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最終話 第二章 パプケウィッツ その1

2章パプケウィッツ


     1


 ここは何処だろう。光のない闇。水中のような抵抗感が五感を刺激している。

 しばらくさまようが何もない。

 せめて固形物にでも触れればいくらかの安心感はあったのだろう。

 不安は加速する。

 思考もにぶくなってきている。

 上下の感覚もあやふやになってきている。

 ここは何処だろう。

 ここは――地獄?

 いや――何か見える。

 あれは?


     ●


 ストックエイジは自分の身に起こっていることが理解出来なかった。

 胸から飛び出している物体を握り絞める。それに触れた瞬間、ストックエイジの脳はさらなる混乱にみまわれた。

 これは物体などではない。

 どういう原因か知らないが、これは形を有した、気体だ。

「君の役目はこれで終わりだよ」

 背後からの声に、ストックエイジは振り仰いだ。

 少年?

 いや、実年齢は全身を覆い隠している鎧によってわからない。未発達な体格や浅い声により判断するしかない。

 まじまじと見て判断するならば、子供の格好をした、悪魔だ。

 悪魔の肩から出ている黒い管のようなものが、ストックエイジの胸まで伸びていた。

「さようなら――いいや、新たな糧となって第二の人生を楽しんでね」

 悪魔が云うが早いか、ストックエイジの全身から力が失われていった。

 食われている。瞬時にそう悟った。

「させるか! パプケウィッツ」

 ストックエイジの朦朧とする意識の中に、なつかしい声が響いた。

 霞んだ視界の中を純白の鎧が走り去る。

「こんなところで会えるとは思っていませんでしたよ、ソレンさん」

「ストックエイジへの攻撃をやめろ!」

「攻撃? いやいや、これは攻撃じゃあないよ。新たな生命を得る神聖なことなんだ。それにあなたも参加できるんだよ。これは、(うたげ)。ボクという神を作り上げるための、饗宴」

「ふざけるな!」

 ソレンは、腹の底から叫んだ。


     ●


 僕の目の前に、人柱が二本生えた。

 ソレンの背中に、地中を伝ってきた黒い管が音もなく突き立てられた。

 ソレンの表情から察するに、暗黒騎士の攻撃を予想だにしなかったようだ。驚きと驚愕に染められている。

「トリックドクター!」

 僕はすかさず彼らを治療しようとした。ソレンとストックエイジを救わなければ。敵とはいえ見過ごす訳にはいかない。ローランドはきっと僕のことを甘い男だというだろう。しかしこの男、パプケウィッツの攻撃は止めなければならない……そう、人として……。

