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最終話 第三章 ニール その1

三章ニール

     1

 小高い丘を上がると、僕たちは神々しい威圧感に包まれた。

 雲を付きぬけるほどの大木の根元は、想像通り巨大なものだった。直径はどれくらいあるのだろうか。根っこひとつ取っても、その辺の大木の直径をゆうに越えている。

 サニエは根元をぐるりと回り、深く窪んだところを指差した。

「ラースは……あそこにいます」

 ローランドは何も答えずに進んだ。それに追随するようにレオノールも従う。

 僕は足を止め、サニエの隣に並んだ。

「あなたは行かないの?」

「ええ」

 僕は運命を背負った大きな背中を見送りながら云った。

「ラースと最初に会わなければならないのはローランドさんです。僕にそれを邪魔することは出来ません」

「そう……そうね。」

 サニエは哀感(あいかん)を込めて云った。

 何故、浮かない表情をしているのか。その時、僕に理解することは出来なかった。

 ローランドが窪みの暗がりに消えたとき、世界樹を守るように囲んでいた樹林が、一斉に炎を上げた。熱気が、一瞬にして僕たちを包囲する。

「なんなの!」

「これは……?」

 炎はものすごい勢いで火力を増していく。

 見る間に樹林は原型を崩していく。

 美しかった景観が、崩れ去る。

「魔力の炎……」

 火の回りが速すぎる。サニエの云うとおり、ただの炎ではない。魔法で人工的につくられた、炎だ。

「くそっ! 何とか止めないと――」

「待って」

 駆け出そうとした僕をサニエが止めた。

「もう……遅いわ」

 炎は大きなくすぶりをいくつも残したまま消えた。世界樹を守る壁はもうない。焼け野原が視界を埋めた。今や、世界樹は完全に外界へとその姿を(あらわ)にしたのだ。

 黒い塊と化した荒野の向こうから、無数の金属音が響いてきた。

 僕とサニエは固唾を呑んで、その光景を見守った。

 金属同士のぶつかる音が徐々に近づいてくる。

 旗が上がっている。

 ゆらゆらと揺れる旗を確認すると、そこには城の上に立った人物が高だかと剣を掲げている絵が描かれていた。

 ニール軍だ。

 数は……数万!

 こればっかりはどうしようもない。戦ってどうにか出来るものではない。

 僕の額に大粒の汗が浮かんだ。

「あなたはここで逃げるつもり?」サニエが剣を抜き放った。「私はあきらめない。何とかこの窮地を乗り切り、再び王家を復興させる。それが、残された私の使命」

「だ、だけど……」

 ニール軍は、世界樹を包囲すると前進を止めた。

 斬り込み隊、城砦騎士団、傭兵隊、近衛騎士団、突撃隊、魔道士団、そして、ニール王。

総出だ。

魔道士団の中央から、一人の男が手を叩きながら前に一歩でた。

「いやあ、おみごとおみごと。よくぞネクロマンサーを見つけることが出来た。ニール王もおよろこびだ」

 宮廷魔術師ローベック。口元はいやらしく吊り上っているが、眼は笑っていない。

「しか~し、紅玉を割らなかったのはどういうことでしょう。私は云ったはずです。ネクロマンサー・ラースを見つけた者は玉を割って知らせるように、と。いけませんね。非情にいけません。あなたたちには――」

 ローベックは右腕を上げた。

「反逆罪の罪をかぶってもらいます」

 上げた右腕を勢いよく振り下ろした――とその時、数万の軍勢の出足をくじいたのは、ガン! という轟音だった。

 その音は僕とサニエの背後、世界樹の窪んだ幹の中から轟いた。

「何だ今のは?」

 振りかえると、ローランドが疾風のごとく飛び出してきた。

 その顔は怒りに燃え、破壊神アーレンそのものと見まがうほどだった。


うおおおおおおおおおおお!

 

ここまで感情を露にしたローランドを見たことがない。

 いったいどうしたんだ?

「ノリエガ」

 サニエが苦痛な表情で語り出した。

「ここはローランドさんにまかせましょう。あなたに見せたいものがあるの」

「まかせるったて……相手は――」

「大丈夫よ。感じない? 慈愛に満ちた気が大きくなっていることに」

 サニエは優しく眼を瞑った。

 僕もそれにならう。

 ……これは。

 内に怒りを含んでいるが、それを覆い包む激しい優しさ。

 ああ……そうか、この気は……。やっぱり、そうこなくちゃ。信じていて正解だった。

 僕は眼をしっかりと見開き、安心して、世界樹の幹へと歩を進めた。


つづく

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