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プロローグ ~その朝、俺に起こった極め付けの異変~

伝奇ファンタジーになります。


 いきなりでなんだが、俺にとって昨日の夜は酷い事尽くしだった。

 目を覚まして、全部夢だったらいいのにと思わずにはいられない出来事のオンパレード。

 嫌な事に、人間っていう生き物はそう言う事に限って朝起きてまだ活動力が落ちたままの脳味噌でも全て思い出せてしまうようになっている。

 思い出したくないのにな。グルグルと記憶が頭の中で回転する。

 ああ、なんだよもう。全然、寝た気がしない。

「はーあ……」

 朝だってのに肺から搾り出された溜息が重い。

 それでも寝起きなのに枯渇気味の気力に鞭打って、俺はそのまま洗面所に赴き顔を洗おうとした。

 勝手の違う間取りに苦労しつつ、なんとか古風な造りの洗面台に辿り着き、蛇口を捻って水を溜める。

 勝手が違うのはここが俺の『自宅』ではないからだ。

 ふと思う。

 昨日起きた事が全て夢だったのなら、この洗面台で顔を洗っている事も俺の記憶フォルダに感動的な朝の一コマとしてばっちり永遠に刻まれたかもしれない。

 ……なぜって?

 説明しよう。

 この家は俺が去年高校に入学した、まさにその直後に一目惚れしてしまった女子クラスメイトのお家だからだ。

 どうだ? この一点のみ見れば感動的だろ。高校生男子の本懐是に勝る物無しだ。俺だって何度妄想し夢に見たか分からない。

 ……いや、「だった」と過去形で言い直す。

 一応今叶ったと言えなくもないが、喜びどころか深い絶望に今の俺は支配されている。

 ここに俺が居ると言う事は、即ち昨日起きた悲劇の証明に他ならないからだ。

 ……そう。昨日俺の身に起きた酷い事の内には『彼女』の事も含まれている。それもかなり高い割合でだ。

 と言うより、彼女こそ諸悪の根源。

 今は百年の恋など存在した事を証明する事すら難しいほど、我が心の中に原型を留めていない。

 そこに広がるのは全てが死に絶えたかのように荒廃した俺の心の現象風景。

 最早俺は彼女に恋などしませんよ、マジで。

 今使っている洗面所の隣は浴室になっている。ぽんと横に置かれている洗濯籠には彼女が昨日着ていたナマ衣類も入っているようだが、今や興奮どころか興味すら持てん。


   *


 昨夜を境に、俺の人生は一変した。

 ……これからの生涯を果たして『人生』と称していいかは分からないが、とにかく俺の人生は波乱万丈な方向にシフトしたと思われる。いや、方向性が違うというよりも次元転移に近いかもしれん。

 ふと鏡を見上げる。唯一変わり無い物。すなわち俺の姿を見る為だ。

 これと言って特徴も無く、上から並べるより下から数えた方が早い十把一絡げのルックス。顔の事を貶された事はないが、だからといって女子にチヤホヤされた覚えもない。

 でも、今は唯一俺の『人間時代』との接点だ。そこに慰めを見出したい見付けたいと思う俺を責める事が出来る奴なんていないだろう。

 人間の精神なんて基本的に脆い訳で、取るに足らないそんな物でも今は心の支えにしたいのだ。


 にも関わらず……ああチクショーめ。世界というものはきっと残酷な神に支配されているに違いない。

 いや、ひょっとすると俺だけが一方的に憎まれているのかもしれん。

 昨日からの事を考えれば、俺にだけ世紀末が訪れて、俺にだけ七つのラッパが吹き鳴らされ、黙示録の四騎士によるジェットストリームアタックを俺だけがフルコンボで喰らっていると言われても不思議じゃあない。


 鏡の中。そこには……俺の見慣れた顔は無かった。

 替わりと言っては何だが、恐ろしく綺麗な美少女が居た。

 年齢は俺と同じくらいの十六、七。身長も一七〇手前で俺と同じ位だろう。

 肌の色は日本人離れした白さと少女特有の健康的な張りを保ち、長い黒髪も艶々していて天使の輪っかが見える。

 切れ長の瞳は吸い込まれそうなほど綺麗な黒真珠の様で、俺の方をじっと見つめていて、紅い唇は大き過ぎず小さ過ぎず、やや半開きになっている。

 その気だるそうな表情はゾクリとするほど色っぽい。

 ……しかし見れば見るほど尋常ではない美少女だ。

 しかも顔から下。具体的には男では平面だが女では性のシンボルがある部分。

 飾り気も色気もない白Tシャツを押し上げている膨らみがまた凄い。膨らみと言うよりも超立体。寝汗で僅かに肌が透けている事から考えるに紛れも無く『のーぶら』だ。

 男性向けグラビア誌に登場すれば一夜で大人気になりタレントデビュー間違い無しの神レベル。洗面台の鏡だから映っているのは腰から上なのだが、全体的なスタイルも間違いなく良さそうだった。

 ……さーて、問題はなぜ鏡にこんな美少女が映っているかだった。

 普通なら有り得ない事だが、俺はすでにこの家がホーンテッド・マンション並に普通じゃない事を知っている。だから、ひょっとすると鏡に美少女が映るという超常現象に分類される事態も、もしかしたら有るのかもしれない。

 例えば朝、無精ヒゲの生えた顔を見るよりは美少女の顔を見た方が精神衛生上には良い気がする。ただ、鏡の実用度は大幅に下がるだろうが。

(はあ……なんて間抜けだよ。これじゃあ鏡の意味無いじゃないか)

