第30話:我が逃走
おひさしぶりです^^
校舎は次々と派手な飾りで満たされていく。
青海高校文化祭、通称青海祭が着々と近づいているからである。
生徒達は忙しそうに、だが楽しそうに準備をすすめていた。
幾斗、武藤、山木戸も例外ではない。
彼らの場合は一般人よりも重い仕事をさせられていた。いわば生徒指導による喧嘩した罰である。
軽音部のライブ会場となる体育館のパイプ椅子1300席を出す仕事をたった3人でやらされることとなっていたというわけである。
「ダ・・・ダルすぎる・・・」
頭に鉄十時を浮かべた幾斗が怒りで震える手で椅子を持ち上げる。
幾斗や山木戸にくらべればぜんぜんたいした傷のない武藤はいつもの軽い微笑を顔に浮かべ、椅子を悠々と運んでいた
「ですがよかったじゃないですか、怪我も生徒指導もたいしたことなくて。椅子出しで許されたことに感謝しましょうよ」
と、かなりポジティブな発言を鼻頭やら足やら手やらに包帯やらガーゼやらバンドエードをつけた2人に言う。
「ったく」
幾斗はそんな前向きな説得を聞いて、胸糞悪い思いを吐き捨てる。
「で?奴らの動きはどうなんだよ?」
「あぁ、あれ以来派手には動いてねぇ」
山木戸が幾斗に言葉を返す。敵はまだ動いてない。だが、いつ動いてもおかしくない。向こうも、この前の戦闘で随分腹が立っているだろう。
「今は様子を見ましょう」
武藤が微笑を崩さぬまま言った。山木戸も幾斗もきびすを返す。
賑わう校舎、文化祭が近づいている。3人だけしかいない体育館はまるで別の空間のように静まりかえっていた。
それから椅子も半分ほど並べた頃合のことであった
「山木戸さん、大変っす!!」
そう言って体育館に駆け込んできた、山木戸の下っ端は荒い息を落ち着かせる間もなく話し始める。
「こうもんに・・・校門に族が来てます。で、頭を出せって言ってます。」
下っ端はそこまで伝えると息を静めるのに専念しはじめた。
「あぁ?族?」
「武藤、元ゾッキーだろ?なんか聞いてねぇーのかぁ?」
「私は別になにも」
「とにかく言ってみようぜ」
山木戸の言葉と共に3人は体育館を飛び出した。あれやこれやで賑わう校舎を抜けて、校門へ急ぎ向かう。
校門には青海の不良達が集まっていた。山木戸の下っ端、分隊の連中や3年の先輩ヤンキー等である。校門を半円で囲むようにして密集した仲間を掻き分けて、校門に出る
「うぃっす、武藤さん。お久しぶりっす」
ひとりの少年が武藤に言った。黒い色の服。俗に言う特攻服を少年同様、その族の仲間は全員着ていた。それぞれ刺繍がほどこされており、爆走天使、鬼魔愚零、喧嘩上等など統一性はない。ただ唯一の同じ刺繍は背中に大きな文字で3文字「爆鬼天」という文字が書かれていることだろう。
つまり彼らのチーム名である
「近藤さん。立派に総長を務めているようですね。」
武藤が少年、近藤に最初はOBとしての言葉をかける
「はい、武藤さんのおかげっす。」
近藤は少しばかりハニカミながら武藤に答えた。まわりの奴らにそれに続いた・・・
「ところで、今日はなんの用ですか?」
武藤が主題に話を向ける。これが武藤、幾斗、山木戸の一番の問いである
「はい。実はっすね、隣の宝美町の族の白龍ってあったじゃないっすか?」
「はい、私が現役だったころ激しい対立と抗争をしていましたね」
武藤のすこし懐かしそうな目を幾斗は見た。
「まぁ、あの抗争は武藤さん、湯水さんが"蒼鬼"の力借りて終わらせましたよね」
「はい」
武藤は近藤が蒼鬼という言葉を出したとき、チラリと幾斗を見た。幾斗は何も気にせず近藤の話を聞いている。
