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第一話 笑顔を忘れた街で、謎はさらに深まる その6

    6

 今日も同じことの繰り返しだった。物心ついたときからどれほど同じ行動を繰り返したことだろう。

 殴り続けた竹は血と汗で赤黒く変色している。それでも痛い表情、疲れた顔を見せることは出来ず、こぶしを振り続けた。身体を休めることも出来ない。今も父の視線を背中に感じるのだから。

 ついには、何の為にこういうことをしているのかもわからなくなってきた。思考が停止するとは、こういう状態をいうのだろう。

 来る日も来る日も鍛錬ばかり。女らしいことは何もしていない。初めの頃こそ不満だらけだったが、今はない。また父が、いつもの言葉を呪文のように発した。

「女に生まれたお前には、力こそがすべてだ。誰にも負けない力、すべてをひれ伏す力。恐怖だ。恐怖で人々を掌握しろ。これから世界を揺るがす戦争が始まるだろう。我がゼタ家はこれを期にさらなる名声を手に入れる。世の男どもを足元にひざまずかせろ、世界に轟く力を手に入れろ、わかったなファイルーザ!」


     ●


 豪華な衣服を着たひとりの女と数人の兵士が東の塔の最上階に着くと、兵士のひとりが重い扉をゆっくりと開けた。中からカビなどとは違う、云いようの知れない異臭が流れ出してきた。そのにおいにむせることなく、女は扉の中に向かって声を発した。

「どうした、なんだその表情は? 会いたがっていたウーフと再会できたのだ、もっと嬉しそうな顔をしたらどうだ、エリシャとやら」

 エリシャは声をかけた人物をねめつけた。

「あなたは人間じゃないわ! 彼はただ、占っただけじゃないの。何もここまで……ひどすぎる、あなたを許さないわ、絶対に許さないから! ファイルーザ」

 口を慎め! と、いきまく兵士を女王が制止した。

「どう許さないと云うのかしら? 貧弱な女が何を出来るというのだ? 力なき者は淘汰されるのみ。それが世の鉄則よ」

 女王は踵を返した。

「生涯そこで暮らすといい。弱者は強者に蹂躙される。そのことを、身をもって思い知るのだ」

 女王たちが螺旋階段を降りようとしたとき、兵士が血相を変えて昇ってきた。

「女王様、大変です。地下に幽閉した例の三人組みが脱走して武器庫を襲撃しました」

「ほほう。おもしろい。久しぶりに骨のあるやつらが現れたか」

 女王は顔色ひとつ変えない。

「そいつらを謁見室に誘導しろ」


     ●


 鏡を前に、幼いファイルーザは照れくさそうに顔を赤らめた。

 生まれて初めてドレスというものを着た。とうに忘れていた感情が蘇る。

「ハル婆や、似合うかしら。でもふわふわしていて、なんだか落ち着かないわ」

「とても似合っておいでです」

 ファイルーザはくるりと一回転をした。

「喜んでくれるかしら?」

 誰が?

「ええ。きっと誇りに思うでしょう」

 誰が?

 誰に誉めてもらいたいの?


「我々ゼタ一族は、この大戦においてニール軍と同盟をむすぶことにした。武勲をあげてさらなる地位を手に入れ、セビニー大陸にその名を轟かせるのだ!」

 歓声とともに父の演説が終わった。

 壇上を降りてくる父の元にファイルーザは駆け出した。

「お父様。とてもすてきな演説でしたわ」

「うむ――?」

「どうしたのですか?」

 ファイルーザは、自分をじっと見つめている父を見上げた。


 きっと誇りに思うでしょう。

 ハル婆やの言葉が脳裏をよぎる。


「ふはははははは」

 突然の大笑いにファイルーザは状況を飲み込めずにキョトンとしている。

「みなのもの、我が娘を見てみろ。すてきな衣装じゃないか。明日から一族の命運をかけた戦が始まるというのに、まだママゴト気分が抜けないらしい。こんなことで戦が務まると思っているらしい。ふはははは」

 ファイルーザは誰に誉めて欲しかったのかわかった。

「みなも笑え。この哀れなる女の蓑に隠れている弱者を笑え。ふはははははは」

 周りの者たちも笑い出した。さげすみやあわれみの笑顔がファイルーザに集中する。

 そして、誰よりもさげすみの大笑いをしていたのは……。


つづく

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