最終話 第四章 マシアス その2
2
初めに動いたのはローランドだった。
音速を超える攻撃を何度も繰り出すが相殺され、マシアスの分裂する鞭にはなす術がなかった。
次に動いたのがサニエだった。
彼女は残像をいくつも創り、前後左右から攻撃を繰り出した。
マシアスは一歩も動かず、蛇のように変幻自在な鞭で、サニエの残像をひとつ残らず打ち落とした。
そして、ハートネットの剣は出現した瞬間に、一本残らず鞭に絡み取られてしまった。
僕は、動けない自分を呪った。
「どうした。こんなものか?」マシアスが声高に云う。
「お前の力ではないだろう?」
「ふん、確かにこの鞭、ワトリングの力はすさまじい。だが、普通の人間に使いこなすことは不可能だ。私だからこそ、扱える鞭なのだ」
「ワトリング……確かに恐ろしい武器だ。持ち主を無意識で守り、気で作り出した鞭を何本も発生させ、また、自由に切り離せる。大きさも長さも変幻自在。しかしな、マシアスよ。お前は鞭の能力に依存しているだけだ」
「何とでも云え。この鞭を手に出来なかったお前は所詮負け犬だ」
「そんな鞭はくれてやる。俺はお前をワトリングごと、倒す」
ここでサニエとハートネットがローランドの側へ移動してきた。
「私たちも忘れないでね」
「そろそろ本気でいくか」
彼らを一瞥したマシアスは、「いい気に……なるなよ」と云い放ち、ワトリングを振るった。
巨大化した鞭が水平に伸びる。
ローランドたち三人は上空へ逃げる。それを狙いすましていたかのように鞭がうなりを上げ、腹の部分から細い幾本もの鞭が枝分かれした。
ローランドは自分の鞭で払い退け、サニエは身体をひねり、ハートネットは剣で叩き落した。
三人が上空からマシアスへ迫る。
だが、マシアスは冷静そのものだった。
「これで終わらせてやる」
マシアスはそう云うと左手を前に出した。
僕は嫌な予感がした。
大戦を終結に導いた伝説の男マシアス。そんな彼が、はたして鞭だけの力で偉業を果たしたのだろうか。ワトリングという武器は確かに優秀だ。しかし、それだけではない、という不安が、僕にはずっと付きまとっていた。
「ここで使う……だと?」
ローランドが眉間に皺を寄せた。
その言葉で、僕は確信を得ることができた。やはりマシアスには、他にも何か隠された能力があるのだ。
「爆縮」「まずい! 避けろ!」
ローランドとマシアスの声が重なり、僕は無意識の内に前へ飛び出した。退くのではない、前進。
マシアスの掌の先に、黒い球体が浮かび出した。拳大の黒い球体が宙を漂う。
ローランドが鞭を振るい、ハートネットを突き飛ばす。
サニエは真っ直ぐに球体へと降りていく。
「トリック・ドクター」
「無駄だ、やめろ。それより身体を固定させろ」
ローランドが僕を制止した。
身を固定させろ? いったいどういう意味だろう。云われるまま、僕は五指から出る針と糸を大地に突き刺した。
しかし、不安はさらに増大する。何故、こうしなければならないのか。僕にはわからない。
その時、サニエが球体に触れた。
ゾルン!
奇妙な音が木霊した。と、同時にものすごい風圧が発生した。
周囲にあるすべてのものが、球体の方へ引き寄せられて行く。地面に刺した針と糸がちぎれ、僕の身体は抗うことが出来ずに球体へと向かって飛んでいく。
「ノリエガ、つかまれ!」
ハートネットが叫ぶ。
僕と球体の間に剣が現れた。僕はそれを捕らえる。指から血が飛び散るが、そんなことにはかまっていられない。球体に吸い寄せられてはならない、そう、僕の脳が訴えている。
やがて強風が止むと、それと同時に球体も消えた。
そして、サニエの姿も消滅していた。
つづく