「実は最近、爆鬼天と白龍の対立が激しくなっているんすけど、武藤さん達、青海北高校と抗争やってるそうじゃないっすか?」
武藤、山木戸は首を縦に振る。
「青海北に蛇が入学してます。北は蛇が指揮ってるっす。どうやら蛇は宝美の白龍を使って青海に侵攻するみたいなんすよ」
それを聞いて山木戸がツバを吐いた。
「やれやれ、また敵が増えんのかよ。クソウゼェなぁ」
「蛇は白龍に青海を渡すみたいっす。そーなったら俺らはすげぇ歯痒いわけっすよ」
近藤が続ける
「それなんで、青海北対抗勢力に俺ら爆鬼天も加わりたいんすけど?」
と最終的な目的を伝える。武藤、山木戸はそれを聞いて歓迎した。
「そりゃぁありがたいね。こちとら戦力不足ですんげぇ困ってたわけよ。そりゃぁ助かるわ」
山木戸が近藤に右手を出す。近藤も握り返す。
ここに青海連合が結成された。いかなる外敵をも跳ね返す連合となりえるために
「あと、敵には蛇がいます。武藤さん、蒼鬼は仲間に引き入れられませんかね?」
近藤はかつて、この地で起こった戦闘で唯一、蛇に対抗できた男のあだ名を出した。それを聞いて武藤はまたチラリと幾斗を見る。
「大丈夫です。蒼鬼はすでにこちら側にいます」
その言葉に近藤は「マジスカ?」と驚いて、その後「さすがっす」と言っていた。
当の蒼鬼本人は、自分が蒼鬼と呼ばれてることも知らないので、違う世界の話のようにその話をきいていたが・・・
「今日のところはこれで引き上げます。作戦会議なり、集会なり、流しなりの時は呼んで下さい。」
近藤はそれだけ言い終わると仲間を引き連れ校門を出た。校門の外に止めてあったバイクにまたがり、爆鬼天のメンバーは走り出した。時折、爆音をバイクから発しながら、その後姿を学校前の大通りへと溶かしていった。
「なんか大変なことになってきましたねぇ。まさか蛇がからんでいるとは」
武藤も、山木戸も蛇の名前ぐらい知っている。本名は中川裕也。喧嘩の腕っ節は、本当に強い。最強の称号が良く似合う男である。
以前の抗争時、爆鬼天を壊滅まで追い込んだが、爆鬼天に味方した通称"蒼鬼"にやられ、結果的に白龍と爆鬼天は停戦した
「せっかくの文化祭。僕達に椅子並べをやらせたこと蛇に後悔させてやりましょう」
武藤、幾斗、山木戸がニヤリと笑った。
「1年B組、赤城幾斗くん。至急、生徒会室までお越しください」
校内のあちらこちらに設置されたスピーカーから、生徒会長の声がした。幾斗を呼び出しているようだ。
体育館で椅子並べの続きをしていた幾斗は急な呼び出しに、心底面倒くさそうに歩き出した
「ったく、何の話だつーの」
文句をブツブツ言いながら体育館を出て、本館3階の生徒会室へと向かう。
5分歩いてたどりつき、ノックもしないでドアを開ける
「なんか用?」
幾斗は、雛菊に加え、大量の先生が待っているものだとてっきり思ったが、実際は資料の山に埋もれた机に座る雛菊だけであった。
「い・・・幾斗くん。ごめん、呼び出したりして。」
「別に、で?なんか用?」
幾斗の質問を聞いてから雛菊は立ち上がり、立てかけてあった折りたたみパイプ椅子を幾斗の前に出す。
「うん。とりあえず座って。」
いつもそれなりに明るい女の子だが、今日は少し緊張しているのか言葉がたどたどしい。
幾斗はとりあえずパイプ椅子にどかっと座ると雛菊に顔を向ける。雛菊も椅子を出し、幾斗と向き合う形で座る。
「ねぇ、幾斗くん。もしかして、何か重大な事件に巻き込まれてたりしない?」
「はぁ?」
雛菊の突然の問いに幾斗は戸惑った
「例えば、隣の高校と高校同士で喧嘩してるとか・・・そんな感じの事件」
雛菊は幾斗に問うたが幾斗は真正面からは受け止めない