「やっとこの時がきた」

 ソレンとストックエイジの身体が、穴が開いた風船のようにしぼんでいく。治療が間に合わない。いや、この間隔……治療のしようがない。

「君たちを探していたんだ。ボクのプライドをずたずたに傷つけ、ボクの快楽を奪った君たちを、ずっと、ずっと探していたんだよ」

 ソレンとストックエイジの身体が完全に消滅した。

「さあ、楽しもう。君たちの次はマシアスとかいう男だから、あまり時間はないんだけどね」

 ローランドの鞭が土煙を上げながら繰り出された。

 攻撃がパプケウィッツに届く瞬間、彼の前に黒い人物が現れ鞭の攻撃を代わりに受けた。

 その黒い人物のシルエットはストックエイジとうりふたつだった。

「驚いた? ボクの新しい能力だよ。お察しの通り、これはストックエイジ。自我は存在しないからストックエイジと呼べるかどうかは知らないけどね。ケタケタケタ」

 ローランドは口元を歪めた。

「他人を吸収して自分の武器とする訳か」

「それだけじゃあないよ。生前の力はそのまま残っているんだ。そして……彼だけじゃ……ない」

 パプケウィッツの周りに数十、数百の黒い人間が現れた。その中にはソレンのシルエットも存在していた。

 パプケウィッツが両手を広げた。

「神の誕生の瞬間だ。必死に、抗ってくれ。君たちは、これまでの誰よりも――うまそうだ」

 数百の軍勢。とても相手に出来る人数ではない。こいつらに触れれば、死。なすすべがない。

 僕の心配をよそに、ローランドの口からは予想外の言葉が発せられた。

「残念だがお前と遊んでいる暇はない」

 ローランドの眼前に緑色の球体が浮かび出した。ネクロマンサーの能力だ。

「大地よ。お前の心の声を聞かせろ」

 玉がはじけた。

 緑色の粒子が辺りを覆い尽くす。

 粒子が消えると、静寂だけが残った。ただ、それだけだった。パプケウィッツ本人も、また、操り人形たちも、無傷だった。

「何をしたの?」

 パプケウィッツが、自分の身体を見まわしながら云う。

「そうあせるな。死に急ぐこともないだろう?」

「笑えない冗談だね」

「ああ、笑えないな。お前のことはちっとも笑えない」

 パプケウィッツの人形たちが一斉に武器を構えた。

「少しは遊ぼうかなと考えていたけど、もういいや、さよなら」

「ああ、さよならだ」


     ●


 次の光景に僕は言葉を詰まらせた。

 周りに突然、数千人の傭兵や騎士、盗賊たちが現れ、それぞれが黒い人間に躍りかかったのだ。

 黒い人間に触れた傭兵たちは、次々とパプケウィッツに吸収されていくが、二人目、三人目と入れ替わり、立ち代りをしている。それでも、吸収は止まらない。ローランドの作戦は、失敗に終わったのだ。

「あなたの攻撃は僕に生命力を与えることですか? ありがとうございます。いただきます。ケタケタ」

「まあそんなところだ。子供は好き嫌いせずに、残らず、平らげるんだぞ」

 しばらくすると傭兵たちの数が、最初の十分の一くらいまで減ってきた。

「ローランドさん?」

 サニエが不安の声を上げる。それも仕方がない。あきらかに劣勢だ。

 しかしローランドは、無表情のまま答えない。

「さああああ、もう後がないですよ。心の準備は出来ましたか?」

 ローランドが復活させた騎士たちの数が激減した。それを確認したパプケウィッツは肩を揺らして喜んだ。

「おかわりか? さすがに育ち盛りだな。なら、くれてやろう」

 ローランドは再び声を張り上げた。

「大地よ。お前の心の声を聞かせろ!」

 玉が割れ、粒子が再度舞う。

「こ、こんなことって……」

「すごい……」

 僕とサニエは同時に驚愕していた。

 これが、全世界の住人が捜し求めているネクロマンサーの能力――。

 僕たちの視界に再び傭兵たちの姿が浮かび上がった。

 その数、数千人。

 大地に眠る戦士たちを、いっせいに生き返らせたのだ。

 傭兵と騎士たちは剣を、盗賊たちは短剣をそれぞれ構え、一斉に駆け出した。

 轟音が辺りを満たす。

 先ほどと同じ光景が繰り返された。

 初めの内はパプケウィッツも動揺の色を隠せないでいたが、ようやく落ち着きを取り戻した。

「それがどうしたのですか? ボクにパワーを与えるだけじゃないですか」

 パプケウィッツの云うとおりだ。このままでは永久ループだ。

「ノリエガ」ローランドが僕を見つめた。「あいつの始末はお前が決めろ。俺はそれにしたがう」

 始末? ローランドは彼に勝てるというのか?

 僕がもう一度パプケウィッツの方へ顔を向けると、想像を超えた変化が起こっていた。

 傭兵たちの数は半分ほどに減っていたが、どうしたことか、パプケウィッツの創り出した黒い人間たちの姿が忽然と消えうせていた。そして、パプケウィッツは自身の身体を抱えるようにして苦しんでいた。

「これが狙いだったのか……」うめくように云う。

「なるほど。許容量の限界ね」

 サニエがパプケウィッツを凝視しながら云った。

「そうか」

 僕にも何が起こったのか理解出来た。

 サニエは僕に一瞥しただけで続けた。

「わかったようね。そうよ。パプケウィッツは他人を吸収して、それを自分のエネルギーとする。だけど、無限に食らいつづけることは出来ない。本来なら彼は、強くなるために四六時中、殺戮を続けていたはず。強くなるために、誰よりも。なのにそうはしなかった。つまり、彼には休息が必要だったのよ」

「くそおおお、静まれ、静まれー!」

 パプケウィッツが突然叫び声を発した。

 彼の鎧のあちらこちらが、内側から盛り上がっている。

 その様子を見て、ローランドが不敵に笑った。

「ママから教わらなかったのか? 暴食は身体に悪いって」

「おのれえ。これで勝ったつもりか? この鎧が外敵から守るための物だと思っているのか? そうじゃあない。これは能力の暴走を防ぐためにあるんだ。もう誰も止めることは出来ない。世界中の生きとし生けるものすべてがボクのエサだー!」

 パプケウィッツの漆黒の鎧が、跡形もなく砕け散った。

 それを見たローランドはひとりごちた。

「俺はそれを待っていたんだよ」


つづく

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