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最終話 第四章 マシアス その3

    3

 僕は辺りを探したが、目的の人物を探し当てることが出来なかった。

 彼女が発する王家の風格を漂わせるものは、ニールを彷彿させた。だが、彼と決定的に違うのは、その内に聖母を思わせる芯、そして慈愛があったことだ。

 彼女なら、この世界を平和につつむことが出来るだろう、そう考えていた。

 今でも皮肉のこもっていない上からの目線で僕たちを見ているはずだ。きっと何所かで。

そう……サニエの姿が、見当たらないのだ。

「サニエさん、何処にいるんだい?」

「無駄だ」

 無情にも、ローランドが咎める。

「いや、吹き飛ばされたんですよ」

「無駄だと云ってるんだ、ノリエガ。彼女は、球体に呑みこまれて……死んだ」

「そ、そんな……」

 彼の云う通り、サニエの姿は何処にもない。

 フォルケ家は、ここに終焉を迎えた。こんなにもあっけなく、そして、こんなにも簡単に……。

 マシアスはいかにも冷静に、さも当たり前であるかのように、言葉を発する。

「云ったはずだ。俺の能力とワトリングがあれば誰にも負けないと。過去も、これからもその法則は変わることはない。さあ、終わりにしよう。お前たちを殺し、唯一の脅威となるネクロマンサーも始末してやる」

 ローランドは立ちあがり、マシアスの眼を真っ直ぐに見据えた。

「お前に云っておくことがある、マシアス。ネクロマンサー・ラースは確かにあの世界樹の元にいた。しかし、すでに死体となって、だがな」

 それにはマシアスとハートネットも驚きを隠せなかった。

 しばらくの間があり、マシアスが口を開く。

「なるほど。なら恐れる者はもういないということか」

 マシアスは不敵な笑みを浮かべた。

 それとは対照的に、ハートネットの顔面は蒼白となっていた。

「それは本当なのか?」

「ああ、今まで黙っていてすまない」とローランドが答える。

「じゃあ、この旅はなんだったんだ? サニエはもう戻ってこないのか? いや、待て。それじゃあ、あの時のあれはどう説明できるというんだ?」

 ハートネットが困惑の色を浮かべる。

 あの時のあれ……とは何のことだろう。獣道で大地に呑み込まれ、救出されたときのことだろうか。おそらくそうだ。そのとき救ってくれたのが、ラースだと、ハートネットは思っていたのだろう。

「そういえば、もう一人、警戒しなくてはならない男がいるな」マシアスの視線が僕を捕らえた。「お前の治癒能力は少々やっかいだ」

「させるか!」

 ローランドとハートネットが同時に動いた。

「邪魔だ」

 ワトリングがのたうち、うなり、二人をはじく。

「先ほどの女同様、死を意識する前に、死ね」

 マシアスが腕を前に出した。

 球体を出すつもりだ。

 逃げなくては。しかし、大地に固定されたかのように足が動かない。僕は怯えている。サニエの最後を目の当たりにし、球体の力、ワトリングの恐ろしさを知り、僕は心の中で敗北を認めている。治療ではどうにもならない壁に、僕は絶望している。

 偉大なる医術? 何所が偉大なのだろうか。修行をつみ、みんなを救うために選んだ能力。それがどうだ。圧倒的な力の前に、自分の身さえ守れやしない。いや、自分の身を犠牲にしてでも、仲間を助けたい、そう思っていたが、それすらも叶わない。ローランドの言葉が蘇る。彼の云う通りだ、と身を持って知った。

 マシアスの口がゆっくりと開いた。

「爆――」

 僕の視界の隅を黒い影がよぎった。

 その影がマシアスの側まで行くと、彼の腕をしっかりと握り締めた。

 マシアスの攻撃が止まる。

「誰だ?」

「お前は、パプケウィッツ」

 パプケウィッツは僕の方へ振り向くと、にっこりと微笑んだ。

「僕の犯した罪は一生をかけても償いきれるものじゃない。だけど、出来ることを一つ一つ返さなくちゃならないことは理解しているよ。今までの僕は大切なことを忘れていた。感謝しているよ、ノリエガさん」