「なんでそう思うんだ?」
「このまえ稲妻神社で喧嘩した件と、最近、青海北高校の生徒に青海高校の生徒が襲われる事件が増えてるから・・・」
雛菊は目線を自分のつまさきに送った。とても幾斗の目をみて話せる内容じゃないと思ったのだろう
「もし。もし、俺がその事件とやらに巻き込まれてたら、雛菊はどうするつもりなんだ?」
幾斗も自分が一番気になる質問を雛菊に持ちかけた。
だが、雛菊がとても自信なく言葉をつむいでいた原因はここにあった。もし、幾斗が事件に巻き込まれていても、自分はどうしたらいいかわからないのだ。だから、もしも本当だった場合の具体的対策なんてあるわけもない。
「雛菊。俺らは、あんたの予想通りの事件に巻き込まれてるよ。だがなぁ、もうこうなっちまった以上、やるしかねぇんだよ」
幾斗は雛菊にすっぱり言った。
「やるって・・・喧嘩?」
「そうにきまってるだろ?」
またまたスッパリと言い切られ、雛菊は少し絶句するが
「でも、私、安曇から聞いたけど青海北って人数多いんでしょ?」
「人数なんて問題じゃねぇよ」
「でも、ほら、喧嘩なんかしなくても話し合いでなんとかなるはずだよ」
必死で幾斗を説得しようとするが、それでも幾斗は聞き入れてくれない
「あのなぁ、話し合いでなんとかなるなら、こんなことにはなってねぇーつーの」
「じゃぁ、他に手があるはずだよ。だって、相手は不良だけど人間だよ?きっとなんとか・・
雛菊の言葉は幾斗には届かなかった。雛菊が必死で捜した言葉は、残念ながら幾斗には響かない
「わりぃけど、今回ばかりはなぁ会長の言うことだとしても聞けねぇ」
幾斗は鋭い目つきで雛菊を見る。
「話し合いで和解といきたいのはやまやまだがなぁ。そんなに甘い世界じゃないもんでね」
そこまで言い終わると幾斗は何気なく席を立った。雛菊はどうしたらいいかわからない
雛菊には不良の世界がわからない。今まで人生で、一度も不良をやったことがないのだ・・・当然だろう
だから、雛菊は幾斗にどうアドバイスすればいいのかわからない。
彼女は、困惑し、それでも彼をどうにか引きとめるための言葉を捜す。
この前も稲妻神社で喧嘩したという幾斗。体には無数のシップ。顔には絆創膏。
その程度で今度もすめばいいが、そうもいかないのではないか?という考えが雛菊の頭に根を下ろしていた。
だが、困惑する雛菊に幾斗は言った。
「それによ、武藤も俺も、お前らになんか被害がでることだけは絶対避けたいんだよ。俺らにとってお前らは大切な存在だからよ。」
幾斗は少しばかりの微笑を雛菊に向けた。武藤のようにさわやかではなかったが、その笑顔はいたずらっぽく、優しかった。
胸がドキっとした
幾斗の言葉が明らかに、自分を守ると言ってくれていることにも、自分では彼を止めることが到底できないほど彼の決心が固かったことにも、どこか嫌な予感がすことにも雛菊はドキっとしてしまった。
複雑な気持ちであろう。
学ランのすべてのボタンを開けていた幾斗は、寒くなったのか2~3個ボタンをしめて未だに不安な顔を向ける雛菊に背中を向けた。
幾斗は生徒会室から出ようとする。
生徒会室の外はガヤガヤと騒がしい。文化祭の準備で賑わう生徒達、指示を出す役員、先生達の声・・・
そんな中、どこか薄暗く、静寂が支配する生徒会室
「まぁ。話はここまでな。またあとで・・・」
幾斗は雛菊に背中を向けたままそう言うと、スライド式の生徒会室のドアを開けようとした。
「まって!」
突然立ち上がった雛菊は幾斗に弾みで飛びついてしまった。だが、そんなことを気にしている余裕など無い
「だからよぉ俺は・・・