 まだ半分寝惚けた頭でそう考えながら、ついいつもの癖で寝癖を直そうかと手で髪に触れると、鏡の中の美少女も自分の髪に手を触れた。

 うわー、さり気ない仕草がなんかエロい。

「ん?」

 思わず手を止めると、美少女も手を止める。俺に遠慮なんかする必要無いのに。

 これはあれか? もしかして俺の動きをトレースする仕組みなのか? なんかとことん無駄な仕様である。

 さて、俺もなんだかんだでお年頃の男の子である。ちょっと面白くなったので腕を上げてグラビアのポーズよろしく軽く伸びをしてみた。すると、鏡の中の美少女も同じポーズを取る。しかも胸がぶるるんと、プッチンプリンを皿に落とした時みたいに震えた。質量はその比ではないが。

 うわお。すげえ迫力。明らかに胸のサイズに合ってないシャツなのでカワイイ臍もチラリと見えた。あと腰が細え。どんな食生活してんだろう。この女。

(おーし、んじゃ今度は)

 調子に乗って、大昔に流行った腕で巨乳を挟むグラビアポーズを取ってみる。馬鹿だ。

 鏡の美少女もポーズ。残念ながら胸元の開いていないシャツなので谷間は見えないが、見事過ぎる双丘が縦に圧迫されているのが分かる。これはもう生の大迫力。

 ……しかもすげえ。俺の腕にも感触が。

(……感触……だと?)

 こうして、やっと俺は理性を取り戻した。

 見たくはないが恐る恐る下、すなわち俺の胸元を見ると、シャツの隙間から確かにくっきりと、目前で谷間が見えていた。男でこれが出来るのは力士並の巨漢だ。

 掌で球の下部分に触れてみると、ゆさゆさと揺れた。鏡の中でも同じ事をしている。

 当たり前だよな。俺の姿が映ってるんだもの。やってる事は何となく八〇年代くらいのセクシーポーズなのだが、驚いた顔が大間抜け。鏡の中の美少女が幽霊でも見たように顔色を青くしていく。

「お、お、お、おっ、俺じゃねえかっ!」

 鏡の向こうでも美少女が叫んでいた。声も紛れも無く女の物だ。何となく年上お姉さん系と言うのもツボを押さえている。

「……あによ、うるさいわね。……うわ。まだ五時にもなってないじゃないの。朝なんだから騒ぐの勘弁してよね」

 洗面所に彼女が入って来た。言う通りまだ早い時間だが彼女も起きたのだろう。サイズが大きいハニワ柄のパジャマと言う微妙な格好で眼を擦っている。美少女補正があるので可愛いと言えば可愛い。

「……どちらさま?」

 俺の顔を見た彼女はそう言った。

 ひでえ。昨日人生を狂わせた男の顔を見てそう言うか。

 いや今は女で、顔は不思議な事に元が俺だったとは思えないほどレベル段違いの美少女なんだが。

「俺だよ俺っ! こんチクショーっ!」

「オレダ・ヨオレ・コン・畜生? どんな字だっけ? って言うかそんな名前を付ける親を恨んだ方がいいわよ」

「寝惚けてんのかっ!」

 それとも俺を苦しめたいのか困らせたいのか。どっちも勘弁して下さい。お願いだから。あと畜生だけ漢字変換されていたのは気のせいですか?

「俺は海上真也みかみ しんやだっての!」

 俺の名乗りに、彼女、遠城麗緒えんじょう りおも目を丸くした。ああ良かった。まだ日本語は通じるらしい。

 そして、さすがの『魔女』も、昨日まで男だった俺が女になった事に驚きが前に来て言葉が出ないようだった。

 が、それでもその時間は短かった。

 あっと言う間に少女の顔からは驚きの表情が消え、俺の事をジロジロと観察する視線に変わる。さすがは『魔女』。精神力は常人を遥かに越えている。

 一方自他共に認める普通人の俺は混乱しっぱなし。気分はメダパニをかけられて不思議な踊りを踊っている役立たずの神官な感じ。

「美人じゃない。良かったわね」

 と、内心感心していたらそんな事を言う。

 何がだよ! どこがだよ! 論点ずれてるよ! さすが『魔女』だな!

「ああ、今からシャワー浴びるから出てって」

 抗議も許されず、洗面所から蹴り出される。いやもうさすが『魔女』。こいつの精神構造ってどうなっているんだろう。


   *


 そもそも俺の身体が女になってしまった原因はほぼ間違い無くこの女に有る。

 そうに決まってる。だって俺は人生を始めてから十六年強。一度だって女になった事なんて無いんだから。いや、もちろんボーイズラブ的な意味ではなくて肉体的な意味で。

 人生がひっくり返って別次元に転移してしまったような怒涛の展開の上、男だった自分の身体すら女に変わってしまった。美少女である事は俺の運命を狂わせて珍妙なアートを作っているロクデナシ神が示した最後の良心なのかもしれない。

 断言しても良いが、大きなお世話である。だから世界は今日も争いに満ちているのだ。

 欠陥だらけの神め。クーリングオフ期間なら蹴り返すところだ。

 言い直さなくてはならないかもしれん。

 「昨日は酷かった」、じゃなくて、「昨日も酷かった」だ。


 予感がある。

 きっとこれからは、この酷い状況が俺の日常になっていくんだろう。

 ……俺、これからどうなるんだろう?

 幸せって、なんなんだろうか?



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