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最終話 第一章 ストックエイジ その5

    5


 戦いは、数を見てもわかるように、僕たちのほうが優勢だった。サニエと僕、ローランドとレオノールが組んでニ対一。おまけにソレンたちは無傷で復活したレオノールに困惑して、動きは精細を欠いているのだ。

 楽に事が運ぶと思っていた。

 彼が笑うまでは……。

「ノリエガ、下がって」

 それを最後にサニエは話すどころではなくなった。

 サニエの力は先の洞窟でのやりとりで眼にしていたので知っている。眼にも止まらない体さばき。二刀を自在に操る剣術。身の軽さを生かした体術。

 そのサニエが手も足も出ない。

 何者だ、ストックエイジという男は。

 あっと驚くような特技や能力があるわけではない。ローランドやハートネットたちと比べると、地味としかイイようがない。

 それなのに悠々とサニエの動きについていっている。いや、それどころかサニエを凌駕している。

 ストックエイジがボソリと呟いた。

「今回の戦い、期待していたが、しょうじきがっかりしましたよ。こんなことなら静観することなく早々に終わらせておくべきでした。かいかぶり。心眼の甘さが招いた落胆。まあ、自分の責任ですので仕方がありませんね。ははは」

 サニエはものすごい速さで攻撃を続けていた。右から左へ、時には背後に回りこんでいる。彼女の動きは、かろうじて眼で追えるくらいだ、それなのにストックエイジという騎士はそれらの動きを軽くあしらっている。

「非常に……残念だ」

 ストックエイジの身体が一瞬ぶれた。

 次の瞬間、サニエは全身から血を吹き出していた。


 何が起こったのかわからなかった。

 まばたきの間に状況が一変していた、そう表現するしかない。

 サニエの身体がゆっくりと倒れていく。

「さあ……早いところ終わらせましょう」

 ストックエイジが僕のほうへ足を進めた。

 彼の背後でサニエが力なく倒れた。

「逃げて……ノリエガ」

 止まっていた時が動き出し、僕の脳が回転を再開させた。

偉大(トリ)なる(ック・)医術(ドクター)!」

 僕の五指から気で出来た針と糸が飛び出した。

 時間との戦いだ。サニエが血を失う前に傷を癒す。一秒――いや、それでは遅すぎる。コンマだ。

「させませんよ」

 いつのまにかストックエイジが僕の眼の前に移動していた。

 彼の剣がうなりを上げる。

 このとき僕はストックエイジの力の正体を悟った。


 それは、基本だ。


 彼の能力は基本剣術。特殊な能力に頼らない日々の鍛錬。おそらく切り上げやなぎ払いといった動作を何万回、いや、何億回と繰り返したことだろう。

 彼の振り下ろした剣が空気を伝わって教えている。

 何もかもが間に合わない――死。

 ところが、僕の予想ははずれた。

 剣先が僕の左肩に触れる瞬間、乾いた音と共にはじかれたのだ。

「何をぼけっとしている」

 この声は――。

「ローランドさん!」

「ここはまかせろ。お前は早くサニエを」

「わかりました」

 ストックエイジは呆然と立ち尽くしていた。

 攻撃を防がれたのを驚いているのかと思ったが、彼の視線をたどるとそうではないようだ。

 そして、ストックエイジは再びボソッと呟いた。

「どうして……ですか? ソレン様」

 ストックエイジの視線は、ローランドの後方で倒れているソレンに注がれていた。

「あなた様が負けるわけがない。いや、負けてはならないのです」

「残念だが、これが現実だ」

 僕がサニエの治療に掛かったとき、ローランドがそう云うと同時に彼の鞭が唸った。音速を超えるときの乾いた音が響く。

 同時にレオノールが高く跳躍し、何本もの短剣を放る。

 だが、ストックエイジはすべての攻撃をはじき返した。

「通用しません。攻撃時の腕の動き、視線の流れ、向き、大気の流動を見ればどこからどういう攻撃が来るのか判別できます。あなたたちの攻撃はすべて無意味なのです。そして、私に通用しないということは、ソレン様にも通用しないということなのです。いったい……ソレン様に何をしたのですか?」

「特別なことは何もしてはいない。これがヤツの実力だったんだ」

「そんなはずはない!」

 ストックエイジは剣を両手でしっかりと握り絞め、右から左へと水平に払った。血の滲むような特訓で手に入れた水平斬りだ。力強く、そして、早かった。

 ローランドはどうするつもりだ。

 盾はマシアスとの戦いで失っている。いや、もし仮に盾があったとしてもストックエイジの攻撃は防ぎきれないだろう。それに、今から攻撃を交わすにも、遅すぎる。

「さらばだ、ストックエイジとやら」

 ストックエイジの攻撃はローランドの頬の皮一枚を切ったところで止まっていた。

 ストックエイジは自分の胸から突き出ている赤黒い槍を見下ろした。

「い、いつのまに……」

「お前は云ったな。大気の流れや動作によって攻撃を予測する……と。だから俺は、レオノールを発生させた――お前のすぐ、後ろにな。俺に集中しすぎていたのが、命取りになったんだ」

 ストックエイジの背後に背をつけるようにしてレオノールが立っていた。そして彼女は、自分の身体ごと槍を刺し貫いていた。

「お前は確かにすごい力を手に入れた。しかし、ふたつほど、いらないものまで身につけてしまったんだ。それは……おごりだ。もう一つは、ソレンに忠誠を誓いすぎていたことだ。ヤツは権力におぼれ、鍛錬を怠り、力を失って行った。それに気づけなかった、お前のミスなんだよ」

「うおおおおお!」

 ストックエイジは雄叫びを上げて胸から生えている槍を引き抜いた。

「私のやってきたことが間違っていたというのか? そんなこと……そんなこと――」


 ドン!


 鋭い音と共に再びストックエイジの胸から槍が突き立てられた。

 しかし、今度は赤黒い槍ではなく、何処からか飛んできた漆黒の槍。そして、その槍から禍禍しい気が溢れ出している。

 僕は知っている。この気を――。


 ケタケタケタケタ


つづく


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