力を込めて握られた、幾斗の制服。幾斗は雛菊を振り返らない。雛菊も握ってはいるが、幾斗を見上げない。
「おぃ・・・
幾斗が呼んでも雛菊は少しばかり黙っていた。
「私だって・・・私だって・・・幾斗くんが傷つくところ見たくないよ・・・」
雛菊は本音を幾斗に告げた。幾斗や武藤にとって、雛菊や安曇を守るために自分が犠牲になることは別にたいしたことではないし、どうでもよいことなのかもしれない。自分達がボロボロになっても、守るべきものを守れれば、それでいいと考えている。それが、彼らにとっての誇りであり、目的であり、命運だと信じている。
だが、守られる側としては心配極まりない。
男と女だとか、彼氏だ彼女だとか、そんなのを通り越して雛菊にとって・・もちろん安曇や美貴にとっても幾斗や武藤・・・友一はかけがえの無い存在なのだ。自分を守るといってくれたことは嬉しい。だが、それで傷ついて・・・痛い思いをして・・・そんなことになって欲しいはずがあるわけがない。
彼は大切な存在なのだから。
2人はしばらくの間、無言でたたずんでいた。
幾斗を握る小さな手のひら。細い指を精一杯学ランに食い込ませて・・・
がやがやと賑わう外と、静寂の支配する生徒会室。たった一枚の薄いスライド式ドアに遮断された、沈黙の世界。
「なぁ、さっき話してた蒼鬼って誰のことだ?」
幾斗が生徒会室に呼び出されてから、山木戸は武藤に尋ねた。
「昔、宝美町と青海町の族・・・白龍と爆鬼天が抗争していたのは地元不良の世界では有名な話ですよね?」
武藤が出し終わった椅子の1つに腰掛けて話し始める。山木戸は踵をかえす。
「その時、敵・・・白龍といったほうがいいですね・・・白龍は蛇と呼ばれる最強の不良を仲間に引き入れることに成功したようで、当然、蛇を味方にした白龍が抗争で優位を獲得したわけです。」
「ほぉ・・・」
「蛇の力は予想以上で、爆鬼天はほぼ壊滅。抗争は白龍の勝利間違い無しと言われるまで追い詰められました。」
「ですが、いたんですよ。蛇に対抗しうる少年が・・・私の通ってた青海中学の隣の中学・・・青海西中に・・・。どういう経緯で彼が爆鬼天に加担することになったかは知りません。しかし、彼は最後の戦いの時に先陣を切って攻撃にかかっていました。そして・・・」
「蛇を倒したってわけか。」
山木戸が武藤の最後のセリフを取る。武藤は気にした様子も無く
「蒼鬼。本名、赤城幾斗・・・」
武藤は親友の名を言った。族時代は恩人であり、まったく別の世界の格の違う人物だと思ってきた幾斗・・・。今では良き友であり、信頼に足る仲間である。
「幾斗が・・・蒼鬼か。まぁ、納得は出来るな。」
山木戸は不思議には思わないそぶりで言った。
「蛇か・・・ちっさいゴタゴタがこうも発展してしまうとはね。予想外だなぁ」
山木戸の言葉を聞いて武藤は軽く否定した
「いえ、蛇はもともと青海を傘下に入れることを強く望んでいたので、今回の口実をきっかけに乗り込んでくるのは必然だったのかもしれませんね」
蛇。最強の男。だが、青海の不良2人はひとつも動じない。
「まぁ、何にせよ楽な戦いにはならないだろうな」
山木戸の発言を最後に、2人の会話は途切れた。椅子を並べ終わった体育館は静かさという霧につつまれたように、ひどく静寂であった。
体育館の窓から差し込む優しげな光や、外の賑やかな雰囲気から離れた、どこか寂しげな、それでいてどこか懐かしいような気がする。
静寂を打ち破ったのは山木戸だった
「なぁ、武藤。俺達、不良ってなんなんだろうな?」
「はい?」
突然の問いに多少戸惑う武藤だったが、山木戸は構わず続ける。
