前の名前はなんていうんだ?」


「ワタシニナマエハナイワ。タダイキモノコロス。ソレダケ」


生き物を殺す?天魔の行動理由は生物を殺すことにあるのか?


「なんで殺すんだ?」


「ワカラナイ。ケドコロス」


という言葉とともに天魔が何かを飛ばす。瞬間、神速アクセラレートの魔眼を発動させる。しかし少し俺の体からずれたところに魔力でできた矢が飛来する。


神速を発動させていいる俺からしても早く、目で追うのがやっとの矢は、俺を狙ったものではなかった。そう考えてしまったのが失敗だったのだろう。

俺の横を通り過ぎたその高速の矢は一瞬にして一つの命を奪った。これまでの短い人生で家族を除いて最も多くの時間を共に過ごした彼女の体を貫く様子を加速した俺の瞳はゆっくりと捉えた。彼女はついさっきまで上げていた声を失い地に伏せている。


「うそだろ…おい…おいっ……」


俺は彼女の体を抱き上げる。

目の前に「天魔」という生態系における強者、少なくとも考えなしに目を切ることすら本来は生命の危機に直結する相手を前にしているのに、彼は即座に彼女の体を抱き上げる。

そして、彼女の命が失われたことをその手に感じる。

俺に尽くせる手段は自らの持つ魔眼「回帰リボルブ」…致命傷レベルなら瞬く間に快癒させるその能力で突き刺さった矢傷は消える。

消えた箇所はまるで何事もなかったように元あった姿に戻った。しかしそれは傷が治っただけ。入れ物は治ったが中身はすでにない。失われた命は戻らない。


この時、ルースは生まれて初めて、正確に言えば魔族に転生して初めて敵を害する覚悟を決めた。


今後平穏な生活が、生命が続かないかもしれないという確信と共に。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


リトリカにとってルースは弟弟子ではあったが、性格は理知的で大人びた冷静なものであると考えていた。常々ネズミを可愛がっていることを除けば、同い年ながらも自分より年上なのではないかとすら思うほどに。


そのルースは今危険な戦いに身を置こうとしている。


さっき自分で「戦わないに限る」なんて言ってたじゃない。気でも狂ったの?流石にルースが同年代、いやそこらの魔術師なんかよりずっと実力があると言っても、親が守護隊長で稀代の武勇の持ち主だとしても相手が悪すぎる。だって天魔はパパもママも倒すのは一人で倒すのは無理だって言ってたのよ!?ああもう、腰のナイフを抜き取ったわ。戦う気満々よ?

絶対にダメ!あんたは私と馴染み子にならなくちゃなんだから……


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ルースの頭の中は神速アクセラレートを発動させていることを加味しても、驚くほど澄み渡っていた。

目の前で無二の親友を殺され、普通ならばわめき散らし逃げ回るか、無策に突っ込むような考えなしの行動を取ってもおかしくないのに、冷静に相手の隙を探る落ち着きは勇者転生時代の経験値によるものだろう。


父から譲り受けたククリナイフを逆手に構え、観察オブザーブ神速アクセラレート強力マイティを常時発動し天魔を観察する。


天魔は一撃で一人の命を奪ったことが嬉しいのかはわからないが、ニタリと気持ちの悪い笑みをその顔に浮かべている。


天魔とルースは互いに動かない。


じんわりとこの世のものと思えない禍々しい魔力が流れる。天魔は余裕をかましている。まさに慢心、生まれながらにして強者である自覚があるのかそれはわからないが、漂う魔力がそれを感じさせる。


先に動いたのはルースだった。


神速アクセラレート強力マイティで強化されたルースのスピードは並の騎士ならば目で追うのがやっとのスピードで天魔の首筋を狙う。天魔が首を切られて死ぬのかは知らなかったが、冒険をしていた時の経験則で野生動物は首をとれば即死するという確信からナイフを振る。


天魔は動かずその刃を首で受ける。ルースは違和感を覚えながらも振り切らざるを得ない。途中で止めるなどという選択肢はもとより存在しないからだ。


研ぎ澄まされた刃は天魔の首筋を切りつけた。しかし、まるで知覚していないかのように丸太のような腕を横になぐ。人知を超えた一撃であっても天帝と地帝から譲り受けた魔眼は食らうことを許さない。全く傷のない天魔の首筋に驚愕しながら後ろに飛び退いたルースは後悔する。先に避難させるべき相手がいたことを失念していたからだ。自分だけならばちょっとやそっとでは傷つけられない自信がある。しかし、誰かを守りながら戦えるかと言われれば答えはノーだ。


