表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

エピローグ 新しい朝が来た

 それは実に久し振りに訪れた、平穏な日々だった。

 激動の一週間は去り新しい週が開けた月曜日。

「………どうしたんだい? 温泉に浸かった定年退職後のサラリーマンみたいな顔をして」

 八橋が俺の顔を見て怪訝そうな表情を向ける。酷い言い方だが、合っていない事もない。

 この一週間で人生十回分くらいの命懸けバトルをやった身としては、隠居の気分になりたいのも無理は無いだろ?

「ん? ああ、何て言うか平和だと思ってな」

「そうかい? 春眠暁の季節は過ぎたと思うが」

 そろそろ六月。梅雨入りだ。

 まあ普通ジメって気力も落ちるかもな。テンション高いのはカエルとカタツムリくらいだ。

「まあ、この有り難さは他人には分からないかもな」

「悟りを啓いたみたいな発言だね。理解してあげたいけど、気持ち悪いぞ」

 八橋が笑っている。そんなにおかしいか?

 ま、暫くは大目に見て欲しい。

 何もかも終わり、後は無事平穏に暮らすのが俺の望みだ。

 嗚呼、激闘の日々よさらば。

 さらば激闘の日々よ。

 二度と帰らぬその日々を俺は忘れない。

 つーか、忘れたくても忘れられん。


    *


 目が覚めた時には全てが終わっていた。

 ダウンしていた俺。ドレスも身体もズタボロだが立っている幽螺。

 どっちが勝ったかは一目瞭然のようだが、どうも様子が奇妙だった。

 いや、ここに居る三人が全員生存していると言うのがそもそもおかしいと言えばおかしい。俺たちは生き死にの戦いをしていた筈なのに。

「姉さんはこれからが大変ですね。今は落ち着いていますけれど、これから彼を制御するのはかなり大変だと思いますよ」

「ふん。やってみせるわよ。充分可能性はあるしね。で、あんたはこれからどうするの?」

 遠城の言葉には棘が無い。

 いや、二人のどちらにも探るような雰囲気が無い。あれだけ敵意があったのが嘘のようだ。

 まだ妹にかける声とは思えないが、さすがに時間が要ると言う事か。

「取り敢えず途中で御飯を食べて部屋に帰ります。さすがに疲れました」

 幽螺の手足は動いているのが不思議なくらいボロボロ。服も戦場に行って爆撃を受けて帰って来たかのようだった。

 あと、背骨が奇妙な曲線を描いている気がする。こう、どっちかと言うと鋭角に。人類だと手遅れレベルに。

「………御飯ってねえ。………殺すのは駄目よ」

「ええ、分かっています」

 ………そりゃそうか。幽螺の飯と言えば人間の血液だもんな。

「………居残るのは構わないけどさ。暴れたら承知しないわよ」

「心に留めておきます。姉さん」

 幽螺はゆっくりと離れて行く。

 跳んだり走ったりもできないらしい。無事にホテルまで帰り付けるのだろうかと思ってしまうゾンビみたいな後ろ姿だった。

 目撃者が増えれば、また都市伝説のネタになりそうだ。

「………で、そっちのポンコツは起きてるの?」

 その言葉に答えて、俺は上半身を起こした。

 身体は男のままだ。幽螺に比べると、気になるようなダメージは残っていない。

 ベルトを直して地面に胡座をかく。

「起きてる。で、一体どうなったんだ? いや、そもそも俺はいつから記憶が飛んでるんだ?」

 俺たちの周辺は怪獣が暴れ回ったみたいに崩れたり凹んだり削れたりしている。

 気のせいか結構さっぱりとなってるし。

 自衛隊が砲撃訓練でもやったんだろうかと思うほどだ。

 確かここまで酷い事にはなっていなかった気もするんだが。

 ………これではポンコツ呼ばわりされても仕方無いかもしれん。

「………取り敢えず痛み分けってところよ」

「痛み分けなら上出来か」

「黙りなさい」

 俺の後頭部を遠城が思いっきりぶん殴った。今までダウンしていた人間になんて事をするんだろう、この主は。マスターは。ご主人様は。

 ………見ろ、意識が混乱してるじゃないか。

「………痛え。………まあ殴られても文句は言えないんだが。………ところで、ちょっと聞きたい事があるんだが、いいか?」

「あによ」

「いや、何と言うか、よく分からないんだけど、終わったのか?」

「まだやる事は残ってるけれど、まずは一区切りね。幽螺も当分は動けないだろうし、うちに寝泊りする必要は無いわね」

 問題は解決。

 つまり、俺は晴れて自由の身になった訳だ。

「おお、夜が明ける」

 朝日が街を照らし始めた。

 この美しい夜明けを俺はきっと忘れない。


   *


 学校では『絵光さん出現』の噂話もちらほら流れていた。

 それも一日で何人も遭遇したらしい。その感じだと幽螺もどうやら元気らしい。

 が、どうも噂話が血塗れの怪人ではなく絶世の美女と言う事になっているようで、たぶん新しい都市伝説として長く語り継がれていくだろう。