「俺は中学の頃、気が弱ぇ・・・いわば、いじめられる存在だった。あだ名なんて、パシリだったからな」
自分の過去を振り返りながら、苦笑をする。
「だから、俺をまったく知らないこの学校に来て、不良になった。今までいじめられてきた分人を見下し、今まで舐められてた分人を見下げるためにな」
話の内容が出始めが酷く滑稽だが、武藤は真剣な表情で山木戸の話を聞いていた。
「お前も知ってるだろう。俺は弱い奴をいじめるし、平気で暴力を振るう。俺はそれを平気で続けてきてた。おかげで仲間も出来たし、人に舐められなくもなった。すべては中学時代の暗黒の思い出への復讐だとずっと自分の心に言い聞かせてきた。」
山木戸はそこまで言い終わると、武藤の隣の椅子へドカっと座る。足を広げ、ふんぞり返る不良式の座り方。
「だがよぉ、実際は復讐なんて攻撃的なことじゃなかったんだ。俺はたんに怖かっただけなんだよと気がついたわけ。強い自分を・・・人を容赦なく殴ったり、イジメたりできる地位を示していないと、またイジメを受けるんじゃないかってな。嘘やでまかせや、派手なことやって・・・人を見下して俺は今の地位を身につけた。でも、それってやっぱ結局は臆病な弱虫のやることだったんだよな。」
山木戸は自分のやってきたことを鼻でわらった。惨めだった。
「おめぇーも聞いたかもしれねぇーが、俺は一度、まったく関係ない女を絡んだことがある。そこで、幾斗の女に止められた。自分を止められたことで自分が間違っていると否定されたようで、いや・・実際は俺が間違っていたし、それもわかっていたがあからさまに批判されたようで、俺は幾斗の女を殴った。そこに幾斗がやってきてな、俺を瞬殺して、女を保健室へ運んでいった。そこで気がついてた・・・もしそれをヒーローショーに例えれば、俺が怪人なんたらで、幾斗は仮面ライダーなんたらなんだろうってな。」
体育館の中で山木戸は不良後輩に自分の心をおおっていた何かを取り払うように話しかけた。
後輩不良は少し考えてから言葉を返した
「山木戸さんはオビラプトルをご存知ですか?」
「は?なんだそりゃ?タイ料理か何かか?」
武藤の質問に山木戸は多少なりと困惑する。が、当の武藤は気にせず続ける
「白亜紀後期に生息していたという、恐竜の名前ですよ。」
「・・・・・」
まったく話の読めない山木戸
「オビラプトル。意味は卵どろぼう。なんでそんな名前がついたかと言うと、発見された化石の近くに卵があり、その卵はプロトケラトプスという他の恐竜のものだと考えられ、つまるところこのオビラプトルは卵を盗んでそれを食べて生活していたと考えられたためなんですよ」
両親が2人とも生物学者。幼少期から家に山とつまれた生物、地質、古生物の本を読み成長してきた武藤勇気の膨大な知識のかけらを山木戸は聞かされていた。
「ですが、最近の研究で、実は卵を泥棒したわけではなく、その卵は自分の産んだ卵で、オビラプトルは食べていたのではなく卵をあたためていたんじゃないかといわれているみたいでして。むしろ、そっちのほうが有力な説と言われているわけですよ」
よくわからないというような顔をしている山木戸
「卵泥棒・・・オビラプトルに言わせれば、なんと不名誉な名前なんだと言っていそうですよね」
武藤は軽く笑って言った。
「山木戸さん、人というのは相手をまず第一印象で固定し、その印象を軸にして相手との接し方を決めます。そして相手と接して、ある程度親しくなったらどこまでなら自分わがまま・・・言い方悪いですね。自分の考えが通じるか、自分の考えを行動してくれるか大まかに測りなおします。そうですね、自分より下だと考えれば悪ければパシリにしてみたり好意をもったならばおせっかいをやいてみたり、対等だと思えば友人や仲間に、上だと思う場合は従うか・・・または関わろうとしなくなるものです。第一印象では怖かった人も話してみるとなかなか気が合い、今では仲良しなんてことはいくらでもあるものです。」