どうするか、選択肢はもはやないに等しい体術が効かないなら魔術で攻撃するしかないのだ。


「【鎖縛バインド】」


天魔の足元に魔法陣が生成され鎖がからだに巻きつく。


「ナァニコレ?ジャマ」


暴れても鎖は外れない。思いつく限りの最大魔法をぶつける。


「【炎嵐ファイアストーム】」


上級の火魔法炎属性と風魔法疾風属性の混成魔法だ。かなり昔からある攻撃魔法だ。吹きすさぶ風は高熱触ればやけどでは済まず、台風の目にあたる部分はさながら小規模な真空炉になる。少しはダメージ入ってくれよ


距離があっても顔を背けたくなるような嵐が収まり敵の様子を見る。

天魔は外皮が焼けただれピクリとも動かない。

しかしその様子を見てもルースは一切油断しない。なぜなら観察オブザーブによって回復中であることがわかっているからだ。

じゅくじゅくと焼け爛れた皮膚がみるみるうちに回復していく。

こうなったら知っている限りの魔法を使ってやる!


「【爆雷サンダーボム】」

「【溶霧メルティミスト】」

「【砂嵐サンドストーム】」

「【泥流マッドストリーム】」

「【炎槍ファイアランス】」


順に爆発属性と雷属性、溶岩属性と霧属性、砂属性と疾風属性、泥属性と流水属性、炎属性と荊属性の混成魔法だ。天魔はその場を一ミリも動かず魔法を受け止め続けている。聞いているかを確認する間も無く俺は魔法を撃ち続ける。


思いつく限りの魔法を撃ち尽くし土煙がもうもうと立ち込める立ち込める。徐々に土煙が晴れていくとそこにはさっきと同じように回復し始めた天魔の姿が見えてくる。


ジリ貧だ。

こちらの魔法は効いてはいるが即座に回復してしまう。

これが天魔の強さか。今は相手さんが攻めてこないからまだいい。

わかっている攻撃手段が単純な物理攻撃しか見せていないが漂う魔力はとてつもないことからおそらく魔法も使えるだろう

なにか打開策がないと追い詰められていくだけだ

くそっ、俺は仇も討たなきゃいけないのに


「【土壁ウォール】」


天魔を四角く囲むように土壁を生み出す。さらに


「【氷塊アイスブロック】」


氷で周りを固める。これでしばらく時間を稼げる。


「リリ、天魔を倒す方法は?なんか知らないか?」

「知らないわよ!今の内に逃げるわよっ!」

「だめだ!あいつを倒さなきゃマッキーの仇が討てない」

「…でも……あんたの魔法も効かないんでしょ…どうすんのよ?」


リリの言う通りだ。頭ではわかっていてもどうしても納得できない自分がいる。

悔しさのあまり歯ぎしりしてしまっていることに気づき、リリを見ると心配そうな顔でこちらを覗き込んでいる。

そんなにひどい顔をしているのだろうか


「…ママが前に寝るときに話してくれたんだけど大昔の魔王様は『封魔の剣』で倒したって。でも、ただの昔話だし剣もないでしょ?だから逃げよう?」


リリがくれた情報は何か引っかかるものがあった。もちろんここには剣はないし所詮は昔話だ。でもそれに関係するような話を俺は知っているはずだ……


ミシミシと音を上げ氷で封をされた土壁の棺が開いてゆく。力任せの解錠により天魔を覆っていた氷はバラバラに砕け散りあたり一面に散らばり輝く様はどこか美しい。


壁が砕け散ると同時に天魔は咆哮をあげる。その様にリトリカは完全に萎縮し腰が抜けてしまった。それを見逃さなかった天魔が氷の世界から大地を蹴り、その首を取りに一直線に飛び込んでくる。ルースもまた危機を察知しリトリカと天魔の間に割り込みナイフを構える。


天魔はこちらに近づくと同時に上から腕を振り下ろした。俺はナイフでどうにか受け流す。二撃目をかわすためにリリを片手で掴み後ろに投げ飛ばす。振り下ろした腕そのままに裏拳で振り上げる、仰け反って躱すと同時に力を込めて腕を切りつける。そのまま幾度も上体を滅多斬りにする。


「クスグッタイナァ。ネェ」


天魔は懐で切りつける俺にベアハッグするように抱きついてくる。しゃがんで足下に潜り込み腹部を蹴り上げ、その反動で後ろに転がり逃げる。いささか泥臭い避け方だがリリも俺も天魔から距離を取れた。あちらさんにすれば一歩もない距離だが、その一歩分が違いを分ける。不意打ちを警戒している今、危険なのは接近攻撃だけだ。俺がつけた傷はすでに回復し始めている。


「ルース、逃げよう?『帰ろう、帰ればまた来られる』って訓話があるって話してたじゃない。強くなってから倒せば……ね?」


リリは俺の話していた昔話を覚えていたようだ。それは古代の民族間戦争で敵軍に囲まれた砦を守っていた将が、多くの兵が突撃しようと提案する中、兵士と多くの民を守る為に砦を捨てるという判断を下したという話だ。結果1人の犠牲も出さず撤退に成功し勇気ある撤退劇として語り継がれた。さらにその将は見事砦も奪還して名将として名を馳せたそうだ。


こんな古代の訓話を覚えてるなんてリリも記憶力がいいな。

俺としては似たような話を転生前に聞いたことがあるが…

古代……そうか、古代の魔法陣だ!