「その汚い手を離せ!」

「僕もお前の卑しい手に触れているのはがまん出来ないよ」

 空中から現れたワトリングがパプケウィッツの胸を刺し貫き、そのまま膨張して少年の身体を破裂させた。

「僕の代わりに、みんなに謝っといてね」

 それが、パプケウィッツの最後の願いだった。

「うおおおお!」

 マシアスは消滅した左腕を抑えながら、雄叫びを発した。

「あのガキ。何をしたんだ」

 食われたのだ。それが、悲劇につつまれた騎士の最後の攻撃。

「十剣」

 マシアスの回りから十本の剣が飛び出した。

 ワトリングがマシアスの身体の周りに渦を作り、剣の攻撃を防ぐ。

 マシアスの上空に影が出来た。

 見上げると、ローランドの鞭が雷の槍となって突き降ろされる。

 マシアスは身体をひねり回避する。

 ローランドの攻撃は、怒りの雷撃のように何度も何度も繰り返された。

 次々と大地がえぐられていく。

「片腕になったからといって、俺は弱くはなっていない。調子に乗るな」

 ワトリングの先が八本に枝分かれした。それぞれが縦横無尽に動き出す。

 僕の前にローランドが立ちふさがり盾となる。

 ローランドの防御をすり抜けた攻撃は、ハートネットの剣が防ぐ。

「下がっていろ、ノリエガ」

「無駄だ。少し時間をかけすぎた。ネクロマンサー亡き今、世界は俺のものになった。力こそがすべて。力こそが摂理。さあ、俺の前にひれ伏すがいい」

 ワトリングの先がさらに増えた。空を覆い、闇夜と化す。そしてマシアスが、あの言葉を発した。

「爆縮」

 今度の球体は一つじゃない、十数個。

「この球体は触れた物をすべて内に取り込む、超重力の塊だ。つぶれてなくなれ」

 ワトリングの攻撃で退路は断たれている。

 球体はふわふわと近づいてくる。

 ローランドは鞭を巧みに操り、球体に触れないようにワトリングのみを叩き落していく。しかし、攻撃の絶対数が違うため、いくつか攻撃を食らい徐々に防ぎきれなくなってきた。

 球体が目前に迫ってきた。

 大気を呑みこみながら。周囲がぐにゃりとゆがんでいる。

「サニエを吸収したら球体は消えた。そんなに長時間は維持できないんじゃないのか?」

 云ったのはハートネットだった。

「なに……」

 顔色を変えるマシアス。

「お前の能力は俺には通用しない」

 球体の前に剣が発生した。

 触れた瞬間呑みこまれる。しかし、次から次へと剣が現れる。

 球体は剣を呑みこむのに夢中になった。

「おのれえ!」

 マシアスの怒りと同時にハートネットの身体はワトリングに貫かれた。

「トリック・ドクター」

 すかさず能力を発動させる。パプケウィッツの二の舞は止めなくては。

「お前も邪魔だ!」

 ワトリングが僕を狙った。

 ローランドの鞭がそれを絡み取る。が、それは気で出来たものだった。もう一本の鞭が僕の右肩を吹き飛ばした。

 問題ない。痛みは忘れろ。左腕があれば治療は出来る。

 もう少しでハートネットに触れる。すぐに治してあげる。

「俺の力は絶大だああああああ!」

 数十本に枝分かれしていたワトリングのすべてが巨大化した。大地を這う無数の大蛇のようだった。

「あ~あ、今度こそ、最後か。楽しかったよ、ノリエガ。俺の願い、忘れてないだろうな。よろしく頼むよ」

 その直後、ハートネットの身体が破裂する。

 のた打ち回る触手は、僕たちを拒絶した。僕たちを敵とみなしている。自在に動くワトリング。大地を穿ち、大気を切り裂く。それはまるで鞭の一本一本が意思を持っているかのようだった。

もう、誰にもマシアスを、ワトリングを止めることは出来ない、そう、僕は絶望した。


つづく

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