山木戸の不良脳は武藤の言葉をひっっっしに理解しようとしていた。
「そこで人というのは自分のキャラをつくり出そうとするわけです。オビラプトルは卵がそばにあっただけで卵泥棒の名前がつきました。つまり、人と人のコミニケーションをする中で、第一印象がとても大切というわけです。第一印象というのは、主に容姿や行動でついてくるものです。例えるなら・・・そうですね。ボンタン、長ラン、リーゼントの少年がいたら?あなたはどんな印象を受けます?」
説明が質問に変わった。
「あぁ?うーん。昔ながらの不良だなぁ・・・と思うかな・・・」
と返事しておく。
「では、路上にツバを吐いたり、肩を怒らせて歩いていたりしたら?おまけに怖い目つきでジロジロと周りをみていたら?」
「・・・そいつは不良なんだなぁ・・と思う」
「そうでしょう。というように最初は行動や容姿で印象を操作できるんです。あなただって最初に不良になったと思った時・・・格好から入ったんじゃないかと思いますが?」
そう聞かれると山木戸も心当たりがある。
「あぁ・・そうだ。」
「でも、第一印象は親しくなるうちにだんだんと崩れていくものです。だから人というのは一生懸命、維持しようとするんですよ。自分が考える人から見た自分の理想像を。だから、あなたは喧嘩したり、弱いものをいじめたりした。自分が喧嘩に強い、逆らったらただじゃ済まされない不良だとみんなから思われるために。そうやって自分の姿や存在をつくっていく。印象操作。だが、印象操作によって塗り重ねられて創り上げられた自分があまりにも相手の印象に根をはってしまうと、本来の自分が出せなくなっていく。そして嘘の自分に逆らえなくなって・・・自分は心の奥ではダメだと思ってることをやってしまったりする。」
そこまで言い終わると武藤は少しばかりだまった。また体育館に静寂が戻ってくる。
だが、それもほんの数秒のことだった。
「・・・・・・お前も自分を創って来たのか?」
山木戸が武藤に尋ねた。武藤はすこしばかり黙っていたが、
「そう・・ですね。私も演じて来たのかも知れません。不良、武藤勇気を。」
武藤はそこで一息置いてから、また口を開いた
「でも、最近は演じなくなりました。私を・・・武藤勇気を武藤勇気と見てくれる仲間ができたからでしょうか。」
武藤勇気はそこでいつものさわやか微笑スマイルへと変わっていた。その、誰もを優しく包むかのような柔軟な笑み。温かい笑顔。
「そうかよぉ・・・なら、俺はどうすりゃいい。」
「幾斗さんがなぜカッコイイかわかりますか?」
質問をしたのに質問が返ってきた・・・
「わからんなぁ」
とりあえず言っとく。
「彼は自分に素直なんですよ。自分が不愉快だと思えばそう言うし、悪いことだと感じれば悪いという。例えるなら・・・すみませんね・・例えが多くて・・・」
「いや、例えがなきゃ、おめーの話、一個もわからんし」
「・・・そうですか・・例えば、ある教室でイジメがおこったとすれば自分がいじめられるのが怖いからとかいう理由で周りの人もいじめたり、関わらないようにしたりします。つまりその教室ではその子をいじめる空気の流れが作られたわけです。ですが、もしそのクラスに幾斗さんがいたら、彼はその流れを一切無視するでしょう。彼はイジメを容認するような人ではないし、イジメがカッコイイと思っているわけではありませんからね。」