家にあった本に書かれていた『封魔の魔法陣』なら聞くんじゃないか?

実験した時は対象が居なかったし観察(オブザーブ)も使いこなせていなかったはずだ。

これならきっと…


「【封魔(ロックイーヴィル)】」


……何も起こらない。

天魔は自らの足下に現れた新しい魔法陣からどのような魔法が発動するのか余裕をかまして待っている。

あれ?起死回生の一発じゃないの?

そのつもりだったんだけど?

とにかく観察(オブザーブ)してみよう


使用魔法:封魔ロックイーヴィル)

効果:悪魔系を対象とした封印魔法。器に一部魔法陣を書き込む。


器って何か封印する対象以外に物が必要なのか?その場にあるのは、手作りの杖、エストーラさんのくれた教科書くらいしか持っていない。とりあえず教科書に魔法陣の一部を書き込み発動させ様子を見る。

やはり、何も起こらない。

あまり使いたくはないが杖にも同様に書き込み発動させるもこちらも不発。

天魔はその様子を見ながらニタリと不気味に笑っている。こちらが撃つ魔法を受けきってから嬲り殺すためか一切動きを見せない。


器になる物は身につけていないようだ。

万事休すか?


「さっきから何してるのよルース?あんたも狂い始めたの?」

「封魔の魔法陣を思い出した。でもそれに必要な『器』ってのがわからない」

「普通、封印の器といえば肉体とかじゃないの?」


肉体?つまり生身の体に天魔を封印すんのか?


「それ、本気で言ってるのか?」

「そうよ、普通に考えればそうでしょ?あんたのネズミにでも封印すればいいじゃない」


こいつ何言ってるんだ?

マッキーに天魔を?

命を奪った相手をその身体に入れろと?


「怒らないで聞いて。もう手段はないでしょう?あんたも私も身体に天魔なんて封印されたくない。だったら、その子しかいないでしょ?残念だけど死んじゃってるんだし」


俺が怒っていることが読めたのか、リリは即座に言葉を繋ぐ。


心情的には全く理解出来ないが理屈はわかる。俺だって天魔を身体に入れたくはないし、既に死んでしまっているマッキーは器にちょうどいいのかもしれない。

だけど……それでいいのか?


「ルース、聞いて。時間がないのよ。今はあいつがあんたの魔法陣に興味を持ってるから攻めてこないけど、いつ興味を失うかわからない。『死んだ者より生きてる者』よ。今の私は守られてるから偉そうなこと言えないけど、判断を誤らないで!」


俺はリリのことを甘く見ていたのかもしれない。最初の授業で癇癪を起こしたことや魔法能力に特化したピーキーな特性からいつの間にか自分より下の相手だと考えていたのかもしれない。エストーラさんの授業でも得意の氷属性魔法くらいしか取り柄のないそこそこの魔法使いだとか、こんなステータスで天魔を倒せるのかなんて。リリだって成長しているのだ。さすがは将来の馴染み子様だ。


リリの言葉で目が覚めた俺は恭しくポケットからマッキーのご遺体を取り出し魔法陣を少し書く。そして再度天魔の足下に魔法陣を浮かび上がらせ発動させる。


「【封魔(ロックイーヴィル)】」


今度こそ発動した古代魔法陣は天魔の周りにガラスケースのような六角柱が現れ徐々に天魔の魔力を封じ込めていく。


「ナニコレ!?ワレナイ!ココカラダセェ!!」


だんだんと六角柱は小さくなっていき反対にマッキーに記した魔法陣は輝きを増していく。


「アアアアアァァァァァァ!!!!!」


一分もしないうちに天魔を囲っていた魔法陣は消え、いつの間にかマッキーの腹に地面に書いた魔法陣と同じものが浮かび上がっている。


「勝ったの?天魔倒したの?」

「あぁ、お前は何もしてねぇけどな」

「ルース、ごめんなさい」

「お前が謝ることじゃないだろ」


お互いに遠慮しあい会話は長くは続かない。というよりお互いが疲れ切っていた。俺はこの身体になって初めての命懸けの戦闘に、リリは災害との遭遇に。その後俺たちはなんとか街へとたどり着いた。


そこで待っていたのは王宮騎士団の天魔討伐隊だった。

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