最終話 第一章 ストックエイジ その3
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獣道の境界線はあやふやなものだった。
わずかに踏み固められた地面は、屈強な雑草が覆いかぶさり、世界樹の森への侵入を完全に拒むかのようだった。注意して進まなければ、すぐに道を逸れてしまうだろう。
先頭を行くのはローランドだった。次にレオノール、サニエ、僕、最後尾をハートネットの順で狭い道なき道を進んだ。
ローランドの話した通り、森の奥から耳にしたことのないうなり声や魍魎のすすり泣く音が聞こえてくる。眼をこらしても、太い木々が天を隠し、視界をさえぎっているため、声の主を見つけることはできなかった。
「しかし、うすっきみの悪いところだ」
僕の背後からハートネットの愚痴が聞こえた。
それに答えたのはサニエだった。
「もう少しで半分、といったところね」
「道を踏み外すと、この声の主たちに襲われるのかな?」
「それだけじゃないわ。森、自体に食われてしまう。まあどっちが襲ってきても、助かるものじゃない。気をつけてね」
僕の質問に答えたその声は、どこか寂しげだった。
しばらくは無言のまま獣道を進んだ。右へ左へと曲がりくねった道を。
もう間もなく僕たちの旅は終わる。
もう少しでカーメンと再会できる。そう考えると、恐怖心は消え、自然と足取りも軽くなる。
「ちょっと待ってくれ」とハートネットが制止する。
僕たちは歩を止め振りかえった。
「誰かが、俺たちの跡をつけている」
「なんだって?」
いったい誰だ? こんな危険なところへ来るということは、僕たちに何かしらの因縁を持った者だろう。それともラースの居場所を知った、他の捜索隊か。
「本当か? ケハイは感じられないが」
「私もローランドさんと同様に、何も感じないわ」
「確かに何者かが俺たちの跡をつけてきている。なぜなら、俺の仕掛けた罠がギンギンに反応しているからな」
僕たちは来た道を見つめたまま、動きを待った。
やがて、森のざわめきがやみ、獣道を一人の男が駆けて来た。
純白の鎧、胸元にはニール軍の紋章。右眼に黒い眼帯をしている。
たしか、近衛騎士隊副隊長ストックエイジ。
彼は剣を真っ直ぐ構え、僕たちを狙っている。
「おもしろい。迎え撃ってやる」
「待て!」
息巻くハートネットをローランドが咎めた。
「どうしたと云うんだ、ローランド。ヤツもネクロマンサーを狙っているんだ。そして、それを一人占めしようとしている。見過ごす訳にはいかない」
「違う、そうじゃない」
しかし、ハートネットは止まらない。
「くらえ! 百本」
ハートネットが叫ぶと同時に、僕たちが通ってきた道の上に剣が伸びた。
彼の言葉通り百本。それはまさに圧巻だった。
一瞬の内に剣の山が出来あがった。これではさすがにストックエイジは生きていまい。
しかし、一番驚いた表情を浮かべていたのは他でもない、ハートネット自身だった。
「そんな……バカな」
そう云って顔面を蒼白にしている。
「どうしたんですか?」
「伏せろノリエガ!」
ローランドの怒号に僕はおもわず振り向いた。
「ああ、やっちまったか……ごめん、ノリエガ」
今度はハートネットの呟きに顔を戻す。同時に彼の周りの地面がはじかれる。
ローランドの鞭だ。大地がえぐれ、土の塊や雑草が宙に浮く。
「間に合わないか――」
ローランドの悲痛な叫び声が聞こえた。
次の瞬間、ハートネットの体が地面の中に吸い込まれていく。
「いいんだよ」とハートネットが達観したように優しく云う。「ノリエガ、頼みがある。ラースを見つけ大金を手に入れたら、西の大陸最北端にあるジリアンという町に採掘機をわたしてやってくれ。ハートネットは約束を果たした、そう云ってな」
「な、何を云っているんですか?」
僕は急いでハートネットを救い出そうとした。しかし、彼の身体に触れることが出来ない。姿は見えるがそこにいないかのように。
「どうなって――」
ジワリジワリとハートネットの身体は地面に飲みこまれていく。止めることが出来ない。
「あ、それから、俺は戻らないけど、心配はするな。そう付け加えておいてくれ」
「そんな――自分で伝えてください。あきらめないで」
「あ~あ。ネクロマンサーに会えると思っていたのにな。じゃ、俺の分まで頼んだぞ、ノリエガ」
ハートネットの身体が完全に消えてなくなった。
森がざわめき、喜び、彼の消えたあとを雑草が伸びてきて覆い隠す。
あとには今までと変わらない獣道が伸びるだけだった。
あまりにもあっけない最後だった。千の剣を操る能力者、ハートネット。軽口をたたくが、強い信念を持っていたハートネット。だから僕は、彼の死を、受け入れることが出来なかった。またひょっこり、へらへらと笑いながら姿を現すだろうと考えていた。
「ハートネットは幻獣をとおして森と同調してしまった。そのため森に飲みこまれたの」
サニエが鎮痛に云う。
「すまない、ノリエガ。俺があいつの能力を知っていれば、止めることは出来た」
僕はゆっくりと立ちあがった。
ここで止まるわけにはいかない。
進むしかないのだ。
「これでもう一人、ラースに生き返らせてもらう人が増えましたね」
再び足を進めた僕たちだったが、サニエだけが足取りを重くしていた。
つづく




