第一話 笑顔を忘れた街で、謎はさらに深まる その8
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「ファイルーザ様! これ以上の前進は危険です」
「この地域の制圧は目前だ。このまま一気に押しきるぞ」
敵兵を倒したファイルーザは、声を高らかに云った。敵軍を制圧して武勲をたてる。そうすれば認めてもらえる、そう父親に。ファイルーザは逃げる敵兵を追いかけた。
しかし、それは部下の懸念したとおり、敵の罠だったのだ。
功をあせったファイルーザは敵兵に拘束された。
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ローランドの繰り出す攻撃はことごとく空をきる。レオノールの攻撃もまたしかり。
「こんなものか。さっきの威勢はどうした」
「ならもう少し本気をだすか」
鞭の空気をきる音の間隔が短くなった。だが、当たらない。
「もう終わりかな?」
ファイルーザがいつのまにかローランドの目先に立っていた。
「くっ」
「無壁、女神掌」
ファイルーザが攻撃を繰り出した。手のひらを前に突き出す。
ローランドは大きな盾でふせぐ。が、彼の巨体はいとも簡単に吹き飛ばされた。
「わらわの前に、立ちはだかる壁なし」
ファイルーザの身体は決して大きくない。どちらかというと、キャシャな方だ。しかも攻撃は素手だ。彼女のどこにそんな力があるのか。
ローランドは、近くにある騎士の銅像に鞭をからませて、壁への衝突をふせいだ。
今度はレオノールが剣を振りかざして、ファイルーザに踊りかかった。
赤黒い剣。シャンデリアの光を反射して、妖しく光る。
レオノールの攻撃が当たる直前、またしてもファイルーザの身体が消えた。次の瞬間には、レオノールの背後に立っていた。
「無壁、女神掌」
レオノールは身体をひねった。直撃をかわすためだ。しかし、完全に避けることは出来ない。左腕に攻撃を食らい衣服がはじける。
「ノーモーションからのわらわの攻撃は防げまい。ほほほほ」
レベルの違いに僕はどうすることも出来なかった。助けることも、戦うことも。
「まだだ」
ローランドがゆっくりと前進した。
「まだ、俺は本気を出していない」
「ふん、強がりを」
ローランドは再び鞭を振りまわした。しかし、当たらない。ローランドの攻撃は周りの銅像を破壊するのみだ。
「ほほほほ。それが本気だというのか? かすりもしないわ」
ローランドはそれでも攻撃の手を緩めない。騎士の銅像が一つ残らず破壊される。
「無駄、無駄。ほほほほ」
ふいにローランドが手を止めた。
「おや、あきらめたのかい? どうやらお前を買いかぶりすぎていたようだ」
無傷のファイルーザ。恐るべきスピードで音速を超える攻撃をすべて避けきった。
「ローランドさん」
もうどうすることも出来ないのか。女王は強すぎる。手も足もでない。ローランドの攻撃は当たらない。レオノールは左腕を負傷している。どうすればいいのだ。
「なさけない声を出すな」
「でも……」
ローランドは僕に笑みを見せると、女王のほうへと向き直った。
「お前は初動作をゼロにして、他人の眼をあざむくようだが」
「だからどうした? わかったからといってどうにか出来るのか?」
「チンケなんだよ」
女王の怒りがさらに増した。
「なんだとお?」
「周りをよく見てみろ」
周り? 僕は見まわした。特に変わったようすなどない。ただ、銅像の残骸が散らばっているだけだ。
しかしどうしたことか、女王は顔色を曇らせている。
「レオノール!」
ローランドは叫ぶと同時に鞭を振った。
レオノールはそれにならい、短剣を放つ。
無駄だ。先ほどの攻撃で、それは証明されているはずだ。
僕の予想通り、鞭は空を切った。だが、レオノールの攻撃は見事に的中した。
どうして?
ファイルーザは、左手で短剣を受け止めていた。
指の間からボタボタと血が滴り落ちている。
「お前の動きは大地に足がついていて初めて効力を発揮する。つまり、障害物のある場所では無理だということだ。そこで俺は銅像を破壊した。あえて、道を残してな」
そうか。ローランドはただ無意味に鞭を振っていた訳ではなかったのだ。
「ためしに飛んでみるか? そうすれば鞭のふた振り目にはおもしろいことになるぞ」
女王の顔色が一瞬変わったが、すぐに人を見下したような微笑が戻った。
「やはり、お前たちを呼んだ甲斐があったようだな。こうでなくては」
「ウーフはどこにいる? 俺たちはお前の命を奪いにきたのではない。だが、これ以上邪魔をするようなら、容赦はしない」
ファイルーザは口を押さえて高笑いした。
「ほほほほ。わらわに勝ったつもりでいるのか? もう一度攻撃するがよい。お遊びは終わりだ」
ローランドの顔に怒りの表情が浮かんだ。
「レオノール!」
再び叫ぶ。同時にレオノールが動く。
だが、女王は動かない。迎え撃つ気か。
「見せてやる」
女王が初めて構えを見せる。かまわずローランドとレオノールは攻撃を繰り出す。
「女神弾」
女王が拳を前に突き出す、次の瞬間、白い光が前方に飛び出した。
鞭がはじき返され、短剣も砕け散る。
それだけではない。床に散乱している銅像の残骸をも吹き飛ばし、光弾はローランドを襲撃した。
「ぐお!」
盾で防いだものの、彼の巨体ははじかれたように後退する。
「楽しかったぞ」
女王はローランドの背後に移動していた。
「無壁、女神掌」
直撃を食らうまいと前方に飛ぶが、僅かに遅れた。ローランドの身体が残骸の上にころがる。
「ローランドさん!」
僕は駆け寄ると、彼の身体を起こした。
外傷はない。ファイルーザの攻撃は気を操っている。体内……臓器に途方もないダメージを受けているのかもしれない。
「大丈夫だ」
ローランドは冷や汗を浮かべながら立ち上がった。
レオノールは床に倒れたまま動かない。彼女の瞳は、だが死んではいない。視線は女王ではなくローランドへとそそがれている。何を考えているのか、その表情から伺うことはできない。
「さて、そろそろ余興も終わりだ」
ファイルーザは玉座の瓦礫をまさぐると、ベルを探し出した。
チリーン、チリーン
乾いた音が鳴る。まるで僕たちの冥福を祈るかのようだ。
入り口の扉が勢いよく開いた。
ぞろぞろと城の兵士たちがなだれ込んで来た。三十……四十人以上だ。
兵士たちは壁際にならぶと、あっという間に僕たちを包囲した。
僕はまっすぐ女王を見据えた。
「女王様、何故僕たちをウーフさんに会わせてくれないのですか? そうすれば、僕たちは街から出て行きます」
女王はさげすむように僕を見返した。
「まだ解からないのか」
「え?」
「笑ったからだよ」
つづく