武藤は親友を自慢するような口調で話していた。まぁ・・・実際そうだったが
「つまり・・・?」
「あなたも素直になればよいんですよ。自分が正しいと思うことを精一杯やればいいじゃないですか?」
武藤勇気はまたもや優しげなスマイルを山木戸に向けた。
「簡単に言ってんなや。大変なんだぞ・・それ。」
山木戸は苦笑交じりで武藤に返した
「大変なことをやってるからこそ幾斗さんはかっこいいんじゃないですか?」
あぁ・・・
あぁ・・・
やっと気がついた。
山木戸という不良は自分では制御しているつもりでも、いつのまにか制御しきれなくなっていた偽の自分を
必死に必死に守り続けてきたんだな・・・と
そうやっているうちに、勝手に自分の心にあきらめをうってしまった・・・
情けない。
結局は、相手の目線が怖くて逃げてたんじゃなくて、そんな自分から逃げていただけ。
「なぁ、武藤。よく小学校のセンコーがこう言うじゃねぇーか。自分から逃げるな ってな。ばかばかしいと思ってたが、今の自分にこんなにも当てはまるなんて夢にも思っちゃいなかったさ。」
体育館には自分と武藤と・・半分までは幾斗と並べた椅子が綺麗に並んでいる。当日は軽音部やなんやの演奏会場になるだろう場所。
今は2人しかいない。
「ありがとよ、武藤。」
「はい?」
「話聞いてくれたのがおめーでよかったよ。」
山木戸はその強面の口をニカっとさせると、武藤にそういった。
「あぁ、私が言ったのはたくさん存在する人の一つのパターンですよ。人が誰しも演技をしているわけではないですから。」
武藤はニッコリと言った
「そうだな・・・幾斗や幾斗の女、お前の女やあのオタク野郎やギャルがお前に向かって何かを演じているようにはとても見えないな」
山木戸はもう一度ありがとよと言うと、ポケットから安っぽい煙草の箱を出しながら体育館のボロトイレに向かって歩き出した。
武藤はその、どこか重い荷をおろしたような先輩不良の背中を少しばかり見ていた。
ありがとう・・・か
武藤は自分に言われたその言葉をもう一度心の中で呟いてみたりした。
それから数時間後。学校内はほとんども抜けの空となった。なにやらハデな飾りや、よくわからない看板が立ち並んでいるわけではあるが、人はさほどいない。校庭に出て部活してるか、帰ってるか・・・または部室で活動中か・・・。
「ユーチ、爆鬼天のことは?聞いたか?」
幾斗が尋ねると、ユーチは軽く頷いた。どうやら武藤がメールを送ったらしい。
爆鬼天が戦力に加わったことでそれなりに勝率は上がるのだろう。
「それにしても、なにやら事が大きくなりましたね・・」
まだ前線には立ったことがない友一は、戦場の厳しさを知る由も無い。後方で・・・安全地帯で作戦を立てるだけの役職。
「まぁ、なんにせよ・・・俺は俺がやるべきことをやるまでだわなぁ」
山木戸が壁に寄りかかりながら言った。
「いつ攻めてきますかね?」
「たぶん。文化祭の日だ。」
なにぶんめんどくさそうに幾斗が言う。実際、めんどくさいのだろう。
幾斗はなぜか、雛菊からの呼出し後、どこか不機嫌である。武藤や友一や山木戸が聞いても何も答えない以上、なぜ幾斗が不機嫌になったのかわかるわけがない。雛菊に聞くというのも手だが、彼女の場合、すぐ自分を責めてしまうという癖があることを友一と武藤は知っていたため、下手すれば話をさらにややこしくしてしまう可能性があるということを考慮して雛菊には聞かないことにしておいた。
「いつ攻めてくるか定かではないというのは作戦立案上とても不利です。何かいい案はありませんか?」
指令本部長佐山友一が聞くが
