第9話 「実験その2」
マッキーに実験をするにあたってまず鑑定をかけることにしてみた。
名前:マッキー:ルノーラントマウス
年齢:11ヶ月
レベル:8
性別:メス
体力:11
筋力:7
魔力:2
敏捷性:24
精神力:6
耐久:5
抗力:1
特殊:ルースのペット
いつの間にペットになったのだろうか?
それはいいとしてメスだったのか。全くわからなかった。
次に、遠隔の実験だ。
マッキーに向かい「遠隔」と唱えその場で回るように念じる。
マッキーはくるくるとその場で回る。
成功だ。
5秒ほど回ったあと、立ち止まり周りの匂いをヒクヒクと嗅ぎ周り始めた。
これは、能力の効果時間なのだろうか。数回の実験をしてみることにした。
幾つかの実験を経て遠隔についていくつかのことがわかった。
命令は重複させることができないこと、命令対象の能力を超える命令はできないこと、一回の命令は長くとも10秒しか持たないことがわかった。
とりあえず思いつくだけの実験を終わらせると、マッキーは俺に懐いていて指で頬を撫でるとすりすりと頭を俺の腕に擦り付けるほどだった。さらには、命令なしでも俺の言葉がわかるのか、名前を呼ぶと近づいてきたりもするようになった。
マッキーが思いの外なついたことで逃がすという考えはとうに消えていた。そうなると、いくらなついているからといって家の中でネズミを放し飼いというわけにはいかないだろう。
今こそ創造の魔眼の出番。
手頃なカゴでも作れば叱られることはないだろうと頭の中にカゴをイメージし唱える。
「創造」
しかし何も起こらない。
イメージがぼんやりしていたのか
もう一度だ。はっきりとカゴのイメージを持つ。直径は30㎝深さは15㎝。網の目は細かく、マッキーが逃げられないくらいのカゴをイメージする。
「創造」
しかし何も起こらない。
どうしたものか。過去の転生をしていた頃の「創造の魔眼」と呼ばれていたものは、念じることで魔力からアイテムを錬成する能力があったはずだ。つまり、俺の知っている「創造の魔眼」とはどうも違うらしい。
どうすれば良いのか。材料が必要なのだろうか。庭を見渡してもあるのは木の枝や、石だけだ。これらからできるものはあるだろうか?
悩んでいると魔力が多いという自分の特性を思い出した。魔法使いといえば、この世界であってもワンドやスタッフといった杖だ。この庭にある木の枝では、スタッフやメイスといったものは作れないだろうが、短めのワンドならばできるはずだ。
俺は庭に落ちている手頃な枝を取る。
今度こそは成功して欲しい。
「創造」
しかし何も起こらない。
何も起こらないが頭の中にワンドの作り方が浮かび上がる。
まるで、昔から知っていたかのように造作もなく木を加工することができる。もちろん道具も何もないので石を木に押しつけているだけのはずなのに、ボロボロと樹皮はめくれ思った通りの形へと削られていく。その様子は砂の中から化石を探すように、邪魔な砂を退けていくように、ただの木の枝はいつの間にか見事な一本のワンドへと形を変えた。
創造は魔力から生成する能力ではなく、作り出すプロセスを半自動的にすることのできる能力のようだ。つまり、イメージができて材料になるであろう物さえあれば自力で組み立てることができる能力のようだ。ついでに鑑定にかけてみよう。
名前:ルースの杖
特徴:クラスBのワンド。火・風魔法適性有。
クラスBか。よくわからないが低くはないのだろう。適性があるのも魔族にとってどれほどの希少性があるのかはわからない。人族の魔法具店では、中級者向けの武器に適性が付いているレベルだったはずだ。
これで創造の魔眼の使い方も分かったところで、マッキーのお家作りを再開しよう。
何本か木の枝を集めてカゴをイメージする。サクサクと作業を進め、樹皮と薄く剥がした木を編んでいく。ものの10分もしないうちに、イメージした通りのカゴが出来上がる。しばらくの間マッキーはこのカゴの中にいてもらおう。
目下の目標であるマッキーの住処問題は解決できたので、さらに実験を進めよう。
しかし、消失や吸収は唱えてみてもイマイチ効果を実感できない。というか、消失や吸収なんて恐ろしい名を冠する魔法陣にマッキーを犠牲にすることや、ましてや自分の手を突っ込むなんて勇気は俺にはない。
うーん、手詰まり感が否めない。
そういえば、鑑定と観察の違いが未だに不明だったことを思い出す。撫でているマッキーや自作のワンドやカゴを見ながら観察と唱えてみても何も見えてこない。いろいろと観察と唱えながら見て回るが今一つ効果を実感することはできない。
あまりに長く考えすぎて疲れた俺は庭の芝生に大の字に倒れこむ。
空を仰ぐと鳥らしきものが飛んでいるのが見える。鑑定では読み取ることができても、やはり観察には何も反応がない。
ぼーっと空を眺めていると、マッキーが胸のところに登ってくる。すりすりと頭を擦り付けて来る様子はとても可愛い。
やっぱり、動物はいいよな。素直だもん。
なんて考えていると、空中に、と言ってもかなり上空に紐?のようなものが飛んでいるのが見える。鑑定で見ると、フライサーペントというモンスターのようだ。そして観察を使うと、初めて視界に文字が浮かび上がった。
使用魔法:浮上
これは、あのフライサーペントが使っている魔法がわかるのか。効果までわかればかなりのものだが、そこまではいかないか。と心の中で悪態付くと、さらに文字が浮かび上がる。
効果:魔力を使用することで浮遊する。高度は練度に依存する。
なるほど。魔族の魔法には"練度"という概念があるのか。字面から見て使用回数などが影響するのだろうか。しかし、観察は魔法限定の鑑定といった感じの能力のようだ。さらに、詳しく知ろうとすれば、効果まで知ることができるとなればかなり優秀な能力だ。
これを使えば消失や吸収の効果も理解できそうだ。
さっそく消失と唱える。目の前に現れた魔法陣を観察を使い見てみると今回は最初から効果の説明付きで文字が浮かび上がる。
使用魔法:消失
効果:対象を別空間へと転移させる。使用者に限り別空間から取り出すことができる。生物不可。別空間内の時間進行は使用者側の百分の一。
消失は名前に反してストレージのような効果の能力らしい。これもかなり便利そうだ。
次は吸収だ。消失と同じようにすると文字が浮かび上がってきた。
使用魔法:吸収
効果:接触した魔法を魔力に還元する。規模に還元時間が比例する。練度により還元時間は短縮される。
こちらは魔法無効化といったところか。これはすべて使いこなせるようになればなかなかのチートなのでは?まあ、現状攻撃手段が乏しいのが難点だが、これだけ守れれば問題ない。
これまで人族に転生していた頃にはこんな恵まれた状態はなかった。あったところで、人より少し力が強かったり、加速などの低級の魔眼を持っていたりする程度だった。だが、今回はかなりチートってやつだ。
初めて転生した時には、自分の不遇を嘆いたものだ。そのときは、死んだ瞬間の記憶はなかったから最初は夢だと思っていたが、だんだんと状況を理解していくうちに自分の残念さを感じた。よくある転生物の小説やライトノベルでは、転生者はもれなくチート、もしくはハーレム、それでなくても前世の知識を駆使して無双するのが普通。それに比べ自分は、チートはなし、ハーレムも築けなければ、知識も中途半端で結果は知っていても過程を知らないから発明もできなかった。さらには、転生を繰り返していっても蓄積されるのは、失敗の記憶のみ。戦闘の知識は少しは蓄積されても、いずれ才能を持つものには追い抜かれる。そんなことを続けるうちに、俺はとにかく魔王を倒す為に鍛えることだけを目指した。しかし、いくら鍛えても種族の壁は越えることができずに魔王の顔を拝むことすらできなかった。
魔王の周りには1人の側近と四人の幹部がいた。それぞれがかなりの強さを誇り、どの転生の時もたいていの場合この5人のおかげで失敗していた。魔族の慣習がわかった今、あの魔王を守る5人が「馴染み子」なのだろう。もし俺が「馴染み子」になれば、魔王の身を守る為に戦うのか。それも立場逆転の形になって面白そうだが、正直言ってそんなものには興味がない。ただゆっくりと生活したい。何にも急かされずゆっくりと。そういう生活をする為にも実力をつけておくことは損はないだろう。魔力の適性があるのだから、それを伸ばすのが一番のはずだ。しばらくはこの魔眼を鍛えて実力を蓄えるのが目標といったところか。冒険も何もいらない、枯れた老人のような植物のような生活をおくろう。
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マッキーをカゴに入れ、コソコソと自分のベッドの下に、今日作ったワンドと一緒に隠す。
「静かに待ってろよ。」
遠隔も何もなしにマッキーに語りかけ、頭を撫でる。マッキーは指に頭を擦り付けてくる。
じゃれつくマッキーをカゴに入れ、自分は食卓に向かう。