 亡くなられた絵光さんも、美女と言われていれば案外報われるんじゃないだろうか。分かんねえけど。

 俺の立場はあんまり変わらない。相変わらず教室では生徒Aとかそんな感じ。

 だが、そんな立場が妙に嬉しい。

「ああ、平和だ」

 八橋が奇妙な物を見るような怪訝な目付きで俺を見ていた。


 ところで、誰だろうな。

 『平和とは争いと争いの境目に過ぎない』と余計な事を言った奴は。


   *


「で、何時、誰があんたを自由にするなんて言ったのかしらね」

 俺の自由はその日の午後であっと言う間に終わりを告げたのだった。僅か半日の自由。

 頭の中にお呼び出しの連絡が入り、俺は人がいなくなった放課後の教室で遠城にネチネチ説教されていた。

 ハイテンションで割と元気だ。有る限りのアイテムをぶち込んだ為、懐以外のダメージは低かったらしい。

「でも、終わったって言ったし」

「一区切りって言ったでしょ。あんたはあたしの下僕。半永久隷属って事よ」

 永久就職と言うならまだ救いもあるが。隷属って鬼畜エロゲ用語だと思う。

「と言うか、あたしが手綱を切ったらあんたは電源が落ちておしまいなんだけど?」

 薄笑いを浮かべて首を掻っ切るモーションは止めてほしい。

「や、でもほら、戦時体制は終わった訳だし、後は予備役って事で」

「うちにそんな余裕は無いわよ。後始末だって残ってるんだし、早速今夜からガンガン働いて貰うからね」

 ………人使い荒え。本っ当に人使い荒え。絶対に生まれる時代と階級を間違えている。

「そう言えば、なんか会話したよな? 俺の中で」

「そうね。あの体験はさすがに驚いたわね」

「あの時の話に出た『逆事』って何だ?」

 その質問に、何故か遠城の言葉が濁った。

「………昔々。人類の最高神は大地母神だったの。でもその覇権は男神へと交代し、強大な地母神は様々な形で力を奪われた。

 例えばギリシャ神話のアテナは地中海周辺の広範囲に信仰された強大な古い地母神だけど、アテナはギリシャ神話に組み込まれる過程で処女神と言う呪いを受けた。処女は女の最大の力である産む事が出来ない証拠。そうやってアテナはゼウスの娘として零落する。

 同様に、あらゆる物を産み出す強大な大地母神であるイザナミを唯一縛る呪い。それが『逆事』」

「イザナミの弱点って事か?」

「そんな感じらしいわ。………そうなるとは思わなかったんだけど」

「へ? で、それってどう言う感じの事なんだ?」

「教えない」

「いや、待てよ! 大事な事だろう!」

「しつこいわよ、このケダモノ! どうせあんたには出来ないんだから覚えなくたって別に良いの! 

「け、ケダモノって………そこまで言うか?」

「さ、帰るわよ」

「………ん?」

 たっぷり違和感があったが、俺は遠城の言う通り後を付いて下校した。


   *


 イザナミ神を縛る『逆事』の呪い。

 それは『女の方から求める事を禁じる』と言う事だ。記紀神話ではこれで失敗して初産は蛭子と呼ばれる奇形だったとされている。

 これが本来は強大な大地母神であるイザナミに懸けられた呪い。男神に従う事でしか力を発揮出来ないようにされたのだ。

 そして、あたしが自分から唇を重ねた事で『逆事』の形になった、と言う事らしい。

 と言う事は、この先また暴走が起きても鎮める方法はある、と言う訳だ。

 もっとも、あたしの唇は高い。真也にはがっちり働いて貰うんだから。


   *


『おい真也、おまえファン倶楽部神聖派の処刑リストに名前が上がったぞ? 何をやった?』

 何をやったって、俺は何もやってない。ただ、ハイな主人に引っ張られただけだ。

 八橋からの忠告に心を痛めつつ、人生について悩む。

(………幸せってのはなんなんだろうなあ)

「あたしの横に居られる事でしょ」

 夜の街並みを一望出来る場所で、彼女が楽しそうに呟いた。

 本当に楽しそうに。まるでこれからクリスマスプレゼント入りの包装紙を破こうとする子供のように楽しそうな表情を浮かべていた。

「さ、行きましょう。今夜中に一回りしておきたいから」

 遠城がまた偉そうに手を差し出す。

 が、こう言う形も悪くない、と俺は感じて出していた。

 いや、別に奴隷扱いが嬉しいと言う事じゃなくてだな。

 どんな形にせよ、遠城麗緒と付き合っていけるのならまあ楽しいんじゃないかと思うのだ。

「早くしなさい。あんたはあたしの使い魔なんだからね」

 向こうは相変わらず主従関係推進派らしいが。

(ん?)

 一瞬、何故か唇辺りに感じた幸福感を奇妙に思いながらも、その手を取って俺は遠城と共に夜の花祭の空を跳んでいた。

 出来れば幸せな時間だけなら文句は無いんだがな。

 ま、たぶん無理なんだろ。

 こんな俺たちにはさ。

                                   〈了〉


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