「うーん。スパイでも送れってのか?」
「いえ、盗聴器をしかけましょう」
「つか、適当に北を捕まえて聞き出せばよくね?」
不良の脳みそなんてこんなもん。スパイが見つかったときこちらから援護ができないので危険。盗聴器なんて高校生が持ってるわけないし、捕まえて聞き出すのも難しい。もし聞き出した情報が嘘だったり、または下っ端は知らなかったり・・・
しかし、不良で編成された指令本部。友一が何を思おうが関係なく話はすすめられた。
「スパイを送るか?盗聴器は無理だろ。」
「北を捕まえるのもそれなりに大変ですからね。スパイを送るしかないでしょう。」
「だな」
「・・・・」
となると、問題は誰が北に忍び込んでスパイ行為を行うかである。
各々、誰が適しているか慎重に考える。
「あ・・・あのさぁ・・・なんというか、その作戦はちょっと・・・」
友一が言いかけるが見向きもしてくれない不良諸君・・・
「つか、俺や武藤、山木戸は相手に顔をわられてるよな・・・」
「あぁ・・・ごにょごにょ
「でもさぁーごにょぎょにょ
「はぁ?そこはあえてのごにょごにょ
3人がなにやら話している。友一にはいまいち聞こえない。
しかたがないので椅子にすわってボヘーとしていると・・・
「で?いいよな?友一?」
突然、幾斗に話しかけられて、反射的に
「あっうん・・・・・」
と言ってしまった。
「よし、作戦はできた。あとは成功させるまで!頼むぞ友一君!」
山木戸がニコニコしながら友一の肩をたたく。
「ちょっと・・・まって・・・何が?」
「友一君を特殊諜報員。別名スパイに任命するということですよ」
なんともさわやかな笑み。武藤は友一の肩をつかむと、頼りにしてますよ~とでも言いたげな目を向ける。
ここで気がついた。
なにかとんでもなく理不尽な出来事が自分がボケーっとしているあの数秒に起こっていたということに。
破滅だ…
幾斗も武藤も山木戸もどこか楽しげに笑っていた。
寒い風が吹きすさぶ今日、この頃。
爆鬼天と白龍はその時、ついに開戦した。
白龍への攻撃通知。つまるところ宣戦布告なしに完璧なる奇襲攻撃を爆鬼天はかけた。場所は青海と宝美の境にある小さな空き地であった。
青海高校への進撃予備軍として駐留していた白龍20人、単車10台に対し爆鬼天は30人、単車15台の圧倒的人数差で攻撃。
突然の奇襲に驚いた白龍は総崩れとなり、本部へ撤退を要求。しかし、あの場所から国道をのぼられれば急所をつかれかねないと判断した白龍本部は死守を命じた。援軍が到着したのは約10分後であったが、その時すでに白龍は70%も戦力を失っていた。戦闘から約30分後、白龍は援軍とともに全滅。あるものは逃げ出し、あるものは降伏した。
この出来事を境に、爆鬼天と白龍は完璧なる交戦状態に陥り、町境では攻め込もうとする爆鬼天と攻め込ませんとする白龍の激戦が繰り返された。
このことは数時間も隔てず、青海高校司令部へと伝わる。
爆鬼天3代目総長、近藤は前総長が成し得なかった、白龍の制圧と全滅を狙っていた。ずっとずっと。
今回のことで、武藤、蒼鬼が味方につき、その夢も確信へ変わろうとしていた。
少年たちは走った。
己の信じる道を・・・
今回も完結はできませんでしたね…^^;
今回、久しぶりに雛菊が登場。新キャラも数人登場・・・
呼んでくれた方、コメント、評価してくれた方、お気に入り小説に登録してくれた方…心から感謝いたします。
あなたがたがいるから、私も楽しんで小説がかけるというものです^^
コメント、感想、評価、お時間あればお願いしますね←ココ重要w
PS
今回のサブタイトルの元ネタがわかった方。いれば、教えてくださいw