最終話 第二章 パプケウィッツ その2
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一条の光の下に男性が立っていた。筋骨隆々だが、背中が曲がり、かつての栄光にすがりついているようにも見えた。
彼は誰だ? パプケウィッツは不審に思う。なつかしいような、嫌悪を感じるような……。
暗がりの中を泳ぐように進み、ようやく男性の顔が確認できた。
「父……さん」
そんなはずはない。父は一年前に死んだはずだ。確かに、「あの、ぼろの一家は全滅した。誰も生き残りはいない」と伝えられた。
じゃあ、彼は誰なのだ?
ここはあの世なのか?
おもむろに中年男性は光の元を指差した。
それに導かれるようにして、光を見上げた。
緑色の玉がパプケウィッツの胸に触れると音もなく割れ、彼の全身を囲うように粒子が舞った。
「パプケウィッツ。お前の心の声を聞かせろ!」
ローランドの声と共に、パプケウィッツの眼前に一人の中年男性が現れた。
ほとんどミイラと化しているパプケウィッツの身体は、男性を見るとその場にくずおれた。眼に宿っていた魔界の炎がゆっくりと小さくなっていく。
そして、パプケウィッツの両隣に二人の若者、背後には若い女性が現れた。
「お父さん、ロビンにいちゃんにレトにいちゃん。そして、お母さん?」
四人が満面の笑みを浮かべてうなずいた。
「う、うわあああああん」
パプケウィッツは四人に抱かれて、声を大にして泣いた。
それは、まぎれもない子供そのものだった。
「ノリエガ」
ローランドは僕の隣までくると肩に手を置いた。
そうだ。パプケウィッツを殺すには今しかない。
彼が正気を取り戻したら再び惨劇が繰り返される。
港町での親子のような、マシアス自治領のような大量殺戮。彼は無差別に殺していく。
止めるのは今しかない。
僕はゆっくりとパプケウィッツに近づいた。
彼は肩を揺らして泣いている。
完全な無防備。
「お父ちゃん、みんなごめんなさい。ボクはただ、普通の家庭がほしかったんだ。何も贅沢なんていらなかった。ただ……五人で食卓を囲みたかっただけなんだよ」
家族は、パプケウィッツを抱いている腕に力を込めた。みな、笑顔だった。
「ありがとう。ボクも働くから、お父ちゃんにお酒を買ってくるから、みんなで……」
僕はパプケウィッツを見下ろしながら、右腕を振り上げた。
●
世界樹の見守る中、一陣の冷たい風が僕たちの内奥を通りすぎた。それは哀歌のようなメロディーを静かに奏でていた。
ローランドが蘇らせた傭兵たちは、いつのまにか姿を消している。
シャボウの花と香りが漂う、静かな森に戻っていた。
「後悔はしないな?」
と云うローランドに対し、
「それはわかりません」
と顔を向けずに答えた。
サニエとレオノールも僕たちに並んだ。
僕は真っ直ぐ見据えたまま、誰にともなく云った。
「見て下さい」
僕は前方を指さした。その先には、無邪気に泣きじゃくる少年の姿があった。
「ああしてみるとただの子供です。彼の外部への悪意は、後天的なものです。それを、僕だけの判断で審判を下す訳にはいきません。何故なら、これからも第二、第三のパプケウィッツが出てくるかもしれないからです。僕たちがもう一度見つめ直さなければならないのは、今の世を変えることです。人ではなく世を裁かなくてはなりません。このままではダメです。ニール王の独裁を止めなければ、そして、これからの世界を、子供が笑って暮らせる世界に、僕たちが、変えていかなければならないのです」
ローランドたちは何も云わず、踵を返して背界樹の根元へと歩を進めた。
パプケウィッツはまだ泣いていた。しかし、その顔には歓喜の表情が浮かんでいる。
これからローランドが真のネクロマンサーの能力を手に入れれば、今の幸せが虚像ではなくなる。家族を復活させ、彼が、みんなが求める世界が手に入る。
それでもパプケウィッツが康生しなければ……。
「その時は――」
僕は眼を伏せ、踵を返した。
